新しい防衛戦略を求めて

 

                       (財)DRC研究委員

                        小 林 一 雅

 

はじめに

 旧ソ連邦の崩壊に伴い、世界で唯一の強大な軍事力を有する超大国として君臨している米国が、その政治経済の中枢に同時多発テロの攻撃を受けた。ブッシュ大統領は大国の威信にかけてテロ集団の撲滅と大量破壊兵器の拡散防止のため、本事態への対処は「戦争」であるとの認識の下、強大な軍事力を行使した。このように国際安全保障環境が大きく変化しつつある現状において、「わが国にとるべき防衛戦略は如何にあるべきか」について真面目な検討が必要な時期にきていると考える。

 以下、防衛戦略に影響を及ぼす要素の変化を検討し、わが国がとるべき防衛戦略を追及する。

 

1.守るべき「国家」に対する認識

 近代に登場した国民国家は、領土を保有し、そこにある天然資源や農業生産力を基盤とするものであった。その後、産業革命を経て、国家が有する資本や労働力投入した工業生産力を重視する国家が登場した。第二次世界大戦はこの工業生産力を中心とする国家間の戦争であったといえよう。核兵器の登場をもって終焉した太平洋戦争の結果、登場したのが工業生産力をベースとする国家間の中から変形モデルである通商国家である。この通商国家は、自らは土地も天然資源を保有しなくとも原材料を輸入し、先端技術を駆使し、製品を生産して世界中の市場に売り込むことにより大きな富を勝ち取るものであり、戦後の日本がその代表例である。さらに近年における情報科学技術の急激な進展は、通商国家の概念を発展させ、企業の海外生産や直接投資等の国境を越えた活動によって、自国の領土にこだわる生産力に依存せずとも、移動可能な目に見えない付加価値としての情報、技術、知識、システムなどを活用することにより新たな経済力と威信を確保する国家イメージを出現させている。

 防衛戦略の基本は、「如何にして国民の生命財産、そして領土を外敵から守るか」に対する解答でなければならない、というのが従来の認識であった。即ち、戦略の対象単位はあくまでも「国家」であるとの認識を基礎として構築されているのである。しかしながら、これまで述べてきたように、領土へのこだわりが減少する等、「国家」そのもののイメージが変質しつつある今日、防衛戦略のあり方そのものにもメスを入れなければならないのではないだろうか。

 

2.国家意識の変化と防衛戦略

従来の防衛戦略は、イデオロギーや国家体制に違いがある国家及び国家の集合体を脅威対象として認識し、主として、彼らの有する軍事的脅威に如何に効果的に対処するか、如何に軍事的脅威の増大を抑制するか、について検討し、その結果を防衛戦略として整理していたといえよう。

しかしながら国家イメージが変化しつつある今日、国家の防衛戦略はこのままで良いとは思えない。もはや領土への依存を重視した戦略のみでは役に立たないのではないだろうか。なぜなら、核戦略に基礎をおく東西冷戦の終結に伴い、それまで抑圧されていた民族主義、宗教といった国家間の対立要因が現実的な形で顕在化するのみならず、国家という単位を超越した民族間の対立や宗教間の対立が激化し、非国家集団によるテロや各種の武力紛争が多く見られるようになったからである。ここで注目すべきことは、多くの場合、宗教や民族に起因する脅威は、国家という単位を超越した形で顕在化しつつあるという現実である。これらの脅威への対処は、国家を単位として行わざるを得ないのが現実であるが、脅威自体が国家を単位としていないことから、一国のみの対応では成果が上がらないという現実がある。即ち、複数国による共同対処や国際機関を通じた国際世論の醸成が不可欠なものとなり、ウサマ・ビン・ラディンを首謀者とするテロ攻撃に対する戦争では、米国を中心とする多国籍軍が対処したことや、テロ支援国家であるイラクのサダムフセイン政権の打倒にも多国籍軍が対処したこと等が証明している。このことは、テロ集団や宗教集団を脅威と感じる国が決して単一ではなく、複数同時に存在することがその理由として考えられる。

