北朝鮮の戦略及び政策の変化と今後の展望

                          

(財)DRC研究専門委員 

青  山    

 

はじめに

 第二次世界大戦後すでに半世紀を経た現在も、南北に分断されたままの朝鮮半島は、中東地域とともに冷戦後の世界で最も不安定な地域として世界の注目を浴び、韓国及び北朝鮮(以下当事国という)はもとより、米国はじめ周辺諸国も半島の和解と安定とのために努力を続けているが、未だその明確な展望は見えず、問題解決の困難さを物語っている。

 特に冷戦終結とともに、民族、宗教などに端を発した独立運動など、武力を伴う地域紛争が世界各地で頻発するとともに、大量破壊兵器の拡散が進み、これらに対する新たな国際秩序作りが急務となった。そのような時期、21世紀冒頭の2001年9月、米国で複数の民間航空機を用いた未曾有の大規模かつトランスナショナルなテロが生起し、多数の市民の命を無差別に奪った。アメリカのブッシュ大統領に「これは戦争だ」と言わせ、予想もしなかった(或いはこの種テロを過小評価していた)大惨事に、アメリカ国民はもとより、世界中の人々が大きなショックを受け、民族、宗教、過去の対立を超えて短期間に結束し、「テロリストの排除・撲滅」に関して米国への支持協力の姿勢を表明した。

近年これほど多くの国や民族が共通の認識をもって、被災国米国を中心に協調と結束を表したことは記憶に無い。これは21世紀冒頭に出現した新しいタイプの脅威として国際安全保障の歴史に刻まれるであろう。米軍を中心にしたアフガニスタンでのテロ組織撲滅のための軍事作戦が、地形的、気象的、そして作戦の特性上極めて困難であるにも関わらず至短時間に開始され、かつ一定期間に相当の成果を収め得た大きな要因の一つにも、欧州や旧ソビエト連邦構成共和国、アジア諸国などの強い支持と支援協力が挙げられよう。

このような非対称の脅威に対しては、近代的軍事力で自他共に世界最強と認める米国でさえも、一国での対処は極めて困難であり、多くの国による国際的協力や国際世論の支持が必要であることを示した。今後この種脅威がどこの国や地域で起きても、迅速かつ効果的に対処するには、国際協力と連帯が必要となろう。

 朝鮮半島では、2000613日金大中韓国大統領の訪朝によって行われた歴史的な南北首脳会談以来既に2年過ぎたが、当時約束された金正日総書記の訪韓は未だ実現せず、また会談直後に期待された南北和解も進展していないように見える。北朝鮮は、依然閉鎖的で政権内部の状況や核及びミサイル等兵器の開発を含む軍事態勢の実態を外部から認識し難いものの、この12年には従来にない注目すべき変化の兆しが認められ、北朝鮮が国際社会に自ら出てその仲間入りをする可能性を感じさせる。

 このようなとき、小泉首相が917日に訪朝して金正日総書記と首脳会談を行うことを発表した。首相は、未だにわが国と国交が無い「北朝鮮との諸懸案を解決の方向に動かすには両国のトップ会談しかない」と判断したと述べた。その背景には最近の北朝鮮の変化をある程度感知した上で、トップ会談の機が到来したという判断に至ったかも知れない。大隊以上の軍隊を演習で動かすのも金総書記の命令によると言われるような独裁国家に対してはもっともな決断であり、従来型外交のように官僚が事務レベルの交渉をボトムアップで積み上げて、最終の仕上げ段階で首相や閣僚が出向いて成果を出す方式はこの国には馴染みそうにない。与野党の政治家の一部からは、事前に具体的成果を求めて首相訪朝の成否を評価したり中長期的戦略の確立を求めるなど従来感覚での発言が相次いだが、成果など今後の展開を事前に的確に測ることは難しく、柔軟かつ強靭な対応が必要である。

 わが国の安全にも影響が大きい朝鮮半島の和解と安定については、両当事国はもとより、歴史的背景からも米国、ロシア、中国及び日本の4カ国は少なからぬ影響をもっており、これら周辺国の対応特に当事国との関係を含んで総合的に考察しなければならない。

 以下、国際協力、協調或いは連帯がより強く求められている国際安全保障環境のなかで、変化の兆しが見える北朝鮮の動向に焦点を当てて考察したい。

 

