わが国防衛産業の現状と技術基盤・生産基盤の維持・増進

 

(財)DRC研究委員                         

      勝

                               

1.冷戦崩壊と防衛産業

冷戦の崩壊は世界の軍事情勢を一変させ、各国とも新しい軍事環境に即応した防衛戦略の見直しと戦力の再構築に乗り出した。多くの国においては軍事力の縮小と、国防予算の削減を実施し、多様性のあるコンパクトで機動性あるかつハイテクを駆使した防衛力の造成に努めている。そして、各国の防衛産業は国防予算の削減と防衛装備品のハイテク化に対応するため大胆な統合・合併に乗り出し生き残りを模索している。一方、わが国においては1990年代初頭のバブルの崩壊以降、経済情勢は極めて厳しい状況にあり、失われた90年代と呼ばれた時期を経過して2000年代に入っても景気の回復の見通しはたっておらず、不良債権はじめ負の遺産に喘いでいる。このような経済全般状況の悪化と、冷戦崩壊後の防衛予算の削減により、わが国の防衛産業も厳しい状況に置かれている。特に長引く不況により体力を消耗した企業においては、採算性の悪い防衛生産からの撤退も考慮しており、防衛技術基盤・生産基盤を民間企業に依存しているわが国にとっては防衛力の維持増進の観点から重大な局面に至っている。

以下、米・欧の防衛産業の現状とわが国の今後の対応について考察する。

 

2.米国における防衛産業の動向

(1)冷戦期における米国防産業

1980年代、米国はソ連を中心とする共産主義陣営と対決するため「競争戦略」を打ち出し、自由主義陣営結束して政治、外交、防衛、経済、科学技術等あらゆる分野で共産主義陣営と競争しこれに勝利する戦略を推進した。このため、レーガン大統領は軍事予算を大幅に増額し、強いアメリカを標榜し自由主義陣営のリーダーとして先頭を走った。特に第2のアポロ計画とも呼ばれたミサイル防衛構想(SDI)の推進は、膨大な予算と技術力を必要とするものであり、共産主義陣営に決定的なダメージを与えた。その結果、ソ連はじめ共産主義陣営の政治的、経済的疲弊を招き、崩壊へと突き進んでいった。この当時の防衛産業は大規模な防衛予算を得て、共産主義陣営との軍事的対決を技術面・装備面で支えた。この当時、米国には主要契約企業として60を超える国防産業が存在した。図−1に1990年における米国防産業のトップ13社の売上高を示す。

      図−1 1990年における米国防産業の売上高(上位13社)

(2)冷戦後の米国防産業

1990年、冷戦の終結とソ連の崩壊に伴う国際軍事情勢の激変にともなって、米国の国防政策も大きく変換し、防衛産業は多大な影響を受けることとなった。すなわち冷戦後の米戦略の基本的な見なおしが行なわれ、クリントン政権の最初の国防政策として「ボトムアップ・レビュー(BUR)」が発表された。この戦略の変換とともに戦力の大幅な削減が計画された。その削減の状況は表−1のとおりである。

     表−1 ボトムアポップレビューにおける戦力の削減

    軍  種 ・ 戦闘部隊等

  1990年度

BURの目標値

現役師団

州兵/予備役師団

    18

    10

    10

    5+

 

航空母艦

空母搭載航空団

艦艇数

    16

    15

    546

    12

    11

    346

現役戦闘機航空団

予備役戦闘機航空団

    24

    12

    13

    

現役部隊総兵力

予備役部隊総兵力

 

  197,000

  44,000

 174,000

  42,000

弾道ミサイル潜水艦

戦略爆撃機

ICBM(大陸間弾道ミサイル)

 

 

    34

    301

1,000

    18

    184

    500

 

 このような戦力の削減にともなって米国の国防予算も大幅に削減されて行った。表−2に米国防予算の状況を示す。このように国防予算のピーク年度は1990年度の2923億ドルであるが、装備品等の調達経費のピークは1985年度の968億ドルである。また研究開発費については1985年以降大きな変化は見られず、将来へ向けての投資を重視している様子が伺われる。

       表2 米軍の国防予算の推移(19902000単位:100万米ドル 

  予算年度

  国防省合計

  調達経費

 研究開発費

ピーク年度

FY1990 292,999

FY1985  96,842

FY1989  37,530

  1990

     292,999

          81,376 

          36,459

    1991

         276,200

          71,740

          36,193

    1992

         281,883

          62,952

          36,623

    1993

         267,402

          52,789

          37,974

    1994

         251,364

          44,141

          34,667

    1995

         255,652

          43,572

          34,522

    1996

         254,417

          42,420

          34,972

    1997

         257,974

          42,932

          36,404

    1998

         258,537

          44,772

          37,089

    1999

         278,402

          48,951

          36,635

    2000

         279,913

          53,021

          34,375

                            (出典 米国防報告)   

