日本の宇宙政策見直しと安全保障の今後
(財)DRC主任研究員
玉 真 哲 雄
はじめに
国際的にはほとんど不即不離と思われる宇宙と安全保障との関わりにつき、日本では独特の機微性が存在し、根本論議は長く先送りされてきた。DRCでも重要課題として早くからこれに関心を寄せており、筆者自身の海外調査・国際会議出席等もこの面に関するものが少なくなかった。数年来、テポドン発射・テロなどを契機に安保課題の表面化が見られる一方、省庁改編により宇宙を含む日本の科学技術政策全般が見直しの唯中にあり、日本の宇宙政策も重要な過渡期を迎えている。
「宇宙開発利用専門調査会」を焦点とする宇宙政策見直しと、その中での諸課題の扱いにつき何度か所見を述べたが1) 2) 、「調査会」報告書が完成し6月に提出された節目に際し、安全保障面に下記を加えた3つの基本的な課題に着目し経緯と所見とを記したい。
o 予算削減下にある今後の宇宙関係資金面。
o 今後の宇宙全般の担い手・体制面。
結論として、次の2点を述べる。
@基本課題はいずれも漠然としか触れられず、宇宙政策全般が混迷の中にある。
A【補論】この経緯全体が、昨年の年報で論じた「長期的戦略的政策思考の不在」3) を裏書きしているように思われる。
1.宇宙と安全保障及びその日本での機微性
(1) 日本の宇宙政策と安全保障
1950年代ソ連・米国の衛星打ち上げ競争以来、国際的には宇宙と安全保障・国防とは不即不離の関係にあった。しかし日本では長らく、宇宙と安保との間に独特の機微性が存在している。その経緯をおさらいしてみよう。
a.「大綱」と「平和利用決議」
「宇宙平和利用決議」4) が、長期にわたって日本の宇宙と安保との関わりを左右してきた。1969年の宇宙開発事業団設置に際し宇宙軍事利用を警戒する立場から、同年5月9日(金)の衆議院本会議は、宇宙の開発及び利用は「平和の目的に限る」旨を決議した。
実はこれより早く、1962年の第17回国連総会ですでに「宇宙空間平和利用に関する決議」(決議1802号)が採択されている5)。しかし国連の「平和利用」とは「非侵略的」との意味であったのに対し、日本の国会では衆議院決議に先立つ1968年の審議段階で、世界的な「非侵略的」の意味を承知の上でこれを一層拡大して「非軍事的」の意味とする旨の質疑が行われ6)、この結果、衆議院の「平和利用決議」は防衛庁・自衛隊の宇宙利用に極めて厳格な縛りを加えるものとなった。
b. 「一般化原則」
その後16年を経て、海上自衛隊が米軍通信衛星受信装置を装備する問題に際して1985年2月6日(水)、「利用が一般化している、及びそれと同機能の衛星は自衛隊が利用しても、決議の『平和の目的』に反しない」との政府見解7)が表明され、いわゆる「一般化原則」の範囲内に限って、ようやく自衛隊の宇宙利用が根拠づけられた。
c. テポドン発射と情報収集衛星
1998年8月31日(月)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のテポドン・ミサイルが太平洋に達したことは、一般公衆を含めて日本に大きな衝撃を与え、情報収集衛星を導入する急速な政治的決定がもたらされた。しかしこのように明白に安保・防衛面の事件が機会となったにもかかわらず、関連文書には安保面、とくに防衛庁・自衛隊との関わりが明確に謳われてはいない。
1998年12月22日(火)の閣議決定文書8) は、「外交・防衛等の安全保障等の危機管理に必要な情報収集」を導入の主目的に挙げているが、以後安保面には一切言及がなく、また各省庁の分担に関する文書でも、防衛庁は登場もしていない。防衛庁自身も、防衛白書で情報収集衛星に関して「その機能が一般化していると認められる場合には、自衛隊が利用することとしても、宇宙の平和利用に関する国会決議の趣旨には反しないものであると考えられています」9) と述べるにとどまっている。
すなわちテポドン発射を契機とする情報収集衛星に関しても、防衛庁・自衛隊の立場はすでに17年を経過した「一般化原則」の枠を一歩も出ておらず、宇宙と安保との関わりに関する基本的課題は先送りされたままである。
2.日本の宇宙政策とその見直し
目下、2001年1月の省庁改編をはさんで日本の宇宙政策そのものが重要な見直しの唯中にある。「宇宙開発委員会」を焦点としてきた宇宙政策とその担い手がどのように変わろうとしているのか。従来の状況をおさらいした上、目下の見直しの現況、及びその中で安全保障を含む基本的課題がどのように扱われているかを展望してみよう。
(1) 宇宙開発委員会
2001年1月省庁改編までの長期間にわたり、日本の宇宙政策は「宇宙開発委員会」、「宇宙開発政策大綱」及び「宇宙開発計画」の三つを主な枠組みとしてきた。
「宇宙開発委員会」は1968年5月、宇宙開発委員会設置法に基づき総理府に設置され、科学技術庁長官を委員長として同年8月に発足した。個々の機関で行われている宇宙開発を、国として「統一ある計画の下に一元的総合的に行う」目的で設けられたもので、同委員会は日本の宇宙政策に関するいわば最高審議決定機関であった。
(2) 宇宙開発政策大綱など
a.
