朝鮮民主主義人民共和国の国家予算と軍事費に関する考察
ご連絡ください。)
(財)DRC研究参与
佐 藤 太 一
まえがき
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の実態は不明な点が多い。その原因は、@極めて厳しい情報管理(秘密主義)がなされていること、A北朝鮮が公表するデータが少ないこと、B発表されるデータに作為がなされている疑いがあること・・・等にある。特に、国家予算や軍事費に関する数値には多くの疑問点がある。本報告では公表されている北朝鮮に関する各種データから北朝鮮の国家予算や軍事費の実態を推測する。
1.北朝鮮の国家予算、軍事費、貿易額
(1)国家予算
公表された北朝鮮の国家予算の推移を図1に示す。この図から1994年までは順調に発展してきているように見えるが、翌1995年急減し、現在に至っている。
北朝鮮の国家予算は軍事費と非軍事費(人民経済費、社会文化費、管理費)に分けられており、非軍事費の内訳は年ごとに少し異なるが、主体は人民経済費であり、その割合は約70%である。
図1 北朝鮮の国家予算推移 図2 北朝鮮の軍事費率推移
(2) 軍事費の国家予算に対する割合(軍事費率)
公表された北朝鮮の軍事費率推移を図2に示す。この図から、1960年代前半の軍事費率は2〜4.5%であるが、1967年〜1971年の5年間は30%台となり、1972年北朝鮮は、韓国に対して兵力の削減を、米国に対しては韓国からの撤退を迫り、自国は一方的に、軍事力の削減を宣言し、現在まで約15%を維持している。
しかし、1960年代前半の2〜4.5%は朝鮮戦争休戦直後で未だ韓国との対立が強く残っている中、いかにも不自然である。また1972年以降の15%台の軍事費は世界有数の兵力数を維持している状況から正しくないとの指摘がある。
(3) 貿易額
北朝鮮の経済活動は閉鎖的であるように見えるが、実態は60ヶ国以上の国々と貿易をしており、とりわけ中国、ロシア(ソ連)、日本等とは貿易額も多く、その結果、それらの国々の経済・社会状況が北朝鮮の経済に大きな影響を与えている。
北朝鮮の貿易額(輸出額と輸入額の和)は北朝鮮の発表は無くとも、相手国の発表や保険機構等の発表等により概ね把握される。従って、北朝鮮の貿易額に関するデータは信頼性(客観性)があると言える。
図3 貿易額の推移
図3に北朝鮮の貿易額の推移を示す。この図から1989〜90年を境にして大きく状況が変化したことが判る。即ち、前段(1960〜1989年)は右肩上がりであるが、後段(1990〜2000年)は右肩下がりであり、1989〜90年を境にして経済状態が大きく変わったことである。
前段も1974年前後、1980年前後、1988年前後に貿易額の大きく増える時期がある。この変動は北朝鮮における特別な事情(後述)と判断し、大きく変動したデータを除くと、図3の中にスムースな曲線が得られる。この曲線を北朝鮮の基礎貿易曲線とし、その近似式(1)が得られる。同様にして1990年以降の基礎貿易曲線と近似式(2)を得る。これらの式から得られる貿易額を基礎貿易額とする。
ただし式中の変数は、y:略年(例1970年→70)、TS:基礎貿易額(億ドル)を示す。
1960〜1989年の基礎貿易曲線による近似式
TS=0.049(y−60)2+3.8 (1)
1990年以降の基礎貿易曲線による近似式
TS=0.023(y−128)2−4.3 (2)
更に、貿易額と基礎貿易額の差の推移を図4に示す。この図から、1970年以降は7年周期で貿易額が増減していることが判る。
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図5のグループ |
@-1 |
@-2 |
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A |
B |
C |
D |
E |
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公表経済計画 推定経済計画 |
T-7 |
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T-6 |
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U-7 |
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V-7 |
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緩衝期 |
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延期 |
延期 |
延期 |
延期 |
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?-7 |
U-7 |
V-7 |
W-7 |
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(ex) U-7:「二次7カ年計画」の略
図4 貿易額と基礎貿易額との差の推移と経済計画
