英国の国防見直し
(財)DRC研究委員
中 村 曉
はじめに
わが国と英国では安全保障の環境は異なるが、現ブレア政権によって1998年に公表された「国防の戦略的再考(Strategic Defense Review)」は、安全保障や国防政策の考え方、国民とのコンセンサス形成等のアプローチに特色があり、注目に値する。
瀋陽総領事館における事件は、わが国の国益や外交姿勢について国民に多くの疑問を投げかけた。また有事法制は、安全保障の基本法作りの第1歩であることが理解されずに継続審議になった。SDRは、国防の原点として国益に基づく外交政策をベースとして考察されると共に、国防に関して国民の広範なコンセンサスが形成されるよう多大の努力がなされている。
1.国防の戦略的見直し
(1)経緯
英国政府は、わが国と同様に国内外に諸問題を抱えているが、その中でも外交政策、国防政策は経済政策と共に重視されてきた。1997年の総選挙でブレア党首が率いる労働党が勝利し、選挙公約していた「国防の戦略的再考(SDR)」を実行することになった。国防大臣は、国防の強化、NATOを基盤とする安全保障、多国間の軍備管理に連携した核戦力の保持という選挙公約をガイドラインとして、国防の見直しに着手した。検討を進めるにあたり、でき得る限り広範な議論を通して国防のコンセンサスを形成すると共に将来の国防ビジョンを広く共有することを強調した。
1997年5月から検討を開始して以来、国防大臣の声明、記事の発表及び記者会見、セミナー、マスコミ報道、国会審議・質問等が夫々繰り返し実施された。英国の国防見直しは未だかつてない最もオープン化されたものになり、1998年7月に「国防の戦略的再考(SDR)」が国民に公表された。このSDRが現在までの英国国防戦略の基礎になっている。
(2)SDRのアプローチ
国防戦略を見直すにあたり、@英国の国防に関するコンセンサスを築くこと、A将来の安全保障及び軍隊の任務についての構想をできる限り広範囲に共有すること、 B軍隊に新しい明快な意義、一貫性、コンセンサスを与えること、の3点が当初から強調されている。SDRの見直しプロセスは、密室の中ではなく、オープン化され、外部の専門家や有識者の意見等をできる限り広範に取り込もうとした。英国下院の国防委員会の議論では国防の検討プロセスを明らかにすることは危険であるとの考えもあった。 過去の国防委員会でも、このようなアプローチは本来秘密にすべきで、国家安全保障上の基盤に係るものであり、政治的にセンシティブであると言う理由等から否定されてきた。英国の国防についてのコンセンサスは、軍隊の長い歴史なかで形成されてきた。従ってわが国に見られる国家の防衛政策とはかけ離れた非現実的な防衛論議等通じない歴史的背景があるとは言え、SDR策定にあたって政府は、敢えて総合的なコンセンサスの形成に挑戦した。このことは議会でも評価されている。
後になって国民、議会、同盟国とパートナー、防衛関係組織、公共機関等誰からも意見を述べる機会が無かったと言われないように多大の努力をしたと述べられている。 わが国もこれからの有事法制の整備や防衛大綱の見直しにあたり傾聴に値する。
2.国防政策の枠組み
(1) 政府の取り組み
英国政府は、SDRで「重要な安全保障上の国益と国防ニーズを再評価すると共に、軍隊の役割、任務、能力が新しい戦略環境に適合するよう如何にして調整されていくべきか。」について考察することにした。その出発点は、@冷戦後の安全保障の脅威に対する強固な国防、ANATOを基盤とする安全保障、B軍備管理の進展に伴った核抑止力の保持、C国防の基盤となる防衛産業に対するコミットメントにあった。
SDRの最初の段階である国防政策の枠組み造りを、原点に立ち戻って国家の外交政策に求めたことが大きな特色である。そして、枠組み造りは国防省と外務省の共同で実施され、基礎的な段階から外部の広範な意見を取り入れると共に評価を受けた。
英国の国防計画は、第2次世界大戦後から長期にわたりソ連の大規模脅威への対処と海外の領土からの撤退という2つの要因に影響を受けてきた。