宇宙開発政策大綱
宇宙開発委員会が定める先記の「宇宙開発政策大綱」及びこれに沿って毎年改訂される「宇宙開発計画」に従って、日本の宇宙開発は「関係省庁の協力の下に一体的に進められる」ものとされた。宇宙開発政策大綱(以後「大綱」)は1978年3月に初策定されたのち、内外諸情勢変化に対応して1984年2月、1989年6月と改訂が重ねられ、さらに1996年1月24日付で策定されたものが、その最近版であった。「平和利用決議」を反映して、日本は「平和目的に限り」宇宙開発を進める、としており、これが宇宙と安保との関わりに触れる唯一の字句であった。
b.
宇宙開発計画と事故の影響
毎年の「宇宙開発計画」のうち最近のものは、2000年5月31日付けで策定されたが、これには近年連続した衛星打ち上げ失敗・衛星故障等一連の事故の影響が反映されている。とくに下記2件の打ち上げ失敗は、宇宙開発全般に深甚な影響を及ぼした。
@ 1999年11月15(月)、気象衛星「ひまわり5号」の後継、かつ初めて航空機航行支援を行うべき運輸多目的衛星「MTSAT」を搭載したH−Uロケット8号機の失敗。
A 2000年2月10日(木)、X線天文衛星「ASTRO-E」を搭載したM−Vロケット4号機の失敗。
この結果2000年開発計画は、H−Uロケット他の開発中止(H−UAへ移行)のほか、多くの衛星打ち上げ年度をほぼ全面的に後倒しへ変更するなど、宇宙開発にとって厳しい内容となった。また宇宙開発関係予算額は前年1999年度に較べて概ね横這いか減少傾向にあり、予算面でも情勢は容易でない(情報収集衛星関連予算が内閣官房に計上されたのを参入すれば総額は対前年比で増加しているが、これは一過性のものである)。
c. 宇宙開発中長期戦略
1996年「大綱」に代わるものとして、同委員会は2000年12月14日付けで「我が国の宇宙開発の中長期戦略」を策定した。2001年1月に実施される省庁改編後も「当分の間にわたり、我が国の宇宙開発の指針とされるべきもの」とされており、改編によって格下げされる同委員会のいわば「遺言」であったかと想像される。ここでも宇宙と安保との関わりについては「平和目的に限り」の一句が依然、唯一の言及として保存されている。
(3) 2001年からの宇宙政策見直し
以上でおさらいした日本の宇宙政策の枠組みは、片や打ち上げ・衛星の失敗、片や省庁改編の影響で、目下大きな見直しの唯中にある。
2001年1月の省庁改編で文部省と科技庁を統合した「文部科学省」、科学技術会議を改組した「総合科学技術会議」等が設置されると共に、宇宙開発委員会は国全体でなく宇宙開発事業団の開発を審議する機関へといわば格下げされ、委員長も閣僚ではなくなった。また従来科技庁・文部省所管のいわゆる「宇宙3機関統合」が課題となる等、大きな変動がもたらされた。この中で、日本全体の宇宙政策はどのように見直されるのか。次の3つの基本的・長期的課題に着目しながら、その状況を展望してみよう。
@ 長年先送りされてきた宇宙と安全保障との関係。
A 予算削減下にある今後の宇宙関係資金。
B 宇宙開発委員会格下げ後の宇宙全般の担い手・体制。
(4) 総合科学技術会議10)
従来の「科学技術会議」は首相の諮問機関であって科学技術庁が事務局を兼ねていたが、新設された内閣府に新たに「総合科学技術会議」が設置された。自然科学に加え人文社会科学も対象とし、諮問を待たず首相に意見具申できる、また内閣府内に百人規模の事務局を設ける等、従来に較べ大幅に機能が強化されたといわれる。発足直後の2001年1月から当初は森首相、その後は小泉首相を議長として、原則毎月1回開催されている。
(5) 宇宙開発利用専門調査会11)
2001年10月30日(火)の第11回総合科学技術会議で、「宇宙開発利用専門調査会」(以後「調査会」)が設けられた。調査会は「我が国宇宙産業の国際競争力の強化を図るとともに、宇宙の利用を通じて国民生活の質の向上等に資するため、今後の宇宙開発利用に対する取組みの基本等について調査・検討を行」って総合科学技術会議へ報告することをその任務とした。すなわち日本の宇宙政策見直しの焦点となるべきものがこの調査会であり、その検討状況はやや詳細に追ってみる価値がある。
3.宇宙開発利用専門調査会の検討状況
本節では調査会の経緯だけを記し、その意義と筆者の所見は次節4.で述べる。