このような予算の削減は装備品の研究開発及び調達経費の減少となって現れ、特に調達経費への影響は甚大であった。1996年における調達経費はピーク時の44%であり、1995年度の研究開発費はピーク時の91%に留まっており、国防産業にとっては厳しい時代を迎えることとなった。

(3)国防産業の最後の晩餐 

19937月、ペリー国防長官は国防産業のトップを集めて夕食会を催した。その席上において、長官は今後の防衛力の削減予定とそれに伴う国防予算の削減の見積もりを示し、現在の生産能力の過剰なことを指摘し、次のように語った。

“We expect companies to go out of business, and we will stand by and let that happen” つまり、企業に対して防衛ビジネスからの撤退を促した言葉である。そして更に、5年以内には半分以上の国防企業が存在していないだろうと予測した。そして,適正な企業の数を表−3のように具体的に示した。

このペリー長官のスピーチは国防産業にとって晴天の霹靂であり、キリストの最後の晩餐になぞらえて「米国防産業の最後の晩餐」と呼ばれている。この夕食会以降、各国防企業は生き残りをかけた統合・合併、国防部門の売却あるいは国防産業からの撤退へと走り出した。

      表−3 将来(1995年以降)における適正防衛企業の数

 

区  分

 

装備品等メーカー

      防衛企業の数

  現在(1993

   将来

 

航空機

 爆撃機

    1

 戦闘機

   2~/

 ヘリコプター

    4

    2

 

 

  宇 宙

 ミサイル防衛

    6

    2

 ロケット発射機

    3

    2

 衛星

    5

   2〜1/

 ロケットモータ

    5

    2

 

 

  艦艇建造

 空母

    1

    1

 潜水艦

    2

    1

 水上艦艇

    5

    2

補助艦艇

    7

    3

 造船所

    8

    4

 

  戦闘車両

 戦車

    1

    1

 装甲戦闘車両

    2

    1

 

ミサイル

 戦略ミサイル

    1

    1

 戦術ミサイル

    8

    4

(4)国防産業の統合・合併 

ペリー長官の夕食会以降、国防産業はBoeingLockheed MartinRaytheonTRWNorthrop Grumman General Dynamics を中心に統合・合併が始まり、またGE、ウエスティングハウス、TI、フィリップスなどの多くの企業は国防産業から撤退して行った。その結果、90年代初頭に60社を超えた国防関係の主用契約企業数は2000年初頭には6社に統合されていった。

これらの大規模な統合・合併に対して、国防総省は独占禁止法の緩和はじめ法的な整備、工場閉鎖に伴う従業員の再教育及び配置転換に対する財政支援等、民間分野への転換支援、武器輸出の促進等により企業をバックアップした。このような統合・合併において各企業は企業文化の統合、過剰人員の削減、過剰施設の廃棄、企業財政の過大負担、企業内の対立と企業官僚主義の克服等の困難を克服して、スケールメリットの追求、財政の健全化及び経費の効率化、研究開発経費の効率化、キャッシュフローの増進等により健全な産業として復活した。図−2に2001年における米国防衛産業の状況を示す。

 

 

 

 

 

 


         図−2 米国防産業売上高―2001年度

2001年における上記6社における売上高は1,420億ドル(1990年における13社の売上は1,240億ドル)であり、企業資産価値は1,170億ドル(1990年の13社の企業資産価値は460億ドル)となり、特に株式市場における国防企業に対する評価は2.5倍に上昇している。

更に米国防総省は、新しい戦略環境に対応して情報技術を駆使した「トランスフォーメーション」の構想の下に新技術、新装備の開発を進めていたが、2001911日の同時多発テロ以降、本土防衛体制を更に強化するとともに国防予算を大幅に増やし、国防力の強化を図っている。このことは、国防産業の活性化にも大いに寄与している。一方、2002年6月Northrop GrummanTRWと合併を決定し、米国における国防産業は5社体制に集約された。このように米国防産業は厳しい90年代を克服し、2000年代において世界をリードする企業として復活していった。

 