従って安全保障を如何にして構築するかという外交上の選択の余地は殆どなかったと言われている。 その間英国は、集団防衛システムの構築と維持に主要な役割を果たし、NATOはヨーロッパ全体のために安定と信頼の積極的な力になるよう発展してきた。冷戦が終結しロシア及び中央・東部ヨーロッパ諸国の新しいパートナーが出現して情勢が一変した。ソ連という脅威が消滅したのは、ヨーロッパの集団防衛システムが効果的に作用した結果であるということがよく認識されている。英国は、民主主義と自由な経済体制が世界に広がっていくなかで、今こそが海外の国益を支える安全保障の姿勢を示す好機であると考えている。
そこで国益、国家としての公約・責任について評価し、将来の潜在的な危機とそれに対処する努力の方向を考察して、英国の外交及び安全保障政策に基づく国防の総合的な役割を挙げた。SDRの最も革新的な部分は、軍隊の構成や運用に関する実戦的なインパクトではなく、新しい時代の国防に対する基本的な考え方の変革にあることが強調されている。
(2) 国益に対する考え方
国益とは、国家が行動する基準であり、外交の基礎となる概念として位置付けられる。恒久的な国益として、@国民の生命・財産、領土、国家の主権及び政治的自由という国家の存立に係る国益、A自由な経済体制等経済的な国益、B国際的な環境の安定と平和という世界の秩序に係る国益等が挙げられる。
英国はこれらの国益について自国の世界における位置付けを踏まえ、一国家としての在り方及び国際社会を先導するメンバーという2つの面から考察している。また、一国家としての国益が国際的な広がりを持っているので、この2つの面から見た国益は相互に絡み合っていると認識している。
a. 基本的(Fundamental)な国益
英国はヨーロッパの主要国で、EUの先導メンバーであり、政治的、経済的な将来はヨーロッパにあることを確認し、英国の安全保障は、ヨーロッパのパートナー、同盟国のそれと不可分であると考えている。それ故に基本的な国益は@ヨーロッパ全体の安全と安定及びAこれらの国益を支える集団的な政治的、軍事的手段としてのNATOの有効性にあるということを明確にしている。
b. 極めて重要な(Vital)国益
英国の極めて重要な経済的な国益は、ヨーロッパに限られるものではなく、国際的な貿易が基盤になっている。輸出は米国、日本、ドイツ、フランス以上に高い比率をGDPに占めている。英国はどの主要国よりも収益をより多く海外に投資している。最も緊密な経済のパートナーはEUと米国である。しかしながら発展途上の世界に対する投資は、フランス、ドイツ、イタリアの3国分に達している。また、英国に対する外国からの投資は製造業の20%の雇用を生み出していると説明している。
c. その他の主要な(Major)国益
英国は、経済的な国益と発展の歴史からこれらとは別の国際的な責任を認識している。1千万人以上の英国民が海外で生活し働いているし、世界中に13個所の海外領域も持っている。英国は多くの重要な国際組織のメンバーとして、各大陸の国々と緊密な友好関係を築いている。このように開かれた社会にあってはグローバルな流れと外部からの影響を受け易くなっており、英国の安全保障と繁栄は、国際的な安定、自由、経済の発展を促進することに懸かっていると考えている。
これらの国益を守り促進していくうえで、国益に対する脅威が直接的なものか、間接的なものかを見分けることの難しさに一つの問題意識を持っている。英国自体が直接感じる重大さと、これに加えて、世界のある場所における動乱等が他国に直接波及して重大な衝撃となって媒介されてくるかもしれないということである。英国は火の手が向かう方向にはいないかも知れないが、もし同盟国やパートナーが傷つけば同様に苦しむことになると考えている。例えば英国にとってコソボ問題とは、コソボ情勢が英国の安全保障に直接、即時の脅威にはならないが、ヨーロッパの安全保障全体に広がる脅威になるものと認識している。
世界の他の地域における不安定がこの国にとって重要な手段で対応しなければならないのかどうかということは、重要な問題である。国益の区分を明確にすることは難しいが、その問題の判断基準となる手引きのようなものが得られるのではないかと述べられている。
3.国家の外交政策
英国は、「国家の外交政策はその国の価値観が反映されていなければならない。」という基本的な立場に立っている。 そして紛争が公正で、平和的に解決されるような健全な世界になるよう役立とうと考えている。 英国は、国際連合の安全保障理事会の常任理事国として国際的に主導的役割を果たす意志と能力を持っており、健全な世界のために貢献する責任があることを自認している。 またグローバル化した現代は何れの国も全ての目的を単独で成し遂げることができないこともよく解っている。従って英国は、強いパートナーシップと同盟、特にEU、NATOを通じて行動する必要があり、国連及び他の国際組織を通してお互いに協力し合う国際社会に限りない重要性があると認識している。