1.北朝鮮の政策変化の兆候

 

(1)対外政策

   現在国際社会が北朝鮮に対して最も重大な関心と関わりをもっている課題は、核開発の凍結と、これと引き換えに軽水炉プロジェクトの資金と事業、いわゆるKEDOの問題及び暫定的な代替エネルギーの供与、並びに弾道ミサイルの開発及び輸出の抑制であろう。しかし北朝鮮側からは、エネルギーのほかに経済の困窮と食糧不足が慢性化し、最近は特に逼迫していると見られる。

   このような事情を背景に、以下に述べるように、金正日総書記は国際社会に積極的に進出して、多くの国や国際組織と交流を図っている。中国及びロシアとの関係強化はもとより、EU加盟国など欧州諸国等とも国交樹立・再開を含めて活発な外交活動を展開している。

a.国交樹立・再開

   20001月以降わずか1年半以内に、集中的に13カ国と国交を樹立・再開した:

  @イタリア(’00.1.4)、Aオーストラリア(’00.5.825年ぶり再開)、Bフィリピン(’00.7.12)、C英国(’00.12.12)、Dオランダ(’01.1.15)、Eベルギー(’01.1.23)、Fカナダ(’01.2.6)、Gスペイン(’01.2.7)、Hドイツ(’01.3.1)、Iルクセンブルグ(’01.3.5)、Jギリシャ(’01.3.8)、Kブラジル(’01.3.9)、Lクウェート(’01.4.4) 〔カッコ内数字は成立年月日〕

b.国際組織への加盟・外交関係樹立

   北朝鮮は、冷戦終結直後の1991917日、韓国と同時に国連に加盟しているが、

  現在まで人的、財政的貢献度はともに極めて低調である。〔参考:2002年における国連通常分担金の負担率は0.009%;ちなみに韓国は1.866%、日本は19.669%〕

しかし、EUとの外交関係は19979EUが朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の理事会に加盟して以来政治対話を重ね、20015EU代表団の平壌訪問直後の同年514日、EUと北朝鮮は公式の外交関係を樹立した。

  更に20005月、北朝鮮はASEAN地域フォーラム(ARF)に加盟を申請して承認され、同年727日にタイのバンコクで開催されたARFから公式に参加した。また20027月、ブルネイでのARF参加時にも、白南淳外相は米・中・日・豪・ブルネイ各外相とそれぞれ会談し、2国間外交を積極的に展開した。なかでも2年ぶりに行われた日朝外相(川口-)会談は小泉首相の訪朝の流れを加速させたとされている。

c.ロシア及び中国との関係

   冷戦時、東西対立構造の中にあった朝鮮半島は、朝鮮戦争の結果、象徴的な南北対立の構図となった。この間北朝鮮は、旧ソ連の東側に属し、また朝鮮戦争時義勇兵を送るなど北朝鮮を支援した中国とも緊密な関係を保っていた。しかし、冷戦終結に伴って2極の対立構造が消滅するとともに、中・ソ()ともに国内の政治、経済、社会体制の立て直しなど内政に努力を指向するに至って、北朝鮮への支援協力は弱くなった。特に中国は、1992年韓国と国交を樹立して経済交流を活発化させ、以降北朝鮮に対する外交には韓国にも配慮を要するようになった。この時点で中国にとって朝鮮半島での南北対立、そして半島の緊張激化は好ましくない立場に立つことになった。

   一方ロシアはCISの中核、リーダーとして、冷戦後世界を一国でリードする米国に懸念しながらも、冷戦後の政治体制並びに疲弊した国の経済や社会の建て直しに努めた。この間、チェチェンにおける頑強な独立、反政府闘争への対応に追われた。また、冷戦間ソ連に対する最大の脅威であったNATOは、対ソ・対WP敵対同盟から、PKOを含む欧州全体の平和と安定を目的としたEUを補完する組織へと転換して東方拡大政策を推進するが、当初ロシア政府、国民に安全保障上の警戒感を抱かせた。19941月、NATOが緩やかな軍事的、政治的結びつきを強める意図をもって軍事演習主体の「平和のためのパートナーシップ(PFP)」を提唱し、これには旧東側に属していたポーランド、ハンガリー、チェコなど25カ国が加盟したが、ロシアは半年遅れて同年6PFPに加入した。これによって、ロシアのNATO諸国との関係も増進されてくる。