(1) 調査会の目的等
調査会の目的は、先記のように「今後の宇宙開発利用に対する取組みの基本等について調査・検討を行う」ものである。総合科学技術会議議員・鞄立元副会長である桑原洋氏を会長とし、他の総合科学技術会議議員1人、専門委員8人(学界4、公立機関2、産業界1、マスコミ界1)の計10人から成る。このほか「産学官の有識者から適宜意見聴取を行う」。
調査会のスケジュールは、2001年11月22日(木)の第1回以降毎月1〜2回の会合を重ね、2002年5月下旬の第9回までに報告書をまとめる旨の検討スケジュール案が第1回会合に提出されている。現実にはやや延長されて6月11日(火)の第11回をもって報告書を作成し、総合科学技術会議へ報告してその任務を終了した。すなわち調査会はほぼ半年間の時限機関で、従来の宇宙開発委員会のように継続的常設の宇宙政策の担い手ではない。
(2) 調査会の検討状況
調査会の検討状況は、配布資料・議事次第とも開催後すみやかにホウムペイジ10)
11) で公開され、かなり臨場感のある意見のやりとりも読み取れる等、高度の透明性は評価できる。そのうち本稿の論議に関連する部分を抜粋して記せば、次のようである。
a. 第1回調査会(2001年11月22日(木))
o各省庁宇宙関係取り組み状況、宇宙関係予算の説明と意見交換。
o何を目指すのか、宇宙を縮小するのか拡大するのか、との会員からの基本的課題提議に、尾身孝次科学技術政策担当大臣は「全部ガラポンで論議を」。
o各省庁からの説明に対し、より大きく日本の宇宙国家戦略論議を、とメンバーからの意見。
b. 第3回調査会(2002年1月24日(木))
o学識経験者3人から宇宙利用の現状と今後の取り組みについて聴取。3人のうち、はじめて安全保障面の意見聴取となった志方俊之帝京大学教授(元陸将・陸上自衛隊北方総監)の意見は、大要次の内容であった。
o非核・専守防衛・非BC対人地雷・非武器輸出の限定下にある日本として、目敏く、聞き耳の早い国であること、一層の情報収集・伝送・分析が必要であること、少なくとも2時間毎に同一地点を監視しうる衛星の数を目標とすべきこと。
oこれに続く質疑討議で「防衛問題は避けて通れない」等の意見表明もあった。
c. 第4回調査会(2月21日(木))
o「公式論でなく本音で」「先の話をしてはいけないとの縛りがある気がするが、50年100年先の論議を」「米・欧・露が何をするのかを考えて国家戦略を」等の意見。
d. 第5回調査会(2月25日(月))
o桑原会長から、50年後100年後は議論を深めるとして、近未来については事務局の考え方を提示したい旨の発言。これをめぐって各種の意見。
e. 第6回調査会(3月26日(火))
「取りまとめの視点」「現状と10年後の目標素案」等、最終報告書のための事務局資料が挙げられ、これをめぐる討議の中で平和利用・安保面に関わる論議。「安保を明確に謳え」「1969年(=平和利用決議)当時とは考え方が変わってきている」等の意見の反面、「平和の語を使わぬ方が議論が混乱しない」「安保を謳うとネガティブな印象を持つ、ロックをかけよ」「平和目的をはずすと軍事をやると解釈される」等の反論があり、結局「過去のいきさつを踏まえて、広い意味の安保を念頭におく」くらいがコンセンサスであろう、というあたりで終わった。
f. 第7回調査会(4月18日(木))以降
以後は報告書事務局案の文言論議が目立つ中で、第8回(4月24日(水))には散発的ながら安保の語をめぐるやりとりがあった。「安全確保と書けば安全保障は不要」に対し「安保の記述は外すな」の反論もあったが、「国民の異論が出る」「二つ繰り返さなくてよい、より多くの人に賛同してもらえるように」等消極論があった。
以後の討議もおおむね報告書案の文言論議が多く、安保面を含む基本的課題に踏み込んだものは少なかった。最終第11回(2002年6月11日(火))で報告書修文を桑原会長に一任し、尾身大臣の挨拶があって調査会は終了した。
(3) 調査会報告書
完成した調査会報告書「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について」は5章から成り、本文12枚(他に添付資料13枚)の簡明な体裁である。世上の報道ではH-UAロケットの民間移管、準天頂衛星の開発推進等が注目されたが、本稿の論議に関連する3基本課題に触れた部分は次のようである。
