国防戦略研究体制の構築

 

(財)DRC専務理事

上 田  愛 彦

 

                   1.はじめに

          2.国防戦略に対する基本的考え方

          3.国防戦略研究体制のあり方  

          4.戦略研究を実行する上での諸問題

          5.戦略研究の具体的推進方法

          6.戦略研究のための人材養成 

                    7.戦略研究を進めるための資金、組織

                    8.おわりに

 

1.はじめに

   米国における同時多発テロ戦争の生起は国際的にも多数の犠牲者と損害を出し誠に痛ましいものであるが、同時にわが国にとっては第2次世界大戦終了後、半世紀以上にわたって敢えて触れることを避けてきたために起る国防戦略欠如の混乱と国際社会への迅速な対応について改めて思い知らされることとなった。小泉総理の英断はとりあえず国際的に評価を得たものの、今後具体的にどのようにして国防戦略を生み出してゆくべきかの手がかりを考え、かつ実行してゆくことは極めて緊要な問題と考えられる。国家行政組織の中においてこうした国防の戦略を考えるための部署、あるいは個人として戦略的発想をお持ちの方々は多数あると考えられるが、これらが何故有効な実用段階に入り得ないのかという観点を加え、本論ではより具体的にわが国の現状を率直に直視し考察してみた。また、今後どうすれば少なからぬ前進が期待できるのか実務面でのあり方を提言することとした。

 

2.国防戦略に対する基本的考え方

   世界的に数多くの紛争やテロ事案が生起する中で、国の安全確保は最も重要な施策であるにもかかわらず、わが国では戦後半世紀を経た今日尚、国防に対する国家の取り組み、国会の論議、国民の意識等いずれも世界主要国との比較において、その基本的な考え方、中長期的な対応等はまだ極めて低い初歩的段階で右往左往している現状である。すなわち4年前のテポドンミサイルの日本向け無通告発射、多数の不審船出没と銃撃戦、昨年の米国多発テロの生起に続く日本の対応等はいつも基本的な方向が定まらないままその場限りの議論と小手先の対応に終っている。これらを生きた教訓とし、とりあえずの対応とは別にこれからの国の安全確保について一層積極的に検討を進め、いずれ必要となる国防戦略を確立するためには具体的にどうすればよいのかを考えてみる必要がある。

  こうした戦略なき状態が長らく続いている理由はいくつか挙げられるが、いずれも日本自身の国内問題であり、今や国際社会に多数進出している日本人自身が真剣に考えてゆく以外に道はなく、今日、日本経済が尚低迷し、好転の兆しが見えにくいのもこの欠落と少なからぬ相関があると考えられる。今こそ戦後の半世紀にわたる国家戦略不在の現実を再認識し、急速に変化しつつある世界の情勢に合致した日本自身の進むべき方向を明確に示すことのできる国家としての戦略を確立し、それに基づく政策が進められなければならない。国家の戦略は経済をはじめ多くの要素から成るが、中でも重要なものは国防の戦略であり、十分な研究に基づく確固たる国防の長期的方針とこれに基づく防衛の短期的施策、実施を定める基本となるものであることは論をまたない。

  これまでこうした重要なことが何故手つかずの状態で目先の事態対応にのみ終始してきたのかを回顧しておくことは、今後の障害克服のため重要なことと考えられる。

o 戦略なき理由その@

   過去半世紀以上にわたり、日本をとりまく安全保障の態勢は米ソ関係、米中関係を中心にその大部分は実質的に米国の主導の下に進められてきた。終戦直後から日米講和条約が結ばれるまでの数年間、米国は日本の再軍備を恐れて日本が独自に国防を考えることを許さず、政府、国民もまた日本自身の防衛を含む安全保障は米国にまかせておけばやってくれるものだという安易な考え方に陥り今日に至っている。既に世界の情勢は大きく変化しており、米国も日米協力を真剣に考えているにもかかわらず日本が自力で国防戦略を確立しようとする動きは鈍化している。

o 戦略なき理由そのA

   多くの日本人は、漠然とではあるが昔のような国家統制、軍事優先はすべて悪い事であり、何でも自由にすることが民主的であるという考え方をもっている。国家や地方自治体が全体の利益のために何か一部分を犠牲にしても十分な補償を行い全体として有利な方向へ進むということ自体、国会議員や公務員のレベルでは積極的に考えにくい状態が続いている。これらを実行することにより人気が急落することや村八分にされて再起不能となることが見込まれるからである。止むなく長い時間をかけて論議し、忘れた頃に実現しても国際的効果は既に半減している例が多いように、日本人には昔から戦略的に考える習慣が乏しい。

