戦いの原則から見た日本の国際テロ対応強化の方策

 

                             (財)DRC 研究委員 

                                  菊 田  愼 典

 

はじめに

本報告は、戦いの原則に関する戦史研究からみた日本の国際テロ対応強化のための一考察である。内容は、9・11事件に端を発するテロとの新たな性質の戦争に戦史研究から掴んだ用兵原則を提示し、現実の諸情況にそれをどのように応用・適用すべきか、を検討したものである。

国際テロ対応を考える座標軸の一つは、歴史の蓋然性でなくてはならない。そこに立脚して初めて、国家安全保障・危機管理分野の諸情況へ戦いの原則を適用することができる。この視点を基礎にして、次の順序で論述する。

○ 歴史の蓋然性            ―戦いに勝つ原理F=MV2の本質は何か―

○ 9・11事件と新たな性質の戦争    ―何がどう変わったか―

○ テロに対応する現在日本の原則    ―戦史の蓋然性をどう応用するか―

○ 国際テロ撲滅への方策        ―今、何をなすべきか―

 

1.歴史の蓋然性 ―兵法原理F=MV2の本質とは何か― 

歴史は繰り返すという。過去の事実そのものが繰り返すわけではない。類似の条件のもとで、人間は過去と同じような思考錯誤を繰り返す、という意味である。歴史の中で幾度も繰り返されて累積した人間の思考パターンは、事象との因果関係が次第に抽象化され、法則的、蓋然的な概念に置きかえられていった。

戦争の歴史においてもこうした蓋然性が存在し、戦い(Warfare)に勝つために主将が決断する際、彼の心底において遵守すべき「戦いの原則」(Principle of art of war)となった。例えば、かのナポレオン[i]は、陸軍にも海軍にも適する兵法不易の原理を次のように説いた。

「兵力は之を集合すべし。いやしくも散じて弱點を生せしむることなかれ。その勢、積水を决するが如く、その迅きこと疾風の如く、その攻むるや必ず敵の最も薄弱なる點に於てする、これ勝を制するの秘訣なり」

さらに、彼は、この秘訣を力学上の質量と速度の相乗積 F=MV2 は兵力、は装備の充実、Vは戦略戦術)というモーメント方程式で表現した。

戦いの勝敗に関する史的蓋然性の調査によれば、明治維新以後、日本陸海軍が執った各種戦法の綱領は、ナポレオンF=MV2を応用した次の戦闘原則が基本となっている。

「我多数の勢力を敵の一小部分に集合して先つ之を壓倒し、更にその鋒矛を轉じて他の一部分に向ひ、常に我集合勢力を以て敵の一小部分に乗じ、之を一方より掃蕩して、終に敵の全部を滅ぼすこと是れ戰闘の奥秘なり[ii]

これら兵法原則の熟慮断行は、日清日露戦争勝利の主因となり、忘却は太平洋戦争敗戦の主因となった。とすると、現在われわれが直面している9・11事件に端を発する日本の国家安全保障・危機管理に関する国際テロ対応にも歴史の蓋然性F=MV2の適切な応用が求められている。

 

2.新たな性質の戦争 ―何がどう変ったか―

2001年9月27日「ニューヨーク・タイムズ」朝刊はラムズフェルド(DONALD H.RUMSFELD)国防長官の「新たな性質の戦争」(A New Kind of War)と題する論説を掲げた。これまでの戦争概念と「何がどう変わったのか」を知る上で貴重な論説であるので、少し長くなるがその大要を引用しておこう。(筆者訳)

○ この戦争は、これまでアメリカの誰もが直面したことのないものになる。我々の前途にどんな事態が待ち受けているのかは、何が起こるかよりも、何が起こらないかを語るほうが容易なほど不分明なのだ。

○ この戦争は、敵戦力の枢軸を打倒するというような、一つの目的に大規模な同盟軍が力を合わせて戦う性質のものではない。事態の変化と進展に沿った、固定しない国々の連携を含んだ性質の戦争となる。諸国は異なった役割を果たし、それぞれの方法で貢献することになる。つまり、ある国は外交支援、他の国は財政金融、またある国は兵站あるいは軍事面の支援を提供するのだ。公然とアメリカを援助する国がある一方で、国の事情によっては非公開秘密裏に援助してくれる国もあるだろう。この戦争においては、果たすべき任務によってどの国と連携するかが決定するのであって、その逆ではない。

○ 私たちが友好国であると考えている国々は、一定の活動によって、場合によっては内密にアメリカを助けてくれることは間違いない。それ以外の行動において、アメリカはこれまで、それほど友好的でないと考えてきた国々とも連携せざるを得ない。