英国外務省の使命は、英国の国益と強固な世界社会の形成に貢献することにあるとしている。外務省を通して国益に基づき4つの国家目標の大枠が示された。
@安全:国際的な安定を促進し、国防の同盟を助長し、軍備管理を推進することによ
って、英国本土及び海外領域の安全と国民の平和を保つこと。
A繁栄:貿易及び本国の雇用を促進し、貧困と戦い、海外の発展を推進すること。
B生活の質:世界の環境を保護し、厄介な麻薬、テロリズム、犯罪に立ち向かうこと。C相互の尊重:英国が求める人権の尊重、自由と民主主義を広めること。
4.安全保障に対する優先事項と軍隊の貢献
(1)英国の安全保障の優先事項
a. ヨーロッパ
NATOを基盤とする集団安全保障、大西洋を隔てた米国とのリンク、ヨーロッパのより有効な安全保障体制の発展、WEUを通したNATOにおける防衛の一体性等は、ヨーロッパにおける新しいリスクを抑止し、対処する最良の保障になる。NATOに対する軍事的、政治的貢献は効果的であり高い価値を有する。従って同盟国の中で主導的な役割を果たし続けることは変わりない国益であることを確認している。
b. ヨーロッパの外部
ヨーロッパの外部で、ペルシャ湾や地中海における紛争は国益に直接影響を受ける。これらの地域のリスクは減少するより増大する傾向にある。英国の国益に対する何処におけるリスクも小規模であろうが、対応のレベルを超える判断を要するものであろうが、通常は他国と共同して対処することになるものと見通している。
c. 新しい脅威
これらと同時に新しい脅威である武器の拡散、人種間の緊張、人口問題、環境破壊、麻薬、テロリズム、犯罪、国家の破綻等に対処する必要がある。これらの新しい紛争要因は英国に直接影響を及ぼすことになるし、英国は人の苦痛、経済的、社会的被害に背を向けることはできない。英国の国際的な姿勢と影響力から相応の責任を負うことになるが、それらに対処することが国益になるとの認識に立っている。
(2)
軍隊の国家への貢献
英国軍隊は急激に変化していく世界の中で、国家目標に対して主要な貢献をしている。軍隊には、現在優先している任務が遂行できることだけではなく、環境や優先順位が変化した時にも、長期的に適切に対処できるような精強性と柔軟性が要求される。 このような特質に基づき、英国は軍隊の構成と能力が必要とする基盤を次のように分析している。
@
政治的、軍事的に有効な同盟としてNATOの維持に国家として相応しい貢献をしてヨーロッパ及び英国の安全保障を確保すること。
A
ペルシャ湾や地中海において、英国の重要な国益に対する脅威に対して他国と共同して対処する能力を維持すること。
B
英本国及び海外領域において内部の安全保障上の脅威に遭遇した場合には住民を支援すること。
C
英国の域外における国益に対するより小さいリスクにも対処すること。
特に平和の維持、国際的な秩序の維持と安定、人道及び民主的な権利に関して、政府の広範に及ぶ国際的な責任(国連の安全保障理事会の常任理事国を含む。)を支援すること。
D
武器の拡散、テロリズム、国際的な犯罪の様なグローバルな新たな脅威に対して英国が立ち向かうことを支援すること。
これらの分析は英国がヨーロッパにおける重要な安全保障上の柱になっていること、その周辺地域に重要な国益があること及び英国には幅広い国際的な責任があることを自認している結果であると言える。 このために英国は現代的な通常戦争に巻き込まれるかも知れないし、武器と技術の拡散によってより強力な近代装備の敵と対抗することになることも予期している。 従って英国軍隊は柔軟で能力が高く、機動性、即応性のある軍事力が必要になると結論づけている。
(3)
国防の使命
英国の安全保障の優先事項から始まって、SDRは英国軍隊が国家目標に対して行動を計画し、貢献していく基盤になる幅広い使命について再考察した。見直された使命には現在の優先事項と長期的な安全保障が含まれていると述べている。
@平時の安全保障:全ての種類のテロリズムに対抗するための支援は、将来において最優先される。