このような非国家集団の非対称脅威に対処する防衛戦略は如何にすべきであろうか。従来は、あくまでも各国が有する軍事力を国際連合の決議をベースに各国が個別自衛権や集団自衛権による武力行使を行ってきた。このために必要とされた軍事力は、国と国の総力戦を想定したものであったが、今後はこのような従来型の軍事力の意義は相対的に低下するのではないだろうか。従来の軍事力の量・質の両面にわたる見直しが必要であり、さらにこのような軍事力に加えて、国際世論を醸成する能力や、世界人類全ての生活水準の向上に貢献できる経済力や技術力、さらに人命に重要性を重視する倫理観を醸成する能力が重要な役割を果たすことになろう。さらに、第2次世界大戦の勝者である連合国が中心となって設立された国際連合そのものがテロの標的なる今日、果たして現在の国際連合がどこまで有効に機能できるのか疑問である。

 

3.防衛戦略(安全保障戦略)の変化に影響を及ぼす要素

 以下、国家防衛戦略の見直しに影響を及ぼす国家認識を変化させている要因について、さらに検討を加えることとする。

(1)国際情勢の変化

核戦略に基盤を置いた東西冷戦の終結に伴い、米国が唯一の強大な軍事力を有す  る大国として、国際情勢に多大な影響を及ぼしている。テロ活動を支援する国家として米国から名指しで非難されたイラクのサダムフセイン政権は、米国を中心とする多国籍軍の強大な軍事力にもろくも崩れ去った。しかし、この戦争に関する国連決議をめぐり、フランス、ドイツの両国が反対したことは、国際連合の機能限界を顕にするとともに、米国の独走にブレーキをかけることの重要性を国際社会に気付かせることとなった。すなわち、確かに米国の国力は世界中で並外れた巨大なものであるが、米国の言いなりになるのは必ずしも正しくないと言う意志を明確にしたという点で注目に値する。

一方、我が国の安全保障にとって極めてクリティカルな北朝鮮を巡り、中国が議長国となって米国、日本を含む六ヵ国協議が開催された。このことは、米国の独走を許すべきでないとする考え方や、国際連合の場は必ずしも最適の協議の場ではないことを物語っているとも言える。

このように、米国の一国支配は必ずしも歓迎されているとは云えないが、国際連合が万能でない以上、今後、当分の間は米国を中心として安全保障問題が議論され、解決の努力が続けられると見るのが妥当であろう。

(2)非対称脅威の出現

大量破壊兵器を容易に使用し得るテロリスト集団やサイバーテロ集団は、在来型の大規模な軍事力を保有することなく、国家の緊要なインフラをことごとく破壊することができる。また、イスラム原理主義者たちは、国境に拘りなく国際社会に対し武力を行使する。このような、いわゆる非対称脅威は、多くの場合、国家を単位としない非国家集団により顕在化される。国家防衛戦略の構築にあたり、このような国家を単位としない非対称脅威を如何に認識すべきであろうか。脅威の対象が国家でない場合、果たして国際連合がこれらの脅威に有効に対処できるのであろうか。脅威対象国を対象に防衛戦略を構築するという考えはもはやあまり意味がなくなり始めている実態を認識しなければならない。

(3)NGOの出現と活動の活発化

わが国の安全保障上の解決が急がれる緊要な事項として北朝鮮による拉致事案がある。政府はこの問題を国際社会の力を借りて早急に解決すべく日夜努力を行っている。

一方、北朝鮮による拉致問題に係わる人道的立場を強調するNGOの代表は独自の立場を強調し北朝鮮との個別のチャンネルを活用し、北朝鮮在住の拉致被害者家族などと面会し、帰国済み被害者への手紙等の預かってくる等の活動を行っている。

このようなNGOの活動に対し、政府首脳は、国家としての一枚岩での外交交渉を混乱させるものとして、NGOの活動を歓迎せず、政府に報告した後活動をするよう説得を試みている。しかしながら、これに対しNGO側は、政府と完全に独立した形で活動するからこそNGOであり、北朝鮮の重要人物とも会見できるのだと主張し、政府の活動と一体化する考えの無いことを明らかにしている。

この問題は、NGOのあり方に一石を投じる問題であり、また、このようなNGOが多く出現し活動を活発化させた場合、国家の存在意義そのものにも疑問を投げかけ、特に外交の手法をも見直さなければならないような事態に発展する可能性がある。情報化が進み、大衆が主役となるこれからの国家のあり方にヒントを与えているように思える。

