防衛政策への課題

 

                              (財)DRC研究委員

                             中 村  曉

 

はじめに

 自衛隊発足以来50年余を経過したが、これまでわが国の安全保障や軍事に対するアレルギーはなかなか解消されてこなかった。世界の安全保障環境が、特に9.11同時多発テロ後急激に変化し、それに応じて国民の意識も変化し現実的になってきた。わが国は、欧米諸国とは異なり安全保障政策や自衛隊の創設が歪な経緯をたどってきたため、外圧を受けるか、重大事に遭遇しなければ国として重要な対応ができなかった。

21世紀に入って社会の変化が一層速くなり、組織の運営・管理には「スピード」が極めて重要な要因になっている。安全保障環境の変化とそれに適応する防衛体制の改革とが乖離しないように政府及び自衛隊の意識や組織の改革を時代変化の速度に適応させていかなければならない。そのためには、安全保障について政治的に回避することなく、政治がリーダーシップを発揮して真正面から取り組むと共に自衛隊は自らの改革や行動を通して国民に訴えていく必要がある。

 

1.国防政策に対する政治のリーダーシップ

イラク戦争や北朝鮮の核兵器開発、拉致・不審船事案等を通じて国民の安全に対する意識や関心が急速に高まってきた。1965年に三ツ矢研究として政治問題化した防衛研究や1978年当時の来栖統幕議長の「奇襲を受けた場合の超法規的行動」発言等は、今では至極当然のことになった。

 化学兵器に関する研究も過去は政治的にタブー視され、左翼政党等から追及されてきたが、陸上自衛隊が地道に積み上げてきたことによって地下鉄サリン事件で対応ができた。災害派遣でも自衛隊側は常に地方自治体との連携に努めてきたが、特に左翼首長や災害に無関心であった都道府県からは疎外されてきた。1995年突然阪神淡路大震災が生起したことによって、今では全国的に地方自治体側から自衛隊との連携を深めるようになった。

 わが国の防衛政策や危機への対応は、これまで外圧か、国内外の重大事によって反応してきた結果、政治は国民に大きな犠牲を強いてきたと言える。

国家の安全保障及び国防政策は、国益を如何にして守り、促進していくかということが基本になっている。その基本的な国益は、国民の生命財産を守り、領域を保全し、国家の政治的自由と独立を守り、経済的繁栄等を促進することにある。国家の安全保障及び国防政策は、その国の置かれた戦略態勢とその国自体の特性、特に政治的、経済的構造によって形成される。そして国家の政策は、国益を追求するために必要性と可能性を勘案して戦略環境を克服していく国家としての対応であると言われている。国防政策には戦略環境の変化に関わりなく永続的なものがあるが、戦略環境の変化に応じて適切に見直されていかなければならない。

わが国は、長い間平和を享受して特異な防衛政策を継続してきた。21世紀に入って安全保障環境が激変したにも関わらず、防衛政策の基本的な見直しがなされていない。憲法第9条と防衛力の保持及び武力行使、集団的自衛権の解釈、専守防衛、非核3原則、武器輸出3原則等自らに制約を課すことが政策の基本となってきた。これらが国際社会の国防に対する思考から乖離していることは度々指摘されてきた。国家として自縛的政策をどの様に戦略環境の変化に適合させていくのか、方向を示して改めていくことは政治のリーダーシップにかかっている。わが国が国際的な思考に基づき、本来あるべき基本的な国防政策を新たに展開し政治の場で積極的に議論を戦わせていかなければならない。わが国には、米国のような国家安全保障戦略・国防政策、国家軍事戦略・統合ドクトリン、英国の国防見積(国防白書)・国防ドクトリンに相当するような国防の一貫した考え方や体系的なものが存在していない。わが国も米国、英国等諸外国の国防に対するアプローチや政策の体系を学ぶべきである。国防を体系的に考察することによって、その歪さが明確になり、あるべき姿が見えてくる。

 わが国の防衛白書は毎年公表されているが、政府の現政策の考え方、活動状況を説明したものであり、英国のように国防見直しの構想や政策を国会に報告するものではない。

わが国の防衛計画大綱は、国防会議及び閣議決定されているが、現在の安全保障環境、脅威への対応について検討過程や策定後に政治の場で実質的な議論がなされていない。特に計画の前提事項、枠組み等策定過程で議論されるべきである。

 わが国に対する脅威は何であるのか、それをどの様に認識して対応するのか、政治レベルで明快にして、自衛隊や国民に的確に示されなければ国を挙げての対応ができない。自衛隊にとって、任務、行動の準拠、装備の研究開発等に対して明確な指針と目標がなれれば自衛隊の訓練や隊務運営が極めて曖昧になる。平時には適当に訓練しておけば良いという訳にはいかない。

 問題になっている集団的自衛権の解釈についても既に議論の余地がない程指摘されており、これからの集団的自衛権行使の必要性、それを認めていない具体的な理由や認めないことの問題点を明らかにして国家的な議論を喚起する必要がある。

 政府のリーダーシップを発揮した決断と日頃の警戒監視・PKO・日米共同訓練等自衛隊の現場での活動の実態を通して、防衛政策を机上の議論ではなく、現実的な問題として捉えて議論を求めていかなければ急激に変化する環境にはついていけない。

