防衛技術研究開発について考えること
---大きな環境変化の中で重要な役割を果たすために---
(財)DRC研究委員
小 林 貞 雄
はじめに
昨年の年報では、まず防衛庁・自衛隊創設後の諸環境の変化を概観し、その結果、@国の防衛政策上の問題、A防衛庁、自衛隊の体質上の問題、B研究開発実施上の問題及びC予算取得、配分上の問題について指摘を行った上で、2001年6月に防衛庁として決定・公表された「研究開発の実施に関するガイドライン〜防衛技術基盤の充実強化のために〜」を参考にしつつ、今後も防衛技術研究開発の更なる充実・強化を図るための改善策として、@国家システムと調和した防衛政策の確立、A技術研究開発実施担任区分の改善、B防衛基礎研究、技術実証研究の充実強化及びC防衛関係企業との対話と協力関係の再構築を提言し、早急な具体策の検討・実施を要望した。
中期防衛力整備計画(平成13年度〜平成17年度)に基づき、技術研究本部(以下、「技本」という。)においては、新戦車、次期固定翼哨戒機(PX)、新中型輸送機(CX)等に代表される、陸・海・空各自衛隊要求の大型開発事業も開始され、今後しばらくは関連研究開発活動並びにその後に期待される量産諸活動により、仕事量の確保のみならず、何よりも重要且つ貴重な防衛産業基盤及び関連技術基盤の維持、育成が期待できることは大変喜ばしい。しかし、通常年平均約1,100〜1,200億円の技本の委託・試作費要求規模が、平成15年度には大型航空機2機種の開発関連予算だけでその額を上回り、研究開発予算の大幅増加を要求するか、他事業の削減・縮小或いは全開発線表の見直しをせざるを得ない状況が予測される。こういう状況になることはすでに分かっていたこととは言え、いずれを選択しても、各自衛隊の技本に対する研究開発要求内容を大きく見直す必要のある事態であり、回りまわって要求元自衛隊の部隊運用に将来大きな支障を生ずる可能性のある大変な問題である。
一方、米国における9.11事件で21世紀型といわれていた脅威が現実のものとなり、それを契機として多くの国は安全保障政策の見直しを開始した。実戦経験が豊富で、安全保障面で今も世界をリードしている米国でも、テロ対象勢力に対するアフガニスタンでの戦いの中から更なる問題を発見し、研究開発を含むもう一段階上の見直し論議が活発になってきている。
幸か不幸かこういうご時世になっても、冷戦時代の遺物的な防衛政策判断及び政策作成手法を未だに踏襲しようとしているわが国だが、政策決定過程でも発想の転換を図り、早急に実のある政策転換、改革を断行し、国の安全基盤を確実なものとすることが重要である。
そこで、特に防衛技術研究開発の抱える問題に昨年に引き続き再び焦点を合わせて、大きな環境変化の中、今後も防衛行動と歩調を合わせた効果的・効率的な研究開発活動が実施されるための活発な議論を期待し、そのための一つの考え方を提示したい。
1.安全保障環境の変化
戦後長く続いた冷戦構造が崩壊し、ロシアさえNATOに準加盟する時代を迎えた今、例えば米国における同時テロ事案が示すように、別の形態、即ち21世紀型の脅威が顕在化し、世界の安全保障環境は複雑に、且つ急速に変化している。しかし、必要な諸規範(いわゆる有事法制)が整備されない状態が戦後50年以上も続いているわが国の安全保障政策は、やっと「武力攻撃事態対処法案」等有事関連3法案が国会に上程され、審議が開始されてはいるが、まるで安全保障のなんたるかを理解していない不毛な議論に終始している。まさに政治の怠慢と国民意識の低さを世界中に露呈したといわざるを得ない。わが国周辺諸国では依然として不安定要因や従来型の脅威が存在しているし、実りのない議論をしている暇はない。防衛庁・自衛隊の任務の重要性は全く変わらず、ひと時も手を休めることは出来ないが、政治をはじめ諸々の機能が手詰まり状態であるし、防衛庁・自衛隊も有事関連法案の国会通過を余りにも意識するあまりか、全く動きが鈍い。変化の激しい時代だからこそ、感覚を鋭くし先を読み、先手先手でその対応策を検討・立案しなければならないのに、まるで鈍重である。