米露間に横たわっていたもう一つの軋轢は、米国の「弾道ミサイル防衛(BMD)」構想の推進とこれに伴うABM条約からの脱退に関するものである。しかし、プーチン大統領の就任によって、停滞気味であった戦略核削減交渉も進展が見られ、これに合わせて米国のMD構想の推進及びABM条約からの脱退にもロシアが理解と同意を示すに至った。米露関係をさらに増進させたのは、「9.11テロ」事件であり、ここでロシアが米国に対していち早く協力協調姿勢を示して同一歩調をとったことである。翌2002年には、米国が世界サミットに対するロシアの正式加入を促して実現させ、両国の連帯感と友好信頼関係が築かれてきたように見える。一方ロシアはこれと平行して中国との関係にも最近活発さを見せている。ロシア及び中国と北朝鮮との最近の目立った動きは次のとおり。

 (a) ロシア

  20002月ロシア外相の初訪朝となったイワノフ外相によって1995年に廃棄(96年失効)していたソ朝間の旧条約「友好協力相互援助条約」に代わって新条約「友好善隣協力条約」が調印され、両国の新しい関係が確認された。新条約は、北朝鮮が軍事攻撃を受けた場合の「自動軍事介入条項」は削除されていると言われているが、今後両国の政治(外交)的、経済的関係が強まる方向は明示されたことになる。

  これを裏付けるかのように、金正日総書記は、2001年及び2002年と続けて長期間の列車による訪露旅行を行い、首脳会談で両国の経済協力強化を確認するなど、露朝関係の緊密さをアピールした。また、今年の訪露時の首脳会談では、朝鮮半島縦断鉄道とシベリア鉄道との連結協議が行われている。

(b) 中 国

   20011月、江沢民国家主席の招待で中国を訪問した金正日総書記は、上海の経済発展地域で半導体工場等先端技術を熱心に視察した。この行動を韓国の金大中大統領は、「北韓(北朝鮮)は中国の改革・開放に大きな関心を持ち、第2の中国を志向しているとみられる。確実に北韓が変化していることを立証するものだ」と評した。金総書記は帰国直後に、新義州を視察しており、新義州・丹東に中朝共同経済特区を設置する可能性があると見られている。

   なお同年9月には、江沢民国家主席が11年ぶりで訪朝しており、両国の緊密ぶりを示している。

(2)国内政策

   最近北朝鮮の国内政策に見られる最も顕著な変化は経済政策である。国内の食糧不足を含む経済的困窮は、急増する脱国亡命者に見られるように危機的事態にあるようだ。本年7月から実行に踏み切った「経済改革」は従来になくドラスティックで後戻りできないような政策である。以下これらの国内政策に見られる変化を概観する。

 a.改革の考え方

   改革を目指す北朝鮮の考え方を簡潔かつ総合的に公表したものとして、200114日付けの朝鮮労働党機関紙「労働新聞」での金正日総書記の発言がある。彼は、「21世紀は巨大な変化の世紀、創造の世紀だ」と称して、要旨以下のように発言している:

@     過去の古いやり方で仕事をしてはならない。新たな時代の要求に合わせよ

A     2000年代に強盛大国を建設して祖国を統一しようとすれば、最後まで軍隊と人民が党の指導に最後まで忠実であれ

B      一致団結して革命の赤旗を固守し、2000年代も強盛大国の偉業を実現し、社会主義の偉業遂行において勝利を収めるべき

   C 過去の外国式の古い枠と慣例を全面的に見直し、すべての事業を朝鮮式に展開すべき

   D 農業のやり方も、新たな革新と革命を起こさなければならない

   E 絶えず前進する現代の要求に合わせて経済を振興させ、発展させるには、大胆に工業を最新設備と技術で装備させなければならない

   F 既存の観念にとらわれて、過去の時代の古いものにしがみつくことなく、大胆に捨てるものは捨て、技術改造すべき

   G 現代は科学と技術の時代であり、これらは速い速度で発展している。過去の成果に満足して足踏みしては難問を克服することも、国の経済を振興することもできない。すべての問題を新たな見地で解決すべき

b.経済改革

内政最大の課題である経済再建のため、経済システムと企業の改革に踏み切ったもの

で、20027月から始めた実利主義の政策である。改革の具体的ポイントは、@成果主義の導入・工場支配人の権限拡大・独立採算制導入などの企業改革、A米を除く配給制の実質撤廃、B給与の増額(生産労働者で平均約20倍)、C物価値上げ(例:コメ1kg0.0844ウオン、地下鉄料金=0.12ウオン、ビール=8600ウオン)、D通貨の切り下げ(1ドル=約2.15150ウオン)とされている。