a. 安全保障面
「今後10年程度を見通して」3つの重点分野を挙げた中で、「安全の確保(安全保障・危機管理)」として情報収集衛星を推進中であること、情報有効利用の必要、地球観測衛星ともども「外交・防衛等の安全保障及び大規模災害等の危機管理」に要する情報の適時的確な把握に資する云々、と記述している(7頁)。
b. 資金面
宇宙利用・産業化の促進に政府を挙げて取り組む。「従来の資金に加えて、関係府省・民間の積極的な取り組みによって、所要資金を確保」する、云々(6頁)。
c. 担い手・体制面
「総合科学技術会議は、我が国全体を俯瞰して、民間の活動を含めて、宇宙開発利用の取組みの基本について、宇宙開発委員会とも連携を取りつつ、引き続き、フォローアップし、検討を行う」、云々(12頁)。
(4) 総合科学技術会議への報告
調査会報告書は、第18回(5月29日(水))、第19回(6月19日(水))の2回にわたる総合科学技術会議で報告された。前者は「骨子案」(7枚)による概要、後者は報告書本体(12枚+添付資料)による報告である。
a.第18回会議での報告(5月29日(水))
5議題の2番目として桑原洋会長から「骨子案」説明。平沼糾夫経済産業大臣、片山虎之助総務大臣、遠山敦子文部科学大臣、村井仁防災担当大臣、塩川正十郎財務大臣から各短いコメント。尾身幸次科学技術政策担当大臣(この会議の司会者)から「御意見を踏まえ6月には最終案をまとめたい」旨の発言。
b.第19回会議での報告(6月19日(水))
4議題の3番目として桑原洋会長から報告書案説明。遠山敦子文部科学大臣、平沼糾夫経済産業大臣から短くコメント。尾身幸次大臣から「原案通り決定し、小泉総理及び関係大臣に意見具申をさせていただく」旨の発言。
「今後の宇宙開発利用に対する取組みの基本等について調査・検討を行う」宇宙開発利用調査会は、これを以てその役割を終えた。
4.日本の宇宙政策の今後と基本的課題の取り扱い
以上展望した日本の宇宙政策見直し状況につき、所見としていくつかの注目点を記しておきたい。本節では先記の3基本課題を主眼とするが、これが日本の政策策定過程全般に共通する問題を示していると思われる点につき、更に「補論」で触れる。
(1) 安全保障面
第6回・第8回調査会で多少の論議があったとはいえ、報告書では「情報の適時的確な把握」等の漠然たる記述にとどまり、志方俊之氏からはじめて安保面の意見を聴取したことも具体的には何も反映されていない。調査会での消極論に対し「安全保障、防衛」の語句が残っただけでも上出来かもしれないが、「平和利用決議」以来の課題はまたも先送りの結果となっている。
(2) 資金面
調査会メンバーからは「宇宙を縮小するのか、拡大するのか」との基本的提議があったが(第1回)、報告書では「従来の資金に加えて関係府省・民間の積極的な取り組みによって所要資金を確保」する旨のこれも漠然たる記述に終わった。事務局はこれを指して「資金の拡大を謳った大きなメッセージと考えている」(第11回調査会議事録、5頁)由であるが、資金増が期待できる具体性があるのだろうか。
(3) 担い手・体制面
かつての宇宙開発委員会のように継続して宇宙政策全般を審議決定する常設機関がない状態で、報告書は今後の体制につき「総合科学技術会議は宇宙開発利用の取組みの基本について、宇宙開発委員会とも連携を取りつつ、引き続きフォローアップし、検討を行う」旨、極めて漠然と記述するにとどまった。
(4) タテワリ性と「ガラポン」論議
宇宙開発委員会がそもそも「個々の機関で行われている宇宙開発を、統一ある計画の下に一元的総合的に行う」ために設置されたように、宇宙に関する各省庁のタテワリ性は常に存在した。この調査会で、各省庁のタテワリ説明に対し「より大きく日本の宇宙国家戦略論議を」「50年100年先の論議を」等のメンバーの意見、また担当大臣の「全部ガラポンで論議を」との意向には、タテワリを超えた真の長期的戦略論議を期待させるものがあった。しかし完成した報告書は高々「10年程度」を見通したものとなり、タテワリを超える調整の場たるべき体制面も不明確のままである。綜合科学技術会議への報告に対しても、各大臣が「何省といたしましては」とタテワリ領域内の所見を相次いで述べるに止まった感がある。「ガラポン」的長期戦略論議とは程遠い結果と言わねばならない。