新しい防衛計画大綱策定のための基本スタディー『防衛力のあり方検討』審議が開始されたと聞くが、「総花主義」の時代は終わり、世界の安全保障政策も「選択と集中」の時代を迎えた今、こうした現実をどのように判断し、厳しさを増す財政状況のもとで、何を取捨選択するのか、毎年多額の予算を必要とする防衛費を可能な限り効率的に、効果的に使用し、わが国の安全を確保し如何に国民の負託に応えるのか、国民の前にもっと明確な考えを示すことが取り敢えず必要である。また、本題の研究開発について言えば、不断の活動を続けるわが国防衛力の主として造成・維持機能を担っている産業界に無用の誤解・混乱を生じさせないで、民間技術力との良好な協調関係を維持することも重要な責務であるはずだ。有事関連法制の出来上がりをいつまでも待っているわけにはいかない。
2.「活気あふれる研究開発」の実施(その1)
防衛技術研究開発は、武器等を開発・製造或いは改造・修理等のために必要な諸活動であり、武器があらゆる場面で自己を防護し、或いは相手を殺傷する重要な装備品であることを考えれば、その行為は極めて慎重かつ周到な準備と手続き、即ち最高の手順に基づかなければならならず、その上、完成された装備品は、本来世界で最高、最先端、最強のものであるべきだろう。しかし現実的にはそんなことは不可能であり、国益、国力・国情に応じてある種リスクとの厳しいトレード・オフ・スタディーの結果で、国の存亡を賭けた決断により究極の選択がされ、整備すべき基準が決められるのが普通だ。その検討に際し、まず重要な要素が「必要性(Needs)」である。運用者と技術者が一体となって、十分に分析された経験と先を見通す鋭い洞察力を駆使することによってのみ作り出される明確にして強い要望、これが長い研究開発活動の常に第一歩となる。両者の関係が希薄で、漫然と業務を遂行し、或いは経験を積み重ねている状況下では決して実効性のある具体的な「必要性(Needs)」は創造できないだろう。わが国の研究開発を考えたとき、一番検討が不足しているのが、まさにこの部分である。有用で優れた装備品を開発するためには、運用者と技術者を含む後方関係者、官民が共にもっと距離を詰め、忌憚のないホットな意見交換が最低限必要である。料理屋やレストランでの「板長・シェフおまかせ」は大変素晴らしいシステムであり、多分その店一番の豪華な自慢料理を賞味可能であろうが、研究開発の「おまかせ」は無責任さの代名詞であり、そこからは何も創造されない。
最近実施した研究開発を含む取得・調達システムに関するDRC海外調査でも、欧米諸外国では、極めて合理的なアプローチによって真剣に検討・討議されたニーズに基づく理想的な各種機能を探求しているのが印象的であった。例えば、「高い機動性・柔軟性・相互運用性をもつ各種の戦闘システムをもってする今後の戦争行為では、陸・海・空軍の区分や装備品の整備担当区分などは最早意味がない」等の考えの下、1998年にStrategic Defense Reviewで「Smart
Procurement Initiative(SPI)」の構想と方向性を示した英国国防省は、まさにこうした考え方をベースに、国防という『共通の戦争目的達成のためのニーズ』に応える抽象概念を「Capability」として確立し、カスタマー(註:装備品の取得・調達は、要求・開発から運用・廃棄に至るライフサイクルを通じてのビジネスプロセスであるとし、その段階ごとの要求側の総称)としてその実現を図るため、大胆な軍機構の改革を実施している。また、米国においては、昨年10月初め2回目のQDRが決定・公表されたが、その戦略見積もりの基礎となった考え方は、従来の「脅威を基礎としたモデル」から、「能力を基礎としたモデル」へと考え方を大きく変化させた。すなわち、誰と戦うのか、脅威に対して何を整備、準備しなければならないかという従来からの考え方ではではなく、敵はどのようにして戦うのか、そのためには米国としてどのような戦力が必要となるのか、その結果何ができるのか、という「Capability」概念と同様の考え方をベースとしたものである。従来のように仮想敵と予想戦場で戦うことを前提とした各兵種毎の兵力整備は、もはや時代にそぐわないことを明確に示している。
このような考え方は今や欧米諸国に共通するようであり、わが国も大いに参考とすべきである。わが国では、戦略構想そのものが買い物計画である「防衛力整備計画」をある意味で正当化するためのプロローグ的な性格しか有しておらず、しかも陸・海・空の縦割り的な検討作業の集大成であり、機能横断的な検討やその結果に基づく重点施策の決定と集中実施的な考えは、「総論賛成、各論反対」の憂き目にあい、例えば「Capability」概念の導入とそれに基づく諸計画策定、というような考え方は今後しばらくは望めそうもないのか?