この改革の立ち上がりは、19989月の憲法改正で企業が独立採算制や貿易を行うことを許可するなど、市場経済の初歩的要素を取り入れたところにあるようだ。本年9月に来日した北朝鮮貿易省の金容術次官は、今度の経済改革について、「2年以上かけて準備してきたが、完璧でなく矛盾があるので、解決しようとしている」、市場原理の一部導入による物価体系については、「一定の幅で国家の統制を保ちながら、需要と供給の関係で決めた」とし、企業の独立採算制を強化する経済管理方式の変更については、「今後日本をモデルに研究したい」と述べている。

c.その他の変化

(a) 亡命者の増加

最近北朝鮮の食糧不足や経済的困窮などの国内事情を反映してか、亡命者の数が急増し、その処理をめぐって中国、韓国更には在中国の外国公館を巻き込んで外交上問題にもなっている。韓国情報院によれば、北朝鮮の年間亡命者数は、1999148人、2000 312人、そして2001年には583人(男性295人、女性288人)と逐年増加の一途をたどっており、2002年には4月末現在既に312人の亡命者が出ている。北朝鮮政府としても、これ以上放置できず、抜本的な対策を迫られているのではないだろうか。

(b) 科学技術の振興(IT化の推進)

  金正日総書記が「21世紀の展望」で示した科学技術の振興策で特に力を入れているのは情報技術である。最近の具体的動向としては、金正日自ら中国の上海地区のIT関係工場を真剣に視察したほか、韓国のサムスン電子と北朝鮮のコンピューター会社とのソフトウエアの共同開発、北京での「第1回コンピューターソフトウエア展示会」の開催(20024月)、そして韓国の大学教授が平壌でIT講義を定期的に実施(20027月以降)などに見られる。

() 軍事動向

  20006月の南北首脳会談以後、朝鮮半島には雪解けムードが広がり、しばらくは韓国民の間にも南北融和の期待が高まった。しかしこれに反して韓国に展開している米韓連合軍は、北朝鮮軍は首脳会談後もむしろ休戦ライン正面に詰めかけているとして、警戒臨戦態勢を緩めていない。2002年度の北朝鮮の国防費は、約32億ウオン(1920億円)で、歳出総額の14.4%を占めほぼ平年並みである。

  ただ、本年629日に黄海で起きた韓国高速警備艇銃撃沈没事件では、約1ヵ月後ではあるが異例の遺憾の意を表明するとともに、韓国による沈没船の引き上げも平穏に実施された。

  その他、本年4月平壌で行われた朝鮮人民軍創建70周年記念閲兵式のパレードでは、正規軍ではなく、民兵組織の「労農赤衛隊」を前面に出した上に、重火器やミサイル抜きで行進が行われ、外面的にも従来のイメージを変えようとする意図がうかがえる。

(e) メディアへの対応

    政府は、国民に対して外からの情報の流入を規制する一方、外部に対しては一定の目的、戦略をもった金政権のプロパガンダの重要な手段としてメディアを管理統制し、利用してきた。その基本姿勢は依然変わっていないと見られる。しかし、現在世界は宇宙(衛星)を含むグローバルな情報化時代に入り、北朝鮮を出入りする情報を厳格に規制し管理することは次第に難しくなっており、情報技術を重視して科学技術を振興しようとする金正日はその現実を認識しているであろう。

  先のEU代表団の北朝鮮訪問時、同行記者のルポによると、北朝鮮政府は欧州各国、米国などを中心に10数カ国の記者計75人を受け入れ、その対応も従来よりやや柔軟であったと報じている。具体的には、従来外国人記者の入国を認めても、ガイド兼監視係が終始行動を監視監督し、当局の招待ツアーを除いてホテルからの外出を認めることは稀であったが、今回は記者がホテル周辺を一人歩きしたりガイドつきながら夜の街を見られたとしている。ここにも、金政権の国際社会と接するため、ある程度の情報規制緩和に向かう意図が表れているのかも知れない。