(5) 今後の日本の宇宙政策への懸念
調査会報告書のあと、常設の審議決定機関がない状態で今後の日本の宇宙政策はどうなるのか。「大綱」に代わる基本文書はできるのか。タテワリ性調整の場はどこか。資金はどうなるのか。宇宙と安保との関わりは先送りされたままなのか。総じて、日本の宇宙の「面倒」は今後だれ、どこがどのように見るのか。
これらへの回答は、いずれも明らかでない。日本の宇宙政策全般が、過渡期にあるだけでなく大きな混迷の中にあると懸念せざるを得ない。
【補論】 日本の政策策定過程全般に共通する問題点
論述を終えて筆者は、このDRC年報昨年版(2001年)で論じた「日本における長期的・戦略的政策思考の不在」3) を想起する。日本の政策思考全般に関する直感的仮説と事例とをそこで挙げたのだが、今回の宇宙政策見直しについても多くがこれを裏書きしているように思われる。昨年版の記述を『 』内に示し、対照してみよう。
(1) 『日本の政策思考は「審議会」頼りで専門家がいない』
『「官僚が最大のシンクタンク」との言が聞かれる日本での政策策定にあたっては、(おそらく官僚のお膳立ての上に)何々「審議会」「戦略会議」等の名で学識経験者の名を連ねたものが屡々登場する。』
〔所見1〕宇宙開発利用専門調査会もまさにこの部類であろう。メンバーは学識経験豊富な方々で「50年100年先を」など根元的論議を提議されるが、会議スタッフは官僚であって、第6回あたりの資料からは事務局が早くも報告書取りまとめへ向かって浮き足立っているさまが見てとれるように思う。結局、報告書は高々「10年程度」を見通したものとなったことは先記のとおりである。
〔所見2〕宇宙開発利用専門調査会は7カ月間、11回の会合を以てその任務を終えた。議事録による会合時間は毎回2時間である。のべ22時間で「今後の宇宙開発利用に対する取組みの基本等について」の調査・検討がどこまで期待できるかが懸念される。
なお、上位機関である総合科学技術会議の会合は毎回1時間である。日本の科学技術政策全般を審議決定する場として、どこまで突っ込んだ論議が可能であろうか。
(2) 『日本の政策思考の限界』
『(日本の政策思考は)すべてが官主導型であり、部外での組織的研究はなきに等しく、将来の戦略を複数考え出そうとする際、いくつかの素案を有効に吸収して生かし、将来のあり方を少しでも改善してゆこうとする政治体制にはなっていない。』12)
〔所見3〕官僚のお膳立てに乗った会議では、論争的主題を深く探求して紛議を恐れず果敢に将来戦略を提言する、といった結果は期待薄であろう。調査会の安保論議がまさにそれで、積極論・消極論の中からここらがコンセンサスか、という最低限を採択したように見える。政策とはコンセンサスによる最大公約数で決めるものなのだろうか。
引用文献
1) 玉真哲雄:日本の宇宙政策の現況と課題、DRC、2002.2、P18〜19
2) 玉真哲雄:日本の宇宙政策と安全保障の接点、防衛技術ジャーナル、2002.6、P22〜28
3) 玉真哲雄:日本における長期的・戦略的政策思考の不在、DRC年報、2001.9、P109〜118
4) わが国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議、1969.5.9(金)、衆議院本会議
5) 青木節子:商用衛星運用をめぐる法規制―岐路に立つ宇宙法―、衛星通信研究97号、2002.5、(財)KDDIエンジニアリング・アンド・コンサルティング
6) 1968年第61国会科学技術振興対策特別委員会議録、石本三郎、柳沢弘毅:原典宇宙法、第1章、www.nasda.go.jp/data_lib/Space_Law/
7) 国会決議の「平和の目的」と自衛隊による衛星利用についての政府見解、1985.2.6(水)
8) 情報収集衛星の導入について、1998.12.22(火)、閣議決定
9) 情報収集衛星の導入、防衛白書1999、P333
10) www8.cao.go.jp/cstp/
11) www8.cao.go.jp/cstp/tyosakai/cosmo/
12) 上田愛彦:日本における国防シンクタンクのあり方、DRC年報、2000.9、P51〜60