3.「活気あふれる研究開発」の実施(その2)
「必要性の検討」とともに研究開発計画作成に当たって重要な要素は、「仕様(Specification)」の決定であろう。
「仕様」とは、どういう装備品を必要とするかその内容、即ち特性・性能等を仔細に定めるものである。主要装備品(航空機、艦艇、戦車等)はシステム規模も大きく、当初から細部まで仕様を規定することは困難であるが、当該装備品の運用形態、運用期間、適応技術の成熟度及びわが国の技術習得度等を勘案して可能な限り具体的・定量的に提示しなければならない。作成段階では、過度の要求を行うこと、開発に伴う技術的リスクを過小評価してでも技術的挑戦と称して実現が危ぶまれるような高いレベルの仕様とすること等、開発に必要な期間、経費等に支障を及ぼす可能性の高い要因を排除し、開発リスクを最小限度とする努力が重要である。開発機会が頻繁にあるわけではないため「何が何でも最高のものがほしい」気持ちは十分に理解できるが、事前の研究段階が長く、それが独自技術であればあるほど、その独自技術にこだわる危険性が大きくなる。開発スケジュールも、余裕を持って開始できた例があまりなく、いつもぎりぎりにならなければ予算化されず、計画上、絶対に失敗はないこととなってしまう。失敗が予測されるなら、開発には移行できないがそれはあくまでも理屈上のことであり、実際は人智を尽くして事前検討・準備・計画することにより、チャンスを作為してでも積極的に挑戦すべきである。そしてたとえ結果が成功であれ失敗であれ、計画を最後まで徹底的に「しゃぶり尽くす」ことが重要である。研究開発とはそういうものではないだろうか。
失敗に関して言えば、先般、オーストラリアで実施された航空宇宙技術研究所の「次世代超音速旅客機(SST)」実験が失敗し、宇宙開発事業団の国産ロケット「H-2」もなかなか安定した飛翔が出来ず、世間の厳しい批判にさらされている。一方、技本が過去研究開発した装備品では、理由の如何を問わず量産されなかった装備品は非常にわずかなものである。例えば空対空誘導弾XAAM-2(航空自衛隊開発要求)は技術的にはほぼ要求を達成したものの、予想量産価格が予測をはるかに上回ったため、量産には至らなかったが、それらを仮に開発失敗としても、ほぼ100%近い研究開発は成功裏に終了していることとなる。所要の評価会議等での審議を経て開発を終了後、通常は量産に移行を承認するが、それは単に特性、性能のみならず、開発経費、その後の維持経費等、そうした作業を遂行するために必要とする諸々の資源等が「満足すべきものである」と判定された結果に他ならない。大変な努力を傾注し関係官民総力を挙げて取り組んだ結果であろうが、しかし、そんな高い確率で成功することは本当にあり得るのか?
今までは「失敗を恥とする」風土と無言の圧力、「失敗を考えない」規則・制度があり、異常なまでの高い成功率の確保に寄与(?)していたように感じる。十分に検討、準備・実施した上での失敗は必ず次の新しいプロセスを教えてくれる。心底から無念さを味わった経験は必ず次に生きてくる。それがまさに研究開発の真髄であり、その過程から進歩、発展が生まれる。民生品の研究開発にはそうした事例、熱いドラマが掃いて捨てるほどあるというのに、なぜ我々のシナリオでは同じような熱いドラマが演出できないのか。それは余りにも履き違えた「平和な状態」が続いた結果でもあり、そう簡単に軌道修正できるものではない。運用者側も、研究開発を担当する側もまさか国内開発装備品が実戦に使用されるなどとは本気で考えていないのではないか。真剣さがない。完成した装備品は「張子の虎」同然であり、わが国の防衛装備品には魂が入っていない、真髄が詰まっていない気がしてならない。例えば、戦前の旧海軍「零式戦闘機」はどのようにして開発されたのか、なぜ世界に冠たる戦闘機が開発できたのか、我々は自らの先達のそうした研究開発の歴史と教訓を繰り返し研究・検証する必要があるのではなかろうか。
4.研究開発体制の改革