(4)IT革命の進展

国際社会におけるインターネットの普及には目を見張るものがある。この背景には通信情報技術の急激な進展があることは言うまでもない。情報化が進むことによりさらに国境はあいまいなものとなる。世界中の大衆が同時に情報を共有することが可能となった現在、国境が持つ意味合いが変質したといっても過言ではない。国家はもはや情報の世界的な拡散を止めることはできない。従って、従来は自国民の賛同を得ることにより外交政策を策定しえたものが、今後は国際世論の賛同を得ることが一国の政策立案に不可欠のものとなりつつある。アル・カーイダを一掃するためのアフガニスタン作戦において、米軍は各種のメディアやインターネットを通じ、いわゆる情報作戦を行い、敵の心理的動揺を企図するとともに世界中の人々を味方につける努力を行ったことは今後の作戦の特徴の一側面を物語っていると言えよう。

また、IT革命の進展は、経済活動や社会活動の国際化をさらに推進し、国境をますます曖昧なものにしつつある。このことは、防衛戦略の策定にあたり考慮すべき重要な変化であり、それぞれの機能における外国との切り分けをどこに求めるべきか真剣に検討しなければならない。

さらに、情報化の進展はテロリストや宗教集団のような非国家集団の活動を国際的に展開し易くしている。彼らにとっては国際社会を舞台に縦横無尽に活動できる環境が整いつつあるといっても過言ではない。

(5)国民意識(大衆の意識)の変化

いわゆる先進国を中心に国民大衆の生活水準は着実に向上しており、IT革命の進展を背景とするメディア及びインターネットの普及は戦いの場を瞬時にしてお茶の間に紹介し、その残虐性や理不尽さを身近なものとし、改めて人命の尊さを感じさせている。サミット会場におけるNGOの国際的な活発な活動や、サダムフセイン政権打倒のための戦争開始時における国際世論の影響等は、もはや国際世論を無視して政策を推進しても、その成果が得られなくなったことを物語っているといえよう。大衆は、権力の横暴に対し、敢然と立ち向かう勇気を持ち始めている。国民が感じ取る危機感や文化に対する畏敬の念、権力の横暴に対する拒否反応などは、容易に国境を越え、国際的な連携を創り出してしまう。各国政府や国際連合はこの変化を無視することはできない。さらに各国の安全保障の基本となる防衛戦略の構築にあたっても、このような大衆の自覚とパワーを前提として認識せざるを得ない状況へとなりつつある。すなわち、「わが国に・・・」という場合の外国との切り分けを何処に求めるべきかについて真剣に検討すべき時期に来ているといえるのである。

 

4.新しい時代の防衛戦略の探求

 

(1)現在の防衛戦略への疑問

現在のわが国の防衛戦略は、昭和325月、国防会議及び閣議により決定された「国防の基本方針」に示されたものと理解して問題ないと考える。

この基本方針の第1は「国際連合の活動を支持し、国際間の強調をはかり、世界平和の実現を期する」としており、国連中心主義を標榜しているが、非国家集団やテロ組織に対する対応が国際連合で十分可能とするのはあまりにも認識が甘い。なぜならば非対称脅威となる非国家集団は、国家を単位として構成されている国際連合へ加盟することは不可能であり、国連の場での調整ができないからである。この結果、国際連合で非対称脅威について議論され、対応について結論が出された場合、この結論を非対称脅威となっている非国家集団は、調整の段階を経ずして押し付けられることとなり、国連や既成の国家に対し、より強硬な態度で対抗することとなる。

「国際間の強調を・・・・」については、今後とも有効な考え方であろうが、果たして米国や国際連合の活動を無視してどの程度具体性のある活動が可能かについて疑問が残る。

第2項は「民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する」となっているが、「国家の安全を保障する基盤」の国際化が進行しつつある今日、基盤を明確にし、この基盤を確立するための具体策を明らかにしなければ、単なる絵に描いた餅になってしまう虞がある。食料をはじめとする各種資源や日本経済を支える世界各地の拠点の安定的な確保を如何にして保証するかについて再確認しておく必要があろう。さらに「愛国心」の対象とすべき国家のイメージはどんなものなのか。領土への依存度が変化しつつある時代の新たな疑問である。

第3項は「国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を斬新的に整備する」とされているが、自衛すべき対象が国家意識とともに変化しつつあることや非対称脅威への有効な対処は防衛力のみでは不可能である現実を、どのように理解すればよいのか、大いなる疑問を感じずにはおれない。