o 戦略なき理由そのB

 防衛問題は国会における政治的な争いの道具として論議されてきたが、そこでは形式を尊重し、内容は二の次といった思考が強いため防衛力の実質的効果ではなく、法制上の建前論の構築に多くの時間と労力を割いてきた。現実にどういう脅威からどのようにして国を守るかの本質論議を中心とした合理的な安全保障対応を怠ってきたツケが大きくなりつつある。代りに戦略的にむずかしいことを考えなくてもいざとなればなんとかなるだろうといった泥縄式考え方が支配的であり、これが国際社会での日本の信用を損ね経済再建にも悪影響を及ぼしていると考えられる。

o 戦略なき理由そのC

   国防戦略に対する国民的関心、国会での本質的論議がないのはおかしいと一部の識者が認識したとして、尚残る大きな問題の一つは、どのようにして実効的な国防戦略を打ち建ててゆくのかということである。在来の純理論的、仮説的安全保障論はさておき、より具体的、現実的な戦略的方策を確立してゆくだけの知力を国家が保有しているか、さらに国民的合意と国際社会に認知してもらうまでの推進能力があるのかという問題である。幸にして日本はこの半世紀の間、戦争体験が全く無い訳であるが、それでも国際的な各種事案を分析し、実務的経験を基礎とした国防戦略を現状と整合させながら創造してゆく材料はあり、その進め方を考え出すことが重要である。

o 戦略なき理由そのD

   国防戦略は、当然のことながら内容的に国民の合意を得て支持されているものでなければならない。しかし現状では国防あるいは戦略と名が付くだけで多くの反論を予期し、これらを国民的合意にまでもってゆこうとする地道な努力がなされていない。従って十分説明できる国防戦略はまだ存在せず、国家を各種脅威から合理的に防衛する必要があるのかどうか、あればどのような国民的犠牲を払わなければならないのかの論議で頓挫している現状である。これを要するに国際情勢の平易な要約と各国の対応等、幅広く公平に研究調査した上で国民にそのすべてを開示する方策がとられていないために、見かけ上何か大きな権力が造成されているのではないかといった不信感が作用し、これに政府の施策には何でも反対する声が増幅され便乗し、長期的、戦略的思考は停止した状態となっている。

 

 国防とは、対外的な要素が多くを占めるので、国外の情勢と主要先進国の対応等を重要な手がかりとし、最終的には国民自らが判断するべきことであるにもかかわらず、そこへ行くための場が閉ざされているため、現状では国民的合意は得られないまま、国防戦略もないまま変則的な戦術的実行が進み、見方によっては実行者に莫大な負担が強いられているものと考えられる。戦略的失政を戦術的に取り戻すことは到底不可能なことである。

 

3.国防戦略研究体制のあり方

  国防戦略を研究することの意義は、安全保障や国防のあり方等について学問的な論文を書くこととは相互に関係があっても立場は全く異なるものである。国防戦略の研究は、あくまで国家間の現実の利害関係を踏まえ、実際の問題としてどのように国の安全を確保してゆくのかについて種々の角度から、場合により複数の方策を練り上げるものである。従って、これらを調査し考究する体制とさらに評価し判断する過程は、単なる論文作成とは異なり独自の体制を準備する必要がある。

  まず国防戦略の研究は、国家が必要とするものであるから国家が真剣になって少しでも正しい方策が出るよう全体を支援する体制が重要である。ただし日本では、公的な資金を供給するとなると研究内容をはじめ研究担当者の人事等にまで国がいちいち干渉する場合が多く,結局、立ち上がりの段階から偏った研究に陥らざるを得ないということになるので十分留意する必要がある。日本の場合、研究の母体としては官そのものの中に位置するより、外にあって私企業としての研究とは区別しつつ、半官半民の各特色を生かした公益法人などの位置付が望ましいと考えられる。

 国防戦略の研究は、国益を守るために行うものであるから国家予算が充当されてしかるべきものであるが、ひとたび資金援助が行われると研究成果のすべてが統制の対象となり、結局、時の権力者にとりあえず都合の良い成果だけが強調されるようになる。このことを防ぐため、研究の評価については特に指名された部外の専門家を加えて公正を期するなど特別な体制をとる必要がある。