○ この戦争は軍事目標を熟視して、それらの目標を攻略するために巨大な戦力を投入する必要のない戦いとなる。軍事力は個人・集団・国家がテロリズムに加わるのをやめさせるために使用するための一つの手段にすぎない。我が国は、世界のある場所の軍事目標に巡航ミサイルを発射するのと同じように、金融センターで海外からの資金の流れを追跡して、ストップさせるエレクトロニクスの戦闘を包含して対応しなければならない。この戦いの制服は、砂漠で着用するカモフラージュ戦闘服と同じように、銀行頭取の着る細い縦じまの背広であり、プログラマーが着用する普段着なのである。

○ この戦争は個人、集団、宗教、国家を敵とするものではない。もっと正確にいえば、我々の敵は、自由な人々が自分の好む形で生きることを否定しようとするテロ組織のグローバル・ネットワーク、及びテロリストのスポンサーとなっている「ならず者国家」である。とはいえ、テロリスト・スポンサーとなっている外国政府に軍事攻撃を加える一方で、我々はその外国政府が抑圧している国民一般の人々に、協力同盟を求めることもあることを考慮しておかなければならない。

○ 戦争に関する語彙も、以前とは異なったものになってくる。我々が「敵の領域に侵入する」というとき、それは「敵のサイバースペースへ侵入する」を意味することになるだろう。新しい性質の戦争において、敵を強襲してたくさんの上陸拠点を設けるような戦いはもはや生起しないのである。在来の戦略を忘れよ。我々は、最終期限のない耐える戦闘をいかに継続するかを注視しなければならない。我が軍隊をどのように展開させるかに関する定石的規範は、もはやどこにも存在しないのだ。このような情況に対応するため、我々は軍事力が与えられた目標達成に、最善の方法であるか否かを決めるガイドラインを設定することになる。一般の人々には、すこぶる劇的な軍事的戦闘が行なわれても、外見上の勝利というものは確認することができない。あるいは、大きな勝利を導いたその他の諸活動にも気がつかない。「戦闘」は、国境線で怪しい人物を取り押さえ、資金洗浄(マネー・ロンダリング)のために持ち出す資金でないことを確かめる税関職員達によって戦われるからだ。

○ これは異常な「新たな性質の戦争」としか言いようがない。しかし、一つだけ不変なものがある。それは、アメリカは不屈だということである。我々に勝利が訪れ、アメリカ国民は仕事に通い、子供を育て、夢を抱き、常に自由で偉大な人々として日々暮らせるようになることを確信している。

 

上記、ラムズフェルドは国家対国家の対称型の戦争に加え、9・11国家対テロ組織という非対称型の衝突を「新たな性質の戦争」と呼称している。これを「新たな性質」と「戦争」に解剖し、中身を分析してラムズフェルドが訴えようとする核心を掴みたい。

(1)「戦争」概念

「兵術用語界説」によれば、およそ人類が干戈(かんか)(武器Arms)をもって相闘争する現象を総括して兵戦(Warfare)と言い、兵戦はその兵力・戦域・戦時の大小により、次の四種に大別できる。

  ・戦爭(War

  ・戦役(Campaign

  ・戦闘(Battle

  ・格闘(Combat

 もちろん、兵力の多寡、戦域の大小、戦時の長短等は千差万別であって、互いに連関している四種の類別に一定不変の常則があるわけではない。考察や議論が歴史的事実という共通認識の下でスムーズに行われるように、

    「戦争」は広大な戦域において遠長の戦時にわたる大兵軍の兵戦

    「戦役」は一方面における比較的長時日の兵戦

    「戦闘」は戦争あるいは戦役において一局地に接触した対抗兵軍の兵戦

    「格闘」は戦闘の範囲内において一地点に生起した対抗兵軍一部の兵戦  

と区分したのである。ラムズフェルドが使用した用語「戦争」はこれまでの戦争概念、つまり、兵戦(Warfare)の中の戦争(War)と解釈できる。

(2)「新たな性質」概念

 9・11は世界を変えた。国際テロリズム戦力f=mv2における最大の特徴は、原子核・化学・生物・電子など最新テクノロジー「m」の奪取と兵器転用による無差別大量殺戮「v」が可能となったことだ。このことが「新たな性質」の本質といえる。