2.南北交流

  20006月、金大中韓国大統領の平壌訪問によって実現した歴史的な南北首脳会談から2年が経過し、会談直後の南北共同宣言でも「金正日国防委員長が適切な時期にソウルを訪問する」ことをうたっているものの未だに実現していない。その理由は、韓国の国防報告で北朝鮮を「主敵」扱いにしているため(韓国は「国防白書」の発刊を延期した)としていたが、最近では米国の対北朝鮮外交見直し(「悪の枢軸」と呼称)への懸念であるとも述べている。

  確かに北朝鮮の軍事体制・態勢特に国防費や南北境界線付近の兵力の展開状況などは未だ削減、緩和の方向性は見られず、また先の首脳会談時の共同宣言事項のうち、南北統一のビジョンやプロセスは未定である。しかしながら、@離散家族・親族の訪問団の交換等の人権問題(同第3項)、A経済協力、社会・文化・スポーツ等の協力・交流(4)、B合意事項実践のための当局間の対話開催(5)に関しては、その後部分的ではあるが、具体化されて実行に移されている。

  例えば、開城・金剛山地域の観光自由特区指定原則合意(’01.3.14)と韓国現代グループによる観光事業(現在経営状況悪化で韓国による活性化支援策検討)、南北鉄道「京義線」の工事、連結、シドニーオリンピック入場行進で南北初の合同行進(’00.9.15)に引き続く、釜山アジア競技大会(’02.9.29-10.4)での統一旗による南北合同行進(予定)などである。本年4月には韓国大統領特使が平壌を訪問して金正日に親書を手交するとともに、半島の緊張緩和・統一問題、南北鉄道・道路連結事業、金剛山観光事業、その他南北間の協議、協力等で合意し、812-14日にソウルでの「南北閣僚級会談」の10項目合意に結びつけ、これらは同月30日の「第2回南北経済協力推進会議」で具体化された。

  このような事業の進捗は北朝鮮独特の戦略によるもので、金大中大統領の「太陽政策」を北朝鮮が一方的に利用するだけの「逆太陽政策」だという意見が一部にあるとしても、国内経済の逼迫、そのため国際的孤立回避を図る上で、このような韓国の支援が拡充されて対韓依存度が増すことは、中長期的には南北和解、半島の平和のために好ましい方向と言えよう。

 

3.米国の半島政策

  北朝鮮に対するブッシュ政権の外交姿勢は、基本的には対話路線を軸に、核開発凍結、ミサイル開発抑制及び輸出禁止、そしてDMZ周辺の通常戦力の削減などを求めるとともに、一時中断している軽水炉支援、その他の経済支援提供カードを外交手段としよう。

  しかしながら、オルブライト国務長官(当時)の訪朝に見られたように、対話路線をより重視したクリントン政権と異なり、ブッシュ大統領は、必要に応じて軍事力の行使も辞さない姿勢を保持した上で、対話を推進している。特に“9.11テロ”以来、“QDR2001(’01.9.30;国防長官)、及びアフガニスタンにおける対テロ作戦の教訓を取り入れて国防長官から大統領と連邦議会に報告された“国防報告(2002年版)”にも明らかなように、大量破壊兵器とテロの結びつきを最も警戒し、大量破壊兵器の開発及び使用とテロリストに対しては先制攻撃も辞さないと一切の妥協を許さず、その根源を破壊撲滅するまで徹底的に戦う極めて強い意思を明示し、そのための軍事力及び軍事態勢の整備を促進していることがうかがえる。それらは2003会計年度国防予算を冷戦後最大の15%増とし、テロ対処を主目的に連邦政府の100を超える部局等の一部機能を一元的に集約して「国土安全保障省(The Department of Homeland Security)」を創設する構想(6)とその戦略(7)を大統領が決定し明示したこと、新生アフガニスタン誕生後の現在もなお同地で軍事作戦を継続しているだけでなく、近い将来イラクに対して軍事力を行使することをも明言していることからも明らかである。即ち現政権は、本来の自由や民主主義の前に先ず国家、国民の安全確保を最優先にして新たな脅威から本土防衛を固めるとともに、米国の名誉と国益を守ることを第一義としつつ世界の平和と秩序を維持する責任を遂行するとしている。