  研究体制として次に重要なことは、実際に戦略研究に携わる研究員の心構え、資質、見返り等に関する一般的規範であり、いちいち成文化できない面も多い。すなわち戦略研究は、場合により複数の成果を得て審議の結果、合併分離を重ねて国家の重要政策となってゆくものであるから、学術的な興味や、これまで誰も踏みこんだ例のない新分野としての論文的価値を中心とした研究の価値判断だけでは律することのできない研究であることを研究担当者自身が十分承知している必要がある。従って研究員の多くは、これまでに幾多の実学的経験と防衛の現場での問題点を十分把握していると同時に、研究調査し創造的な思考過程を踏んで、既知の研究成果も必要により取り入れながら新しい戦略体制の構築に資するための研究を遂行できる専門家の集合体でなければならない。

  また研究員各個人は、安全保障、防衛に関して何等かの一分野について専門的見識を有すると同時にタテワリ思考を排し総合的に物事を判断できる識能を必要とする。さらに若い時の出身母体、文系と理系、運用と技術といったわが国特有の縄張りや慣習等を場合により完全に捨て去り、新しい時代の国家の安全、国益について時代を先取りする洞察力を備え、かつ自説のみにこだわることなくグループ全体の討議にも十分対応できる人間性を必要とするものであり、先ずはこうした研究体制が十分理解され、支持される雰囲気が重要であると考えられる。

  研究体制の第3の柱は、国内は勿論、国外の各機関等において、研究調査の段階では、仮定の話であれ、過去の失敗例であれ必要に応じて自由に討議の対象とし、今後の本質的な戦略研究に資するという活動が重要であるが、これまでややもすると余計なことはしない方が良いとする考え方に支配され、保守的に従来の方針をただ墨守しさえすれば良いといった雰囲気が大勢を占めてきている。新体制はこれらに警鐘を打ち鳴らすものでなければならない。

  先進諸外国においては、日本的タテワリの保持、前例の墨守といった非生産的考え方は厳しく糾弾され、多くの場合、将来の発展の妨げとなることは排し、こうした隙間で得る個人的な利益、あるいは部門毎の省益等は厳しく監視されており、わが国においてはようやく一部にその曙光が見えはじめたことは良いことと考えられる。国家の命運を担う戦略研究においては、特にこの点が重視され、国レベルの最も重要な公共財として公正な研究が位置付けられる体制が必要である。

 

4.戦略研究を実行するうえでの諸問題

  戦略研究の体制を整え、研究担当者を集めて具体的な研究を実行してゆく上で最初に当面するいくつかの問題がある。 

  その1は日本のこれからの国防戦略を考える上で、基準となるべき考え方は常に国際社会の平均的な戦略思考を念頭に置き、これとの対比において思考を展開してゆかなくてはならないということである。そもそも安全保障を考えるということは相手があって対応してゆくものであるから、自国のことだけを勝手に考えても意味がない。数多く諸外国を訪問、滞在しその地域毎の歴史的背景や現状に精通した上で国際情勢を判断して日本の進むべき方向を見出すものであり、研究担当者は必然的に語学能力が必要条件となってくる。取り敢えず最小限の目安として、英語による文章の読み書きに加え、訪問先でのブリーフィング受け、質疑応答等に一応通訳なしで対応できる程度の能力が必要である。

  第2は語学能力と平行して、安全保障問題について一応の基本的知識を持ち、できればその一部門に精通した見識を備え、こちらから必要に応じて発信するものを持ち合せていることが重要である。これにより訪問先等で相手との対話に十分な噛み合せを期待することが可能となり、また相互の信頼が醸成されることになる。

  その3は、研究担当者全員について、安全保障/国防というものが経済をはじめ他のあらゆる社会事象、技術動向等と密接なかかわりを持つものであることを十分理解し、狭く専門分野の中だけで考えるのではなく、幅広く総合的な思考能力を養うことが重要であり、場合により研究員相互の討議を通じて補強することが必要となり、そうしたことに積極的に参画できる素質を備えていることが要求される。さらに現下の日本の軍事アレルギーを解消し、あるべき姿を追求してゆくためには、これから理解者となる人にも適切に対応してゆく度量を備えていることも大切である。