2.非軍事費、軍事費、国家予算の推定
(1)非軍事費
北朝鮮には実質的な私企業は存在せず、全てが国の管理下にあり、経済活動は国家予算(人民経済費)に直結している。従って北朝鮮における貿易額はそのまま人民経済費と直結している。また、この人民経済費は非軍事費の約70%と概ね一定であることから、結果的に非軍事費は貿易額とも一定の関係にある。
図5に貿易額vs.非軍事費の関係を示す。
図5 北朝鮮の貿易額vs.非軍事費
図5から北朝鮮においては貿易額と非軍事費との間には相関のあることが分かる。またこの図から、データは年代毎に以下の6つのグループ(G-@〜G-E)に分けられる。
G-@1962〜1973年(図5中の記号◇)、G-A1974〜1978年(△)、G-B1979〜1986年(□)、G-C1987〜1989年(○)、G-D1990〜1994年(*)、G-E1995〜1999年(×)
更にG-@部の子細なデータを図6に示す。この図から次の3グループに分けられる。G-@-1:1962〜1964年(図6中の記号◇)、G-@-2:1967〜1971年(○)、G-@-3: 1972〜1973年(△)
a.軍事費率の影響
これらG-@-1〜G-@-3の3グループは図6のグラフ上では連続的につながっていない。一般に特別な事態のない限り国の経済は連続的に変化する。3グループのデータが連続していない原因として考えられることは、国家予算中に占める軍事費率である。北朝鮮の発表による軍事費率は、G-@-1:2〜4.5%、G-@-2:約30%、G-@-3:約15%である。
図6 貿易額vs.非軍事費(1962〜'73年) 図7 貿易額vs.推定非軍事費(1962〜'73年)
軍事費率はその国の置かれた立場によって変動する。
過去(1890〜1945)の我が国の軍事費率は、大きな戦争中は約70〜80%であったが、戦争をしていないときは、概ね30%程度(現在防衛庁は約6%)であった。
パキスタン(陸上兵力55万人)はインド(陸上兵力110万)とカシミールや原理主義者によるテロ活動を原因とした一触即発状態にある。そのパキスタンの2002年度軍事費率は約20%である。
朝鮮戦争(1950〜1953年)以降、北朝鮮は韓国・国連軍と休戦状態にあり、陸上兵力100万人(国民の約5%、その他予備軍役700万人)といわれ、世界有数の大兵力を維持している。しかも、韓国と対峙し、ノドン・テポドン等のミサイル開発も強力に進めている。
以上の状況から北朝鮮の軍事費率は国家予算(歳出)の30%程度は妥当と考えられる。また多くの資料も同様の指摘をしている。
以上のことから、グループG-@-2の軍事費率約30%(非軍事費は約70%)が正しいとし、このグループの非軍事費の推移が概ね直線の関係にあることから、この直線関係とG-@-1とG-@-3の非軍事費の推移が連続するようにし、更に発表の無かった1961、1965、1966年のデータを推定する。以上の結果から得られた推測非軍事費(PS:億ウオン)と基礎貿易額(TS:億ドル)の関係式を次に示す。またその1962〜1973年までの結果を図7に示す。
PS=4.7TS+3.2 (3)
b.基礎貿易額と非軍事費
更に1974年以降を検討する。図5の貿易額を基礎貿易額で置き換えて図8に示す。この図中の破線は軍事費率15%相当線、実線は式(3)を示す。
1962〜1989年(図8中記号◆)はほぼ直線(比例)関係にある。しかし、この比例関係から見ると、1990〜1994年(△)は上方に大きくズレ、1995〜1999年(○)もズレている。これらズレは規則性を持ち単なる誤差でない。これは北朝鮮の作為(後述)と判断し、この間も式(3)の比例関係は成立するとして、非軍事費を貿易額で推定する。以上の推定により求められた非軍事費の推移を図9に示す。
図8 基礎貿易額vs.非軍事費
図9 非軍事費の推移
(2) 軍事費
貿易額vs.非軍事費と同様に、貿易額vs.軍事費について図10に示す。
図10 貿易額vs. 軍事費 図11 基礎貿易額vs.軍事費
図10から貿易額と軍事費の関連式は得難いが、貿易額を基礎貿易額(TS)に置き換えると、図11に示すように1984年(図中記号◆)まではほぼ比例の関係にあり、1985〜1989年(□)は貿易額に関係なく軍事費は一定。しかし、1990年以降(△、○)はデータがグループ化し、しかも連続しない。従って1989年まではこのデータの傾向を利用し、1990以降は前節と同様に作為として軍事費を推定する。その結果を図12に示す。
図12 公表及び推定軍事費の推移
(3)国家予算
推定非軍事費と推定軍事費から推定国家予算及び推定軍事費率を求める。図13に公表及び推定国家予算推移を、また図14に公表及び推定軍事費率推移を示す。
図13 国家予算の推移
図14 軍事費率の推移
3.考察
以上のデータ解析から以下のことが推論される。
(1)貿易額と国家予算、軍事費の間には強い相関がある。(図5、図8、図11)
北朝鮮では経済全般が国家の統制下にあり、当然貿易額は国家予算の一部になっている。また、国家予算の内訳には大きな変化がない。従って、貿易額と非軍事費・軍事費等の間には強い相関が見られる。