3.欧州における国防産業の動向

(1)コソボ紛争における米欧の格差の露呈

冷戦の終結は、欧州の国防産業に対しても米国と同様に大きな影響を与えた。つまり各国とも戦力の削減と国防予算の削減による新たな国防体制の再構築を行なっており、これに対応して国防産業も統合・合併へと走り、生き残りの道を模索していった。このような状況において生起したコソボ紛争は、ヨーロッパの防衛体制に重大な影響を及ぼした。すなわち、19993月から6月までの79日間にわたる空爆において、米欧間のC4Iや精密誘導兵器の格差、戦力展開能力の差が明白となり、米国主導でコソボ紛争の処理が行なわれることとなった。このような結果を見て、米国は欧州諸国に対して米国とのインターオペラビリティが不可欠であることを表明し、暗に共通装備の導入と共通運用の必要性を強調した。一方、欧州諸国は欧州のことは欧州で解決する必要性を痛感し、独自の防衛体制と防衛装備を保持する方向に傾斜していった。当時進められていた共通通貨ユーロの導入等、欧州統合の潮流と相俟って、6万人規模の欧州緊急展開部隊の構想が進められていった。

(2)国を跨る統合・合併の推進

これらの防衛環境の変化と符合して、欧州における国防産業の統合・合併も急速に進展していった。これらの統合・合併において米国と異なるのは国を跨っての統合・合併が推進されていったことである。以下主要な統合・合併を示す。

    英国BAeGECマルコニの航空防衛部門マルコニ・エレクトロ・システムズの合併によるBAEシステムズの誕生

    仏国アエロスパシャルとマトラ・オート・テクノロジーの合併によるアエロスパシャル・マトラ社の誕生

    DASA(ダイムラー・クライスラー・エアロスペース)と仏アエロスパシャル・マトラ社及びスペインのCASAによるEADSEuropean Aeronautic Defence & Space Company)を設立

    BAe、アエロスパシャル・マトラ、DASAの3社宇宙部門統合によるASTRIUMの設立

    BAe、アエロスパシャル・マトラ及びイタリアのフィンメカニカのミサイル部門が統合

    トムソンCFSによる英国レイカル・エレクトロニクス等を買収しTHALES社設立

等の合併・統合が行なわれた。

また、これらの統合・合併と並行して、ヘリコプター、戦闘機、ミサイル、火砲等の装備品の共同開発、共同生産が盛んに行われており、研究開発費の削減、生産単価の低減に努めるとともにインターオペラビリティの向上を図っている。

 

以上米国及び欧州の防衛産業の統合・合併の状況を見てきたが、今後は大西洋を跨った統合・合併が行なわれ、防衛産業のグローバル化が益々促進されるものと予測される。

 

4.わが国の防衛産業の現状

 

(1)長期不況による産業基盤の弱体化

冷戦の終結に伴い、わが国の安全保障環境も大きく変化した。長年国土防衛の対象としてきた極東におけるロシア軍の大幅削減と、信頼醸成処置の推進による北方の脅威が減少し、これに対応した新たな防衛体制の構築を目指して、防衛計画の大綱の見直しが行なわれ防衛力の縮小が推進されてきた。一方、わが国の経済情勢はバブルの崩壊後、一向に立ち直ることが出来ず、失われた10年と呼ばれた90年代過ぎて、2000年代に入ってもバブルの後遺症に悩まされている。このため国家財政は690兆円を越える財政赤字と税収の減少に伴う財源不足による国家財政の硬直化を招来し、防衛予算においても削減の傾向にある。

(2)防衛調達額の削減と防衛産業の弱体化

防衛産業においても長引く不況により本業の民間部門の経営が悪化し、防衛予算の削減に伴う調達量の減少と相俟って企業経営を圧迫している。図−3に装備品調達予算の推移を示す。装備品調達額は1990年をピークとしてほぼ一貫して減少しており、2000年にはピーク時の72%に落ち込んでいる。

        図−3 正面装備品の新規契約額の推移

また、これを火砲、戦車、装甲車両の調達額で見てみると図−4のようになり、1990年のピーク時に比べ1996年には44%に落ち込んでいる。このような調達額の減少は、防衛産業にとって生産設備の過剰及び人員の過剰を招来し、生産性の悪化や財務体質の弱体化へと転落した。その結果生産設備の縮小、技術者をはじめとする人員の削減、先行投資の抑制等防衛技術基盤・生産基盤の弱体化を招いている。

         図−4 火砲・戦車・装甲車の調達額の推移

このような傾向は、他の装備品についても同様であり、2000年においてはピーク時に比べて火砲・戦車で69%、航空機で59%、ミサイルで46%、艦船で84%となっている。

併せて防衛庁の調達改革は、装備品単価の一律10%カット、競争入札制度の無秩序な導入による行き過ぎた価格競争は企業収益を悪化させ、経営マインドの低下、先行設備投資意欲の減退、研究開発投資意欲の低下等を招いている。