  その4は研究と名がつくものはすべて同じであるが、一歩一歩成果を積み重ね、長期的思考の下に当面の課題との整合をはかりつつ、この場合には国防の戦略を構築してゆくという大胆な基本姿勢が重要である。いたずらにその日暮しの言のがれや一時のゴマカシ的発想は自らの混乱を招くことになり、本質は自らの信念と客観的事実に支えられた一つの考え方が大きな原動力となっていることを体験的に習得し、これを助長する方向に組織全体が動いてゆくことが必要である。

  最後に戦略研究を行う機関および研究担当者は、政治的には常に中立の立場をとるべきであり、一党一派の主張に引き込まれて偏った研究成果に陥ることは避けなければならない。反対に研究成果の一部について説明を求められれば同じ内容を公平な立場でブリーフィングし、かつ発信者の身分保証も必要となってくる。

 

5.戦略研究の具体的推進方法

  効果的な国防戦略の研究を進めるため、その具体的推進方法を研究実行面と研究管理面とに区分して考察する。

  戦略研究を実行してある成果を得ようとする場合、最も重要なことはどのようにして既存の概念から抜け出し、これからの時代の要請に合った考え方を先取りして創出するかということである。すなわち押し付けによる在来延長型戦略だけに固執するのではなく、研究員個人の自由発想をまず大切にし、次にグループ討議によりその精度を高めてゆくという方法を所属全研究員が十分理解した上で推進してゆくことが必要である。

  このため各研究員個人は常に旺盛な問題意識を持ち、人に頼るのではなく自らが考え、書き、発信する能力を高める努力を継続的に行うとともに、諸外国での実例、国民大衆の理解を高める方策等についても着意を怠らないことが大切である。必要により研究組織としてこれらが実行し易い雰囲気を作り出すことが必要である。

  こうした個人ベースの成果を基礎にしばしばグループ討議を行い、他の考え方と融合させて内容の充実をはかるとともに、考え方の矛盾点、誤解、あるいは発展性等について早期に解決し、グループとしての戦略的考え方についての自信を高めてゆくことが重要である。必要により外国における討議をはじめ、各種フォーラム等における発言の基礎を構築するものとして、これらを数多く保有することにより個人ベースの研究意欲が一層拡大され質の高い戦略研究が実行されることになる。

  研究管理の面において重要なことは管理のための要員を指揮、監督する長には必ず戦略研究の経験者を起用して事務のための事務に陥ることなく、効率的研究を推進するための事務管理に徹することが重要である。わが国では往々にして研究員自身は研究そのものに没頭するあまり、研究を取り囲む諸情勢、特に研究の地位、役割、予算、成果の活用等について無関心となる場合が多く、すべて事務方まかせでいては既に戦略的後退といわざるを得ない。

  戦略研究はそれ自身、長期的見通しの上に立って研究を進めるものであるから、研究管理の面でも長期的計画を立てて管理に当る必要がある。すなわち研究経費、研究員の身上把握、新しい研究員の選任、専門分野に応じたグループ編成とリーダーの指名、テーマの選択等内部的なものと公益を本旨とする組織体の各種届出業務、研究予算、官公庁その他からの委託研究、委託教育等の受入れ、調整、報告、税務申告、監査、理事会等の開催、議案の審議、承認手続き等研究を進める上で必要な対外的折衝も疎かにすることはできない重要要素である。

  さらに質の高い戦略研究を進める上で、外国の同種研究機関等を訪ね、討議を重ねることは大変重要なことであり、これら訪問先の選定や訪問計画の立案、訪問手続き等のほか、こうした訪問先から反対に日本へ来て論議しようとする訪問者の受入れ等、研究と管理が混然一体となった業務をどう捌いてゆくかは戦略研究成否の鍵となるものである。

 

6.戦略研究のための人材養成

  戦略研究は、安全保障の理論的側面から防衛の現場対応に至る幅広い総合的なものを対象とした実学であるから、これに携わる研究員は防衛自体またはその関連業務について自らが経験を積み、かつ現状における問題意識を多数抱え、その改善に積極的な意欲を持ち合せていることが重要である。そして多くの場合、戦略研究は長期にわたり専従的に行う必要があり、戦略研究機関を設けた場合の組織体としての研究員には防衛業務を担当し定年を迎えた人の中から、希望により適任者を選任することが一つの望ましい方策と考えられる。この場合、将来定年後に部外で研究員たらんとする者は現状での旺盛な問題意識を保有するとともに、現在の職務を十分全うしつつ、その中から戦略的発想を加味した経験を数多く積んで自らの脳裡に蓄える努力が重要となる。多忙な日々の業務に埋れてしまうことなく、これらを糧として自分なりの問題意識を持ち、自分が解決する立場に立つ時がくるまで維持し続けることができるかどうかが適材となり得るかどうかの分れ道でもある。