研究開発はいろいろの問題を抱えながらも、生き物と同じで、止まることなく活動することが何よりも重要だ。戦後、物事の真理・本質を自らの頭で考え、自らの手で装備品を作り上げる国の仕組みや組織を廃止し、自ら汗を流して物作りの苦労と喜びを享受すること、失敗と成功を甘受することを放棄し、優秀な技能の伝承と後輩を育成する努力を怠った結果、例えば装備品を高い経費効率で取得・調達すること等に対する創造・管理能力が極めて低く、仕様すら満足に作成する能力を有しない等の批判を受けるような大きな欠陥と欠落部分を有する研究開発体制と現在なってしまった。官は単に予算を獲得する能力しか持たず、研究開発のすべての「ねた」を民間企業に依存するような体質は一刻も早く脱却し、今まで以上に経費効率性が高い、自衛隊の運用に密着した活動を実施し得るよう、主として次の諸点に留意した改革実行が必須となる。
@ 武器を研究開発することの重要性と意義を十分に理解し、計画・実行・指導できる中心的人物の育成が肝要である。文部科学省審議会は最近、「科学技術創造立国」を目指すには『しなやかな頭脳、指導力、人文社会を含む教養と人格にも優れた幅広い人間』が必要、との研究提言をまとめたが、防衛技術研究開発の実行にはそれに加えるに「謙虚で高邁な人格」が必要であると確信する。しかし、現在の規則や体制下では研究開発一筋に勤務すること、永年一箇所で勤務し続けることは人事管理上の理由等により基本的に本人の不利となる等のため、特に自衛官の技術者養成は極めて困難である。加えて養成のための教育期間が基本的に長期にわたるため、真に必要となる人物の育成は決して容易ではないが、運用を理解でき、地球規模でいつでも、どこでも活躍でき、強靭な精神的・肉体的能力をも併せ持つ幹部自衛官にして技術者の養成は今まで以上に必要な要素となろう。
A研究開発実施体制の改革は思うように進まないが、作戦遂行或いは兵力運用の速度が極めて迅速になってきたと同時に、活動の面的な広がりもあり、運用側が歩調を合わせることがむずかしくなってきている。また、成果の共用化等主として研究開発業務の効率的実施を目的に技本が統合して実施する現在の編成組織は、技本と各自衛隊間の調整、文書業務等が極めて煩雑である上に、限られた人的資源の分散等、業務実施が非効率で、必ずしも資源の有効活用に結びついておらず、現行の実施体制の見直しは昨年の年報でも指摘したように急務であり、装備品の誕生から廃棄に至る全過程に開発管理・開発責任面で一貫して責任を取れる体制整備、即ち各自衛隊自己完結型の体制整備がここ当面の間試行すべき方向ではないかと考える。その他、研究開発の速度を増すこと、即ち開発期間の短縮は基本的にきわめて重要であり、以下に示すような各種施策を複合的に実施し、その実現に引き続き努力することが必要である。
o所要の基礎研究の充実強化等により、開発移行前の検討を周到に行い、開発途中の失敗等のリスクをなくす。
o要求内容を精査し、余計な(無駄な、不急な)要求項目を排除する。
o十分な予算を所得し、できる限り短期、集中的に実施する。
o適切なパートナーと組み、開発コスト、開発リスクを完全に対等分担した上で共同実施する。
B保有する装備品はますます高度で精緻化、システム化されたものとなり、それら装備品のオペレーターだけで支障なく運用することはほとんど不可能である。特に正面装備品では当然のことながら開発・製造・維持の全ての段階で民間企業(いわゆる防衛産業)の全面的な支援を必要としている。防衛庁・自衛隊の人的戦力が大きく増員できない現状をあわせ考えれば、特に大規模システム開発に際しては、防衛庁・自衛隊の力とともに、大きな威力発揮が予測されるSETA(System Engineering Technical Assistant)制度の創設等、民間技術力の積極的な活用と官との協力・共同実施体制の確立が大変重要である。官民の良好な関係維持、強力な協力体制構築ができなければ、要求どおりの装備品の取得・調達も不可能となり、円滑な業務遂行はとても望めないことを肝に命ずるべきだ。現在、取得・調達改革の一環で奨められている「自由な競争原理」の導入はこうした重要な改革・改善方向に大きな混乱をもたらしている場合が多く、防衛取得・調達システムの持つ独自性を広く国民に理解してもらい、不備の是正に早急に着手することが必要である。
5.体制改革の引き金