テロリズムはこれまで、一般に「兵術用語界説」でいう「格闘」(Combat)の種別として扱われてきた。しかし、9・11のm・vにより、現代テロ戦力fは、広大な戦域において遠長の戦時にわたる大兵軍の兵戦「戦争」(War)に変質したのだ。新しい戦争は、アフガニスタンからモスクワ、バリ島、チェチェン、そしてイラクへと広がり、今後も上記(1)(2)形態で推移していくであろう。

 

. テロに対応する現在日本の原則 ―戦史の蓋然性をどう応用するか―

日本は、国際社会とともに何年かかっても「必ずテロ実行能力を壊滅させる」という確固とした意志を貫き、実行しなければならない。その決断を支える柱の一つが、歴史の蓋然性なのだ。ギリシャの歴史家ポリビアスは、

「我々が判断力を練磨し、いかなる危機いかなる形勢に際会しても、正しい見解を執って動じないことができるのは、歴史研究の賜である」と諭した。このように、人は過去の事実関係を応用して困難な現未来予測の尺度とすることができる。この座標軸が「歴史に学ぶ」ということなのであろう。

いつ・どこで・どのようにしてテロを破るか。採るべき戦法は何か。次に掲げる日本のテロ対応原則は、冒頭の兵法根本原理F=MV2を基本に、帝国国防方針・用兵綱領・年度海軍作戦計画・海戦要務令・聯合艦隊戦策に求めて把握したものである。

A 日米両国は、いかなることがあっても、未来永劫、互いに敵視してはならない。

 B 防衛計画上、専守防衛以上に自衛隊を拡張してはならない。 

 C テロリストを一歩も国内に侵入させてはならない。   

 D 海空を制した後でなければ、決して陸上部隊を輸送してはならない。

E ナポレオン戦いに勝ちを制する秘訣F=MV2を兵法原理とする。

G 日本の原則

・ 我が全力を集団して個々に敵を撃破する。

・ 奇を弄するな。正法によれ。

・ 我が長所をもって彼の短所を衝け。 

防衛庁防衛研究所所蔵の公文史料を基礎としたこれらの原則は日本陸海軍七十七年の歴史の蓋然性を秘めている訓戒ともいえよう。今日、日本人一人一人が自分の立場においてこの教訓をどう応用するか、静思することが肝要である。

 

. 国際テロ撲滅への方策 ―今、何をなすべきか―

テロとの戦いに勝つ鍵は「人」にある。人が将来を見つめて決断する唯一の道は、見たり読んだり聞いたりして学んだ教訓を、自分自身の心の中に大切な価値観として取り入れ熟慮し、選択した方策を断行するにある。

東京のような一千万人が住む大都会に、生物、化学、核兵器による同時・異方向から集中的に奇襲自爆テロ攻撃が敢行され、数十万人、数百万人の犠牲が強いられる事態は、想像するだけで戦慄を覚える。

テロリズムとの新たな性質の戦争に、日本の安全保障・危機管理をどのようにして求めていくのか、防衛庁自衛隊は今、何をなすべきか。国民が歴史事実の反省を怠り、驕慢となり、享楽的となり、戦争に対する覚悟を忘却して、その亡滅を速めた史例は少なくない。この観点から、現在の日本には、新たな性質の戦争が世界史上における国家の命運を決するものであることを洞察し、七年でも十年でも戦いを耐え忍ぶ精神が求められている。

その方策立案上の原則は、(テロリズム)の弱点は奇襲の絶対条件である企図の秘匿にあり、その秘匿を打ち破る(にっぽん)の強点は情報処理の優越であらねばならない。さらに、我が長所をもって彼の短所を衝く原則を応用し、テロリストの頭脳(cyberspace)に進入し、国際諸国との情報交換をリアルタイムに行なわなければならない。

ところが、日本にはテロとの長期戦に不可欠な、各省庁情報部門を統括する政府機構が存在しない。この欠陥の是正は、今日の国家的急務であると信ずる。我が短所をもって彼の長所に立ち向かうことがあってはならないからだ。

防衛庁自衛隊においても、先ずはこの国家的欠陥を補完するよう全力を傾注すべきである。そうして、一朝有事に、何かないかと慌てふためくことのないよう、過去の事実から導き出された本原則の真理を平時から継続研究し、将来の決断に備えることが肝要である。

「他の人々が意外とするような情況に於いて、言うべきこと為すべきことが神秘的にかつ転瞬の間に予の胸中に浮かび来るは、天才に依るにあらず。反省と熟慮とに由るものなり」(ナポレオン)



[i] Bonaparte Napoleon(一七六九〜一八二一年)。 

[ii]嶋村速雄編「海軍戰術一斑」第二篇艦隊ノ戰闘法(明治二十年)四ページ。 

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