  戦略研究は、本質的に理系とか文系といった若い時の出発点での専門にとらわれるものではない。理系、文系にまたがる広い基礎的知識の上に、経験に裏打ちされた戦略的思考が重要な要素となるものである。この場合、戦略研究は単なる理論のための理論形成に終わるものではなく、世界の戦略環境に照らして、今後わが国に影響を与える実際的諸問題を戦略的に捉え、解決してゆくための創造的実学研究であることを十分理解していることが大切である。逆に現場が重要であるからとて、終始現場的解決で事なきを得る発想は、総合的な戦略研究とは結果的に相反することになる場合があるので、現職勤務中は立場によりむずかしいことではあるが少なくとも問題意識の中にとどめる努力が重要である。

  人材養成の立場からは、特に戦略的テーマではなくとも、若い時に自らの識見を高めるための部外における研修、特に大学院等における教育を受ける機会を持つことは重要である。それが小さな限定されたテーマであってもそのことについて自らの識見を深め、必要により発信する拠り所を保持するとともに、そうした研修を通じて、創造的研究というものがどのようなプロセスを経て生れてくるのか、どうすればそれらが加速されることになるのかということについて、一つの体験的知見を持つことができるという点で大変重要な機会であると考えられる。

  今日、人生は平均80年、あるいはそれ以上といわれているが、一般的に勤めを60才定年で終了した後も、要望により人材の養成は尚続けられるべきものと考えられる。すなわち、気分的にゆとりを持ち、時間的にも一つのことに専従できる60才以降の10年余は、それまでの知識経験の積上げと、総合的判断力の発揮等の面から、やる気さえあればこれをさらに発展向上させ、本人の無形財産としてゆくことは極めて重要なことである。 またそうした活動は一定の条件の下で社会に大きく貢献するものであるとともに、副次的に老化の防止、健康維持にも大きな役割を果すことになると考えられる。

 

7.戦略研究を進めるための資金、組織

  戦略研究を進めるための資金は、本来、安全保障というものが国家の責任で行われるものであることから国家予算が充当されなければならない筈であるが、わが国では往々にして資金供給と研究上の制約とが同居してしまう場合が多いので、外国の例を持ち出すまでもなく、資金供給と研究の自由裁量とを両立させる努力が必要である。すなわち戦略研究も他の学問研究と同様、第一義的には自由な立場で発想し、研究し、政府による取捨選択により政策として実行が決定される段階では逆に研究を実施した側から干渉することがない様、一定のルールを定めておく必要がある。すなわち、戦略研究は他の研究以上に資金的な余裕と研究する者の倫理観、政府との一定の信頼関係を必要とするものであり、尚その間に研究上の本質的論議を行うことが重要であるという高度の知的作業を要するものである。

  資金を準備するもう一つの考え方は、戦略研究は、国民全体に関係する公益事業であるから、政府を含む社会の各層からの寄附金でまかなう方法が考えられる。一定の条件を付し、最近、世を騒がせている政治がらみの疑惑などにならない様、厳重な監査が必要となるが、現施策の動向とは分離して、新しい視点から将来の戦略体制を幅広く経済、産業面からも研究し結論を導くことには有効な方法と考えられる。

 

8.おわりに

 国の安全保障能力は、防衛の現場での実戦力の整備、訓練と国家としての国防戦略確立、施策という2大要素の積である。現在の日本では、前者は一応満足に行われていると考えられるが、目に見えにくい後者については戦後半世紀以上を経て、国会の論議にその典型的な例が見られるように国際水準からみて極めて貧弱であるといわざるを得ない。場合によると国家の存立、最小限度の国益維持すらおぼつかない現状にあると考えられる。今後どのようにして日本の国家戦略を時代の要請に合致した形で、かつ多くの国民的合意が得られるよう構築してゆくのかは、日本の命運を託す現下の緊要課題となりつつあると考えられる。

 

参考文献

1.「安全保障戦略構築のための諸問題」上田愛彦、DRC年報AR-2P.551998.10

2.「防衛政策に資する戦略研究のあり方」上田愛彦、DRC年報AR-3P.431999.  

3.「日本における国防シンクタンクのあり方」上田愛彦、DRC年報AR-4P.512000.9

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