 

4.北朝鮮の戦略と今後と展望

  強度に情報統制された独裁国家の将来動向を的確に展望することは一般に困難で、予測すること自体リスクがあるが、これまで指摘したように、この12年の間、北朝鮮の内外政策や活動には従来と多少異なった傾向が諸処に見られる。特に北朝鮮の長引く食糧不足など慢性的な経済的困窮は、もはや当面の物資や財政資金の取得措置だけでは解決できず、エネルギー、交通、科学技術など産業等のための国家インフラの整備、経済及び社会制度・体制等の国家活動の基盤を改革しなければならないとの認識に至ったのではないか。

  「強盛大国を建設して祖国を統一する」ことをスローガンに掲げて、金正日総書記が現在考えていると思われる基本的なポイントを整理すると:

  @ 現在の政治体制(南北統一の前提でもある)、特に独裁的な権力は引き続き維持する

A    経済システムを抜本的に改革する。この際、中国方式を参考に、競争・市場原理を導入するとともに、先端技術を駆使して技術革新を行い、農業を含む産業基盤を近代化する

B    超大国米国の軍事的脅威を軽減したい

  C 朝鮮半島の和解と統一に関しては、韓国と対等もしくは優位に立つ

  以上の4点になろう。

   なかでも努力指向の焦点は、「経済改革」であり、その実現には先進諸国の経済的、技術的支援の獲得が不可欠である。中国とロシアはそれが可能な対象国であり、既に最近関係強化を図って支援協力をとりつけつつある。また最近外交関係を樹立したEU並びに同加盟国等欧州の先進諸国とも相次いで国交を樹立し、今後の支援協力が期待できよう。

経済、技術ともに世界をリードしている米国及び日本とは公式の国交がなく、特に北朝鮮を「悪の枢軸(Axis of Evil)」と称し、“9.11テロ”以降軍事力行使を含み強硬姿勢を貫くブッシュ米政権とは、戦略的な駆け引きで外交を行う余地は少なく、むしろ現在の軍事的脅威を除去、軽減したいところであろう。その意味で、最近の中国、ロシア及びEUと同加盟国等欧州の先進諸国との関係強化は、経済及び技術支援協力を得るだけでなく、自国にのしかかる米国の軍事的脅威を牽制し、緩和する効果をもねらっているかも知れない。また、今回小泉首相の訪朝を受け入れた背景にも、同様の狙いが考えられる。

先進諸国等他国の支援協力を得つつ、抜本的で後戻りできないような経済改革によって逼迫した経済状況から脱却するためには、軍事力への財政投資を抑制するとともに、軍事紛争を回避することが必要である。とりわけ韓国に対する本格的な軍事行動は、中韓関係で中国を、米露関係でロシアをそれぞれ困惑させる結果招く。今後の軍事予算及び軍事態勢に注目を要する。

北朝鮮の経済改革の過程で直面するであろうもう1つの課題は、情報統制の問題である。先のEU訪朝団同行記者団に対して柔軟な対応が見られたが、現在の政治体制を堅持するためには現状維持が望ましく、一挙かつ無作為に開放することは考えにくい。しかし、経済改革の進展とともに、国民を含めて必然的に国際社会との関わりが広がって情報の流れも徐々に増していくことになろう。

おわりに

 過去12年の北朝鮮の政策及び活動等から変化の兆しを捉え、リスクを顧みずその背景と今後の展開を考察してきた。ベルリンの壁の崩壊から冷戦の終結、イラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争、そしてアルカイダによる米国への航空機テロなど、国際情勢の激変を予知予測することが如何に至難であるかは、過去の歴史が証明している。北朝鮮の動向と朝鮮半島情勢も、近い将来現われる現実が証明するであろう。

 世界平和と繁栄を希求することは、国籍、民族、宗教を問わず人類共通の願いであり、理想である。しかし現実は理想とは遠く、すべての人類は逃れることなくこの現実を直視し、これと関わっていかなければならない。国際安全保障は、常に最悪の事態に備えるとともに、強固な国際連帯をもって対処することが必要である。朝鮮半島もその例外ではない。                          〔平成14910日記〕

 

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