第4項は「外部からの侵略に対しては・・・・、米国との安全保障体制を基調として・・・・」としているが、非対称脅威が領土という境界を超越している今日、「外部」とは何処を指すのか極めて曖昧である。また、現在の日米安全保障条約は、非対称脅威を認識していない。仮に可能な範囲で適用するとしても、防衛庁以外の省庁との関わりをどのように取り扱うのか不明である。もし、非対称脅威を条約の対象としていないとするならば、これに代わる国際間の取り極めをいかなる国と、どのような取り極めを結ぶべきかについて検討しなければならない。

 

(2)新たな防衛戦略の構築に向かって

 ア.防衛戦略の構築にあたり、認識すべき事項

  ・わが国を軍事力で侵攻し、領土を占領するような国家間の戦争が生起する可能性は、当分の間考えにくいものの、領土問題に起因する小規模な軍事衝突の可能性あることから、これらに対処しうる防衛力を確保しなければならないこと

  ・「防衛戦略」という視点よりも防衛事態以外の各種事態も総合的に対象とする「安全保障戦略」の視点を重視すべきこと

  ・テロリストやイスラム原理主義者によるテロ、武力行使及びサイバー攻撃を否定する国際世論醸成のための活動が求められること

  ・経済発展を基礎とする世界人類の豊かな生活の確保が、非対称脅威の削減につながること

  ・テロ集団やテロ支援国家を断固として取り締まるとともにこれらのグループとの話し合いが可能な国際機構の設立を追及すべきこと

  ・世界人類のすべてが情報技術の進展の恩恵を享受し、情報の共有が可能な国際社会の実現を追及すべきこと

  ・非対称脅威に断固として屈しない国際的なリーダーを養成すべきこと

 イ.新たな防衛戦略の構築に向かって

  ・個人の意識革命が不可欠

   戦後60年になろうとする今日、21世紀の国際環境に相応しいわが国の安全保障について真剣に検討し、新たな防衛戦略を構築すべき時期にきている。直接侵略事態への対応を中心に防衛力整備を続けてきたわが国の防衛庁・自衛隊に国民の多くが期待していることは、PKO等による国際平和への貢献であり、不審船事案やサリン事件等の非対称脅威に対する国家としての対応への協力等、直接侵略事態以外のさまざまな事態への対応である。政治家、官僚、自衛官及び国民は、世界で起こりつつあり大きな変革の波動を直視し、21世紀の安全保障のあり方についてさらに議論を進めなければならない。

  ・わが国の国家安全保障体制の見直し

   食料やエネルギー資源の大部分を海外に依存し、IT革命にかかわる技術の最大の享受国であるわが国の安全保障は如何にあるべきであろうか。安全保障に係わる緊要な多くの基盤を海外に依存せざるを得ない現状を深刻に受け止めなければならない。  わが国の独自性を主張するのであれば、この現実こそが諸外国と大きく異なる独自のものであるとの認識を忘れてはならない。すなわち、海外にある安全保障の基盤をいかにして安定的に確保しつづけるのかが重要なテーマなのである。

   また、わが国政府の安全保障に係わる業務所掌は、内閣府、内閣官房、及び関係省庁に分散されており、それぞれの部署がそれぞれの権限に基づき実施することとされている。直接侵略事態については安全保障会議を経て閣議で決定された方針に基づき、内閣府にある防衛庁が主体となって具体的な対処行動が行われる。一方、阪神淡路大震災のような大規模災害については、内閣官房にある危機管理監が中心となり政府としての方針を決定し、国土交通省が基本計画に基づき具体的な対処を行う。しかしながら、非対称脅威についてはどうであろうか。状況により所掌が変わることになり、内閣府、内閣官房の両者にまたがる事項や複数の省庁にまたがる事項が多く、政府としての統一された対処が非常に困難な体制となっている。非対称脅威が現実のものとなる前にわが国としての対応戦略及び戦略を実行するための体制作りを急ぐ必要がある。

  ・わが国防衛力のあり方

   これまで政府は基盤的防衛力構想の下、限定的小規模侵攻に独力で対処できる能力を確保するとしてきた。この構想では危機に必要となるいわゆる所要防衛力は米軍に期待することとされている。この構想は、国際情勢が変化したとの認識に立ち、平成8年に見直しが行われたが、その後の見直しは行われていない。米国の安全保障戦略は、この間に非対称脅威や大量破壊兵器拡散の脅威の出現により数度にわたる見直しが行われている。