A海外領域の安全保障:海外領域の安全保障は英政府の基本的責任であり、軍隊は如何なる安全保障上の問題にも対処できなければならない。
B防衛外交:紛争防止のための防衛外交の使命は中核となる国防活動である。
(軍備管理、不拡散、関連する安全保障構築手段等を含む)
C広範な国益の支持:軍隊が国益を支持して海外に常置する活動の価値は低下していない。
D平和維持及び人道上の作戦:不安定な世界にあってこの種の国際的な作戦はより多く見て来ており、そのような国際的な努力に全面的に参加する。
ENATO域外の地域紛争:ヨーロッパの外域に経済的、政治的国益に対する最大のリスクがある。この使命には軍の展開及び主要な戦闘が含まれる。
FNATO域内の地域紛争:NATOの集団防衛に対する政治的,軍事的貢献を継続することが国防政策の中核になる。 英国の全てにわたる軍事能力がNATOに加わる。
GNATOに対する戦略攻撃:このような規模の攻撃は予見されないし、そのような脅威が出現するには長年月を要する。この使命は長期的な備えであり、長期間で軍事力の増強ができる基本的な能力を保持することである。
これらの使命に含まれる広範囲にわたる国防活動は近年の活動に似ているが、これら使命の間のバランスや重要な任務には意味のある変更をしていることが強調されている。特にヨーロッパにおいて安全保障を構築し、信頼を維持し、紛争を防止することの重要性が反映されている。また、防衛外交が使命になっている。国際的な平和維持と人道上の作戦に対する貢献が続き、更にニーズが増加することが予期されている。そう遠くない将来において、実行するようになるかもしれない最大の作戦は、主要な地域紛争に関連するものと予測されている。NATOに対する戦略的脅威が再現した場合に備えて再編能力の基盤は保持しておく必要があると述べられている。
(4)下院国防委員会における議論の例
a. 優先順の急激な変更
軍事力を維持する基本的な目的が直接防衛から紛争の調停に取って代わった。直接防衛の任務が、軍事力を維持する本来の重要なメリットを無くしてしまいそうな低い優先順位で本当に良いのか。
b. 紛争調停の落とし穴
軍事的な調停には暗い部分がある。直接防衛以外の目的に使用することは、国内外において極端な不和を引き起こすようなものであり、政治的なダメージにもなる。人道的な仲裁であっても、もし軍隊が紛争に巻き込まれ、米国がレバノンやソマリヤで起こしたような明確な国益がないまま殺戮を始めたら急激に苦境に陥ることになる。
c. 国防に対するニーズ
SDRにおける哲学の大きな変更部分は、軍隊が実際に最も係りそうな作戦のために主として訓練され、編成されていることを頭に描いていることである。最近のペルシャ湾やボスニアにおける展開が、将来の軍事力を計画する尺度になるように見える。次の時代に移行する道のように見えるかもしれないが、冷戦で実践した軍隊の主たる任務である、NATOとワルシャワ条約機構との間で総力を挙げて紛争の危機に備えたことからの重大な岐路にある。最も起こり易いこと、即ち直接防衛より調停に備えることに世論が向いていることも問題である。第1に、危機の可能性が、安全保障を計画する際に考慮する唯一の変数ではないことである。その一つは生起するかもしれないシナリオの重大性を考えなければならない。軍隊は武力紛争を防止し、生起した場合には損害を最小限に止めるという重要な役割を担っていることをよく胆に銘じておかなければならない。各国家が自ら備えるということは、潜在的な敵に対して思い止めさせるのであって、現に生起している紛争のために準備しているのではないということは驚くようなことではない。
@ 極めて重要な国益に対する脅威に備えること
ボスニアや湾岸戦争のように遠方における作戦が成功したことの幸福感は、英国軍隊の最も重要な目的が英国の長期にわたる安全保障を確実にすることにあることを忘れさせる。将来の防衛行動と調停活動については多くの疑わしい仮定があるので、英国の核心となる軍事力を、遠征する戦争に向けるNATOシナリオに単純に乗り換えるべきではない。将来の紛争調停活動が常に上手く行くという保障は何処にもない。長期にわたる安定に本当に必要なのはよりバランスのとれたアプローチである。軍事力は英国の安全を防護する高価な保険料の支払いと見なさなければならない。