(2)北朝鮮は概ね30%の軍事費率を維持している。(図14)
大きな軍隊の維持には当然大きな経費が必要である。1972年以降の軍事費率は15%程度と公表されているが、推定結果は約30%といえる。しかし、北朝鮮そのものが大軍事国家であり実体はもっと多いとも考えられる。
(3)北朝鮮における国家予算のかさ上げは1975年頃から始まった。(図13)
このかさ上げは毎年約20%であり、1980年代末には約70億ウオンにもなっていた。
(4)北朝鮮の経済が急激に悪化したのは1995年ではなく、1990年である。(図13)
1990年公表された国家予算と推定国家予算の差は150億ウオンにも達している。その後、その差は更に大きくなり、第3次7カ年計画終了後の1995年度予算を前年の約40%以上減額する国家財政の緊迫状況を公表した。1990〜1995年の5年間は実際に歳入が極端に減少しているにもかかわらず、予算を見かけ上多くしていたため、外国からの支援も得にくくなり、結果的に、1995年に大幅な減額予算とせざるを得なかった。
これは以下のように考えられる。@1980年代になって北朝鮮において全般的な生産力の低下が目立ってきた。これは、エネルギー(石油)不足、輸送力不足、電力不足、技術導入不足による技術停滞、軽工業軽視による消費物資不足等が原因である。A1990年代に入って農産物の生産量が極めて少なく慢性的な食料不足となり、飢餓状態にあるとまでいわれている。これは農業政策の失敗、肥料等の不足、農薬の不足、更に冷害・水害・干ばつ等の自然災害が連続したことが原因である。B1989年から共産圏市場の崩壊が始まった。1989年6月中国においては天安門事件による中国の政治的・経済的不安が、1989年11月ドイツではベルリンの壁崩壊とそれに端を発するソ連・東欧の共産政治体制・経済体制の崩壊が始まり、北朝鮮は、中国・ソ連という政治的・経済的に大きな後ろ盾を失った。更に、C1991年我が国のバブル崩壊による景気後退が北朝鮮の経済状況を益々じり貧にしている。特に、北朝鮮にとって、大きな資金源といわれてきた在日北朝鮮系銀行・企業等の不振・倒産等は、北朝鮮の経済に大きな直接的打撃を与えている。
以上の状況から1989〜1990年に北朝鮮の経済が極めて悪化し、その後北朝鮮の経済が悪化し続けているとの推測は不自然ではない。
(5)貿易額と経済計画には強い関連がある。(図4〜図6)
a.図5、図6に示される各グループは経済計画と符合している。
北朝鮮の経済計画と図5、図6中に現れたグループは図4に示すように、ほぼ対応をしている。
b.貿易額と基礎貿易額との差(貿易額差)も経済計画と関連している。
図4に示す貿易額差の推移を見ると、各経済計画年度と貿易額差の山が良く一致している。これは経済計画の目標値を達成するため、無理な輸入・輸出が増大し、経済計画終了に合わせてほぼ基礎貿易額レベルに戻っている。この貿易額差の山を見ると図4下部に示すように発表されたのとは違った経済計画が7年毎に実施されているように見える。
(6)北朝鮮のデータには、作為的な修正がなされている。
北朝鮮のデータには多くの作為がなされている。特に、図5等に示すようにデータがグループ化するのは作為と考えられる。これらのグループ内データは常に非軍事費は増えている(除く1995,1996)。また、図8、図11、図13に見られるように、@1990〜94年は1990年以降の大幅な歳入不足を隠したため大きなズレが生じ、A1995年に大幅な予算減額を発表したが、減額不十分で、1995年以降にもズレが残っている。
4.結言
北朝鮮に関する各種データから、公式に発表されているデータとは異なる結果を得た。これは、韓国との経済発展を競うあまり、多くのデータに作為をし、結果的に多くのデータに矛盾が出たためであろう。
この解析結果から、北朝鮮の国家財政は破綻的な状況にあると判断せざるをえない。北朝鮮においては、歳入・食糧・エネルギーが絶対的に不足しており、過去その穴埋めは中国であり露国(ソ連)であったが、中・露の政策転換で多くが望めない情勢から、その他の国際社会にも支援を要請し、また今後も要請し続けることになろう。この要請を達成するために、武(武力衝突)と和(平和攻勢)を交互に組み合わせ、国際社会に対して朝鮮半島の緊張状態と関心を常に維持させている。しかし、北朝鮮が現在のシステムを続ける限り、主体的に自国経済を回復することは難しい。
参考文献
1. 玉城 素:朝鮮民主主義人民共和国の神話と現実、コリア評論社、1978
2. 重村 智計:北朝鮮データブック、講談社現代新書、1994
3. 重村 智計:北朝鮮の外交戦略、講談社現代新書、2001
4.
現代朝鮮研究会編:朝鮮要覧、時事通信社、1975
5.
林 建彦:北朝鮮と南朝鮮、サイマル出版会、1971
6.
金元祚:凍土の共和国、亜紀書房、1984
7.
神山 卓也:北朝鮮の政治経済学、http://village.infoweb.ne.jp/~fwba0857
8.
Web 海外業務部:北朝鮮の財政・貿易・人口動態、Tokyo Outosourcing Co.,Ltd
9.
海外調査部中国・北アジアチーム:北朝鮮の対外貿易、
10. 木村 光彦:北朝鮮経済の分析方法:文献と統計