   この問題に関し、第1に考えなければならないことは、限定的小規模侵攻の蓋然性についてである。この基盤的防衛力構想が策定された時点に比較すると今日の蓋然性ははるかに低くなっていると言えよう。国家の防衛力は最悪のシナリオをベースに検討すべきとする考え方は基本的に正しい。しかしその最悪のシナリオとして何を想定するかが問題である。政府はより具体的な数種類のシナリオを準備し、客観的に分析を行い、限定的小規模侵攻の規模と態様を明らかにし、わが国として必要な能力の解明を急ぐべきである。そうすることにより、現有の装備体系には大幅な見直しが必要なことが自ら明らかになるものと考える。

   第2に重要なことは、所要防衛力としての米国への依存の問題である。どの程度の依存が期待できるのであろうか。米軍はその規模、能力をRMAの下、大幅な見直しを進めている。本基盤的防衛力構想が策定された当時の米軍とはかなりかけ離れたものとなりつつあり実態を踏まえ、いわゆる対米期待の具体的内容を検討し、このような考え方が今後とも有効に機能するのか、あるいは所要防衛力という考え方そのものを見直すべきか等を明らかにする必要がある。さらに、米国の一国支配に対し国際社会は必ずしも歓迎していない。果たしてわが国は米国との距離をどの程度のもとしておくべきなのか、慎重な判断が求められる。

   第3の問題は、本構想では非対称脅威に対する考慮が行われていないという問題である。確かに非対称脅威への対処の全てを防衛力のみで対処するとするのは誤りである。非対称脅威を削減するためには、国民生活を豊かなものとする経済力や技術力の向上、さらに人命を尊重する倫理観の醸成が重要である。このためには国家の多くの関係機関が一体となって対処しなければならない。しかし、現状のままでは国家として統一した対応が迅速に行えるとは思えない。政府は早急にこの非対称脅威に係わる対応に関する国家としての基本方針を打ち出し、有効に対処し得る態勢の整備を急ぐ必要がある。

   いずれにしても、防衛予算の制約、少子化傾向、人命に対する国民感情及び国際世論の変化を勘案し、現有防衛力の装備体系を早急に見直し、日本版RMAの実現に努めなければならない。

  ・新たな国際的枠組みの追求

   前述したとおり、非対称脅威の大部分のものは非国家集団によりもたらされる。この非国家集団を管理する国際的な機構は存在しない。現在の国際連合に期待すべきとの考え方も理解できるが、非国家集団を国連は迎え入れることが可能か、第二次世界大戦時の連合軍のフレームワークを基礎とし、敵国条項を破棄できない東西冷戦の遺物に何処まで期待できるのか、米国一国支配の傾向が強まる中で、国連は米国の主張をどう取り扱って行けるのか、等についての疑問がある。

   また、NGOの活動の国際化に対し、国際社会は如何に対応しようとしているのであろうか。このまま放置すれば、その活動はますます活発化し、新たな安全保障上の懸念事項となることは間違いない。国家を意識しないグループである以上、国際連合は機能し得ない。

   わが国としては、ヨーロッパ及びアジアの先進諸国とも連携し、新たな国際安全保障の実現に相応しい国際的な枠組みの検討について主導性を発揮すべきではないだろうか。

 

終わりに

 国家という概念が変質しつつある今日、国家の基本的考え方である「防衛戦略」をこのまま放置していて良いとは思えない。わが国の防衛戦略は、地理的条件や資源小国である現実を直視し、太平洋戦争での敗戦等の体験を通して、21世紀の国際環境に適合できるわが国独自の防衛戦略を確立しなければならない。このためには複雑に絡まり合う各種の要素を分析し、各種のシミュレーションにより検討し、客観性のある防衛戦略を立案できる戦略研究体制の整備の重要性を認識することが必要である。さらに、最も重要なことは、「防衛戦略」の策定に関わる人の意識改革である。世界中で起こっているあらゆる変化を直視し、わが国の特質を認識し、国際社会の一員として輝く、わが国の将来像を見つめる事の重要性を認識しなければならない。

本小論は、新しい時代に相応しい「防衛戦略」についての問題提起に止まったが、今後とも更なる検討を継続する所存である。

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