一方では各防衛産業は防衛部門の人員の削減、施設の統合・合理化を行ない企業収益の改善に努めている。図−5にある通電メーカーの人員削減の状況を示す。

       図−5 通電関係防衛企業A社の従業員削減の状況

 

しかしながら、これらの企業努力も限界があり、わが国の防衛生産基盤・技術基盤を担う防衛産業の再生、活性化を図るために官民あげての強力な施策を推進することが必須となってきている。

 

4.わが国防衛産業の再生への道

わが国の防衛産業にとっても見通す限りにおいて厳しい情勢は継続するものと見積られる。自衛隊の任務の多様化に伴い、今後とも少量多品種生産、益々のハイテク化の要求、コスト削減の要求が強まるものと思われる。長年にわたってわが国の防衛の生産基盤・技術基盤を支えてきた防衛産業の維持・増進のため、官民上げて以下のような抜本的な対応が要求されている。

(1)  武器輸出禁止政策の見直し

世界の防衛産業は米欧のように世界規模での統合・合併が益々盛んとなっていくものと予測される。また企業間の提携、共同生産、共同開発もヨーロッパに見られるように活発になっていくものと見積られる。このようなグローバル化の波から取り残されているのが日本である。この原因は、厳しい武器輸出禁止政策であり、防衛産業においては唯一鎖国状態が続いている。この厳しい規制により米・欧との武器の共同開発・共同生産及び部品等の相互供給が制約され、開発コスト、生産コストの高騰を招いている。わが国も武器輸出禁止政策を見直し、米欧との共同開発・共同生産の道を開き、また米欧国防産業との性能面においても、価格面においても対等の競争を行い、併せて広い意味での防衛協力とインターオペラビリティの確保及び我が国防衛産業の健全な発展に努力する必要がある。

(2)  政府主導による防衛産業の強化育成

技術基盤・生産基盤を民間防衛産業に依存しているわが国にとって、防衛産業は主要な戦力の一つである。しかるに政府・防衛庁はユーザーの立場にたってコストの削減のみを要求し、戦力としての防衛産業の強化育成に努力している姿は見られない。特に新規装備品の初期投資に対する財政支援、要すれば官営工場・施設の民間による運営(GOCO)、技術者確保のための補助金の交付、研究開発・新規投資のための税制的優遇等、戦力としての防衛産業の強化育成に努めることが必要である。

(3)  研究開発費の増額

防衛庁の研究開発予算は、ここ数年約1,400億円程度であり、防衛庁予算の約3%である。これに対して米国の国防関係研究開発経費は360億ドル前後で国防予算の13.7%に相当する。英国、フランスにおいても国防予算の10%を超えており、ドイツにおいても5.7%である。良い装備品を作るためには、研究開発費を増額し、防衛産業における技術者の育成、技術の蓄積を図ると同時に企業の先行投資マインドを高揚させることが必要である。また、米欧との共同開発を推進するためにも、米欧並みの研究開発予算の投入が必要と思われる。

(4)  調達システムの改善

米国における装備品の調達ポリシーは、「優秀な装備品を適正価格で購入すること」である。このため激しい競争入札が行なわれるが、性能の競争である。例えば、100万ドルで装備品を購入する場合競争入札で応札してきた装備品のうち、採用されるのは単価の安いものではなく性能の最も良いものである。このようにして「安かろう、悪かろう」の装備品を排除している。わが国の装備品調達においては、調達改革の名のもとに一律10%カット及び過剰利益返納制度による企業努力によって生じた利益の返還や、無制限な競争入札における最低価格の落札等防衛装備品の特性を無視した施策が取られている。わが国においても「優秀な装備品を適正価格」で調達するシステムを作らなければ防衛技術基盤・生産基盤が崩壊し、有事有用な装備品の取得が望めなくなる恐れがある。

 

以上述べたように各国とも防衛産業の維持強化のためあらゆる努力を傾注している。しかるにわが国において、防衛庁は技術基盤・生産基盤を防衛産業に依存しているにもかかわらず、単なるユーザーとしての立場に留まり、防衛産業を防衛力の要素としてこれを強化育成しようとする認識が欠如している。このような状況が続けば多くの防衛産業が離脱するものと予測される。このような状況を打破して健全な防衛産業を強化育成するため防衛庁、経済産業省が連携し、年度の予算編成の短期的な視野でなく、長期的かつ国際的な視野にたった防衛産業のあり方を検討し、適切な施策を行なうことが必要である。

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