A NATOに対する戦略的な攻撃
SDRは、NATOに対する戦略的な攻撃、そのような能力のある敵は最早考えられるなかでは存在しないし、そのような力をつけるには長期間を要すると判断している。NATOに対する戦略攻撃という緊急事態に対処する軍事力を特に維持する必要はないと結論づけている。しかしながら、NATOに対する全面攻撃(ロシアの失地奪還或いは類似した行動)の可能性が低いという評価は公開文献による報告をベースにしているように見える。主要な脅威がヨーロッパに出現した場合、十分余裕のある警告が可能であり、NATOの集団防衛の一部としてより大きな軍事力を再建できるだけの能力は保持すると約束している。しかし、SDRでは脅威が明らかになった時に如何にしてどのような戦力が造成できるのか詳しく説明されていない。それと同時に、そのような危機の間、適切な技術的、産業的基盤を復活できる英国の能力については調査されないままになっている。
B 軍側代表の意見
3軍の将来の構成と規模について長年にわたり削減され、不安定な状態が続いてきたが、SDRは軍の能力について更に何処か削減できる所がないかという根を穿るような危険を避けた。不確かな世界の中で、このことは3軍や統合作戦等のために軍の目的、役割、任務をよりよく理解して積極的に貢献できるようにする。
以上の例は、国防省の脅威の見方や軍隊の使命の位置付けについて下院の国防委員会や有識者の証言の中で交わされた議論である。わが国の有事法制の審議は法案の入り口で頓挫した。内容について実質的に議論して次の課題に取り組むまでに至らなかったことは極めて残念であり、国家や国民にとって大きな損失であると言える。
5.わが国を省みて
瀋陽総領事館事件は国民に国益、外交等について多くの問題を提起した。国際社会の第一線に立つ外交姿勢は、国益に基づく明確な行動でなければならず、国益を守る厳しい姿勢が示されてこそ、初めて国民から信頼され支持される。
外交の基本は安全保障政策にあることが世界共通の認識になっている。国家として国益に基づく一貫性のある行動が取られなければ、国防の最前線で日夜命を懸けて領空侵犯に対処し、領海を警戒・監視し、海外で平和維持活動をしていることが無意味なものになってしまう。
国際社会の中で国家の進むべき方向考えるには、わが国の国益とは一体何であるのか、その根本に立ち戻って考えてみる必要がある。
今日まで国益という言葉が反動的に捉えられ、公の場で議論することが避けられてきた。政府も今日まで国益について言葉では使っても、わが国の基本的な国益について国民に明確に示してこなかった。米国がテロ撲滅作戦のためにイラクを攻撃した場合、わが国は果たして国際社会で理解され、支持されるような判断と行動をとることができるのであろうか。国際社会で重大な問題が生起した場合、国家としての対応が曖昧で優柔不断なものにならないよう国益に基づく政治の判断と実行の決断が必要である。
わが国で有事法制が国会で審議されるようになるとは数年前まで思いも及ばなかったが、国会で審議が挫折してしまったのは国防を基本に戻って考えないまま半世紀にわたり屋上屋を重ねてきた結果である。わが国ではこれまで安全保障政策の検討プロセスでのオープンな議論は避けられ、主とし政府内での政策審議、法案の国会審議、マスコミ報道に頼ってきた。これからの国防政策は、SDRの検討プロセスで英国政府が敢えて挑戦したように、政治家、各界の有識者、一般国民を交えた幅広い議論の中で進めていく必要がある。従来のプロセスでは、憲法第9条や集団的自衛権の問題のような安全保障の高いハードルは最早越えていけないのではなかろうか。
新たな時代の防衛力の役割や自衛隊の任務の優先事項が明確に示され、国民のコンセンサスがなければ、自衛隊はこれからの時代のニーズに適合した行動を計画し、実行していくことはできない。
おわりに
英国の戦略的な国防見直しは、わが国の防衛政策の策定プロセスとは異なりオープン化され、広範な議論や意見を通して評価を受けながら考察された。有事法制が今国会で見送られて継続審議になったのは法案の不備、政府の不手際、与野党間の駆け引き等とも言われているが、根底には国民のコンセンサス形成のプロセスに問題があったことも一因と言える。これからの国防について、政治と軍事、国家と国民との係り等コンセンサスの形成も新たな段階に入っており、一層の努力と創意が求められている。