 米国、英国等は冷戦後から国防の見直しに取り組んできたが、1990年代半ばから特に急激に変化する安全保障環境への対応に努力している。政治的な紛糾や手続きの面倒さを回避しないで、立法措置を含めて防衛政策に真正面から取り組む努力をしていく必要がある。そのためには、国家安全保障戦略や国防政策、国防ドクトリンを研究、開発する政府の機能や国家的な組織が必要である。

 米国及び英国の国防政策の体系及び1995頃からの見直しの実施状況は表1のとおりである。米国の国家安全保障戦略は、基本的な国家目標に基づき米国のグローバルな国益追求をめざしたものである。米国の安全保障戦略について長期的な目標を示して政府関係機関の統一した政策を形成し、議会、国民、外国政府等の支持をとりつける等広くコンセンサスを得ることにある。

 米国の4年毎国防政策の見直しは、国防総省が国家安全保障戦略に基づいて国防政策を見直すものである。各軍に対する基本的なコンセプトとして軍隊の役割、現在から将来にわたる軍隊の運用や整備の指針及び施策を示すものである。

 米国の国家軍事戦略は、統合参謀本部が国家安全保障戦略及び4年毎の国防見直しに基づき、各軍が実行するための戦略的な方向づけをするものである。

 

 

 

 

 

 

 

         表1 わが国と米国・英国との国防政策体系

体系

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

   日 本

     

     米 国

    

    英 国

 

 

 

 

 

 

 国家安全保障戦略

 

国家安全保障戦略年次報告

(大統領―議会報告 公表)

  国家安全保障戦略

 

 

(特になし)           

1996国家安全保障戦略

  (前政府の関与と拡大)

1997同上(新世紀のための)

1997現政府の公約

   特に外交政策

 

 

 

1998同上改訂

1999同上改訂

2002同上(現政府の9.11

        後の戦略)

 

 

 

 

 

 

 

国防政策

 

 

 

 

国防白書(毎年 公表)

防衛計画大綱

(国防会議・閣議決定    

       ―公表)

4年毎国防見直し、

国防年次報告

(国防長官―

 大統領・議会報告 公表)

国防見積り又は

国防白書

(国防大臣―議会報告)

1957国防の基本方針

  (46年前)

1976防衛計画の大綱

1995同上現大綱

  (8年前)

 

1997       4年毎国防見直し

(前政府)

2001       同上(現政府)

2002       国防年次報告

1998国防の戦略見直し

  (現政府の公約) 

1999国防白書

2001国防政策2001

2002国防の戦略見直し  

   新たな1

 

 

 国防ドクトリン

国家軍事戦略・ 

  

戦 

略   

・ 

 

国家防衛戦略

国家軍事戦略、統合ドクトリン

(統合参謀本部議長―公表)

国防ドクトリン

(国防大臣―公表)

(国防ドクトリン・統合 

 ドクトリンなし)

1997国家軍事戦略

19911994

統合基本ドクトリンの策定

20002001

同上の改訂 

   

1996英国国防ドクトリン

2001同上の改訂

 

2.防衛科学技術への国家的対応

 戦いの勝敗には常に兵器の性能が大きな影響を及ぼしてきたが、現代では更に兵器のシステム化、ネットワーク化の度合いが決定的な影響を及ぼすようになった。これを可能にする防衛科学技術は、わが国の安全保障の大きな柱である。

 わが国の科学技術に関する施策は、科学技術基本法(平成711月制定)、科学技術基本計画(平成133月閣議決定)に基づいている。

科学技術行政の体制は政府の縦割り組織の中で各省庁の審議会や研究所等で構成されており、防衛庁もその中に技術研究本部が含まれている。科学技術政策を推進するために総合科学技術会議が設置されて、省庁間の縦割りを排することになっている。

 科学技術基本計画の中で示されている科学技術政策の理念として、@知の創造と活用により世界に貢献できる国の実現 A国際競争力があり持続的発展が期待で来る国の実現 B安心・安全で質の高い生活ができる国の実現が掲げられている。そのB項内容は、高齢化社会において国民が健康に生活できる疾病の予防や治療、自然や人為的な災害の極限、食料やエネルギーの安定供給、地球環境と調和した経済産業の発展が主要なテーマになっている。最後に世界の中で安定した国際環境を維持することとされているが、国際的地位と国の安全を維持するため、科学技術を活用する努力を行なうと記述されているに過ぎない。基本的政策以下には全く触れられていない。わが国の科学技術基本計画として閣議決定されている政策の理念の一つである「安心・安全」についての考え方から安全保障、国防のテーマが外されており、国の安全保障及び防衛に関わる科学技術は防衛庁専管事項として取り扱われている。

 その一端として、わが国の国防研究費の額が、表2の「主要国の国防研究費の推移」によく表わされている。

表2 主要国の国防研究費の推移

国 名

年 度

国 防 研 究 費 の 推 移

1991

1993

1995

1997

1999

2000

日  本

億 円

1,150

1,371

1,544

1,753

1,465

1,360

百万ドル

853

1,232

1,640

1,448

1,286

1,262

米  国

億 円

51,034

44,920

35,475

48,614

45,874

43,561

百万ドル

37,887

40,396

37,699

40,177

40,276

40,409

億 円

2,625

1,799

1,881

2,092