同時テロの強烈な攻撃を受け、アフガニスタンで21世紀型の戦いを遂行している米国は、安全保障政策遂行のすべての分野で不備点の洗い出し・改善是正措置の検討を精力的に推進している。国防総省は新しい脅威や技術を採用するテンポの遅さで有名らしいが、こういう攻撃を受けなければ、ある意味で従来型の思考と政策遂行パターンから容易に離脱することは出来なかったのではなかろうか。今回の作戦・戦闘様相は極めて特殊で、今後2度と同じような戦いはないと言われてはいるが、湾岸戦争当時以上の精密誘導兵器の投入、RMAによる部隊のネット化等、これまで着実に実行してきた研究開発の成果を見事に活かし、米国ペースで戦いを展開している。「軍事態勢の中心にある兵器の多くは、その源をたどると以前の紛争に直接行き着く」と米国防衛シンクタンクのコンサルタントが語っているように、戦場は常に兵器等装備品のみならず、戦術・組織等多岐にわたる実験場である。軍改革はこうした実経験を基に、慎重且つ周到に準備されたM&S(Modeling and Simulation)による検証を経て、実行は大胆に行われることが多い。確かに失敗はあるものの、国防総省の職員や分析者によれば、戦時に行われる革新の速さと広さ、そして戦場における新兵器の成果が即座にフィードバックされる点は、計り知れないほど貴重なものだと言う。
しからば実戦を経験する機会がないわが国の場合はどうすればよいのか?当然、模擬的に実施する以外には差し当たり有効な方法がない。
第1に、隊員の教育・訓練面で考えれば、「実戦的訓練」と「日米共同訓練」等の実施がある。そのことにより、装備品と隊員との連携システム(Well coupled Man-Machine
System)での戦術・戦法の開発が可能となる。ただこの場合、単に戦闘局面での勝敗にこだわるのではなく、例えば、訓練・演習のシナリオ設定方法、そのために使用されるM&Sの概要、そのモデルに使用される数々のデータ及びデータ・ベースの内容と数値の意味するところ等まで議論できるくらいの研究心が必要であろう。勿論勝敗も重要であるが、それも極力科学的・定量的に検討し、その後教育・訓練から防衛力整備まであらゆる分野で利活用できるよう真摯なあらゆる角度・方向からの評価とともに、データ資料として必ず整理、入力されなければならない。要は常に実戦的なマインドを持っているかどうかということではなかろうか。研究開発面でも、こうした運用データは貴重であり、研究の各段階で共通的に活用されるべきものである。またもっと実利的なことではあるが、国内開発装備品が国内演習場とは異なる環境下で運用されることによる利点も多い。例えば、陸上自衛隊は地対艦誘導弾、対戦車ヘリコプター、戦車等の自隊訓練を米国の射場、訓練場を借用して行っている。国内射場、訓練場では経験できない装備品の性能をフルに発揮できるこうした訓練は、単に整った環境の中で整斉と訓練・演習が行えるだけではなく、例えば、砂漠地帯での戦車の訓練・演習では、細かい砂の粒子がエアー・フィルターをなんなく通過してエンジンに故障を発生させる等、国内訓練・演習では想定できなかった装備品に対する技術改善個所が相当数発見されたと聞く。こういうことも立派に装備品の実戦力化に繋がる。
第2に、特に研究開発に関して言えば、「技術交流」と「共同研究」の拡大と活発化、「共同開発」実施が一番有効であろう。研究対象項目の選定要領等に検討の余地があるものの、装備品開発等に関するノウ・ハウ及びノウ・ホワイを徹底して習得するとともに、日米安保体制下での制約、武器輸出3原則等の制約もあり、残念ながらその実行が理想どおりにはいかない場合が多いだろうが、わが方の構想・計画等が軍事的常識や軍事的合理性を逸脱していないかを検証する好機となるだろう。昭和58年の「対米武器技術供与に関する官房長官談話」により実施可能となったF-2型支援戦闘機開発(航空自衛隊要求)が日米共同での初の研究開発事業であり、その後ようやく合意・開始された「日米共同研究」もその歴史はまだ浅く、対象研究項目数も多くない上に、日米双方共に実装備の計画のない項目が多く、緊張感のない研究室作業である。欧州にも優れた武器技術が多く、双方共に交流拡大に対して非常に関心の高い地域ではあるが、政府間協議も含めなかなか進展しない。武器輸出3原則の国会決議見直しだけでも可能となれば、現状でも相当活動範囲を拡大、強化することも可能となろう。ただF−2型戦闘機の共同開発に関して言えば、開発費用の全額と開発に伴うリスクは100%日本側が負担したこと、米国側がF-2型機を採用しなかったため運用データは100%我々が収集・評価することが必要となり、同戦闘機の戦力化には今後相当の苦労があることが予測される等、共同研究開発の理想像からはかけ離れたため、この事業を今後の共同研究開発の雛型とすることは適当でないことを付言したい。
おわりに
「米、兵器開発見直し。米国防総省がテロにも即応できる「新しい軍隊」への改革を目指し、既存の兵器開発計画の大幅な見直しに入った。予算をアフガニスタンのテロ掃討作戦で威力を発揮した無人型偵察機や、リモコン型戦車といった『無人兵器』などの開発・調達などに振り向けるためで、第1弾として総額110億ドル(約1兆4,000億円)の新型野砲システム(クルセーダ自走榴弾砲)の開発を中止する。」(2002.5.11日経新聞記事要旨)
世界の安全保障環境の変化の速さもさることながら、米国における対応の速さには驚かされた。既に20億ドルを投資済みのクルセーダ自走榴弾砲の開発計画を中止することなど現下のわが国では到底考えられない荒業である。我々が学ばなければならないのは、米軍がテロやその他の21世紀型と称される脅威に直面する中で、国を挙げて、国益を考え米国民・米国権益を防護するため、検討・討議すべき問題点を具体的に把握し、ステレオ・タイプ的な考え方を排除し、今後予測される事態に対応しようと極めて柔軟な姿勢で取り組んでいる姿、真剣さである。必要なものには可能な限り資源を集中投入する、多くの国が、多くの企業が総論的には理解できるこの単純明快なことを、しかし反対派の批判や多くの困難を排して実行することができる民主主義の実際がそこには存在することが素晴らしい。米国で出来ることがなぜわが国では出来ないのか。多くのことが、安全保障政策も含め多くのわが国の機能が、残念ながら見せ掛けのものでしかないからだろう。国民と国が安全保障に関して理念を共有しようとする環境が未だに醸成出来ないからではないか。
そして、それに加えるに、薄っぺらで安直な官製の理論構築が、研究開発を含む全ての機能に推進力を与えず、ある意味で大きな抵抗力となっていることにいまだに気づかない現状を一日も早く打破しなければならない。安全保障は決して流行に流されてはならず、決めつけを排してその都度の評価を確実に行い、常にダイナミックに実施することが重要であろう。防衛庁も含め、わが国は今もある意味「IT(Information Technology:情報技術)」全盛時代である。しかしOECD(経済開発協力機構)の科学技術産業局長として長い勤務経験を有する梅津利三郎氏はその著書「IT戦国時代」の中で(引用が少々長くなるが)次のようにわが国のIT戦略の欠陥と失敗を指摘しておられるが、安全保障政策、防衛技術研究の考え方にも合い通じる問題点・体質が感じ取られて怖い。現在計画・実施されている数々の研究開発事業が水泡に帰してしまわないよう改めて今後の防衛諸環境の変化を勘案した要求内容と要求項目の見直しにより、一層の選択と集中による「戦える戦力整備」の実現を願ってやまない。
o『ITが日本の政策の中心課題に据えられ、バブル崩壊後の日本経済を立て直すための牽引力として期待を担い、政府もその推進に深く関与してきたにもかかわらず、次第に明らかになったことは、当初の期待とは裏腹に,ITを活用した競争力の回復や経済の持続的回復は実現しないまま今日に至った。それどころか2001年の夏以降の景気後退局面では、大手IT企業の業績の悪化と大規模な協調性が景気の足を引っ張る形になってしまった。また、ITが情報機器の製造企業や通信会社にとっての飯の種としての発想の域を出ず、全産業セクターにおける企業経営のあり方、市場での競争のルール、市民生活にいたる広範な分野での変革を迫るものであるという理解が得られなかった。そして米国でITバブルが崩壊したことをもって全ては終わったかのような錯覚が広まり、この10年間で起こったことの真の意味が理解されないまま先に行きそうである。』
o『結局のところ、この基本方針(筆者註:1995年2月発表の「高度情報通信社会推進本部」によるIT立国のアクション・プラン)はITを使って、どのような経済社会を構築するかの理念よりも、関係省庁の予算や権限獲得のための理由づけとして使われた感が強い。』
参考文献
1.根津利三郎著「IT戦国時代」、中央公論新社、2002年4月
2.ワシントン・ポスト紙、2002年3月26日号「米国の革新の実験場となったアフガン戦争:戦場で試験される新技術」、ヴァーノン・ロエブ記者
3.日本経済新聞、読売新聞等記事