日本、この一大アマチュア国家

 

                               ()DRC主任研究員

  真 哲  

 

はじめに 

 毎年1回刊行のこの“DRC年報”2001年版で筆者は「日本における長期的・戦略的政策思考の不在」の仮説を論じた 1) 。また2002年版では「日本の宇宙政策見直しと安全保障の今後」と題して折からの宇宙政策見直し過程を検討し、安全保障をはじめ基本課題がいずれも先送りされて宇宙政策全般が混迷の中にあると判断し、前年版の「政策思考の不在」を裏書きするものだと主張した 2)

 その後の世界と日本の動きを見ても、この感は益々深い。ミサイル防衛やイラク戦争をめぐる日本の対処の中に“対米思考停止・追随症候群”が認められ、北朝鮮問題を含めこれは畢竟“アマチュア的・短絡思考症候群”に由来するものだと感ぜざるを得ない。

 日本は結局、“一大アマチュア国家”なのではないか。真の政策プロフェッショナルがいないのではないか。プロを遇する途がなく、プロになってもメシが食えず、高々2、3年で交代する官僚以上のプロが存在しないのではないか。あるいは真のプロが稀に存在しても、これに聴いて政策に反映するという習慣も方策もないのではないか。

 このように感じられてならない所以を以下に記述する。なお以下の中では、日本に稀な安保政策のプロであろうと筆者がおこがましいながら拝察する岡崎久彦氏、小川和久氏の御講演・御著書から教えられるところが多く、折々引用させていただく。

 また【補論】として、「政治家は政策プロたり得るか」「なぜ日本はアマチュア国家なのか」につき、短く所見を記す。

 

1.対米思考停止・追随症候群 

 安全保障の最近の話題中から、ミサイル防衛及びイラク戦争を取り上げ、日本の対処の背後にプロフェッショナルな政策思考が感得されたか否かに注目する。

(1)ミサイル防衛:“買い物防衛”に終わるか 

. ミサイル防衛の本質 

筆者は「DRC年報」1999年版で「ミサイル防衛とその“シンボル効果”」を論じ、次の点を指摘した 3)

 oミサイルに限らずすべて先端兵器は、単に即物的階層以上のシンボル的意義を持つ。

 o日本のミサイル防衛研究は、費用対効果・要素技術等の即物的階層しか触れていない。

 oミサイル防衛は、日本の防衛計画を根本的に再検討するためのまたとない機会である。

 o即物的レベルを離れて真の政策的検討に裏打ちされたものとなることが望まれる。

.ミサイル防衛に関する最近の動き 

その後の日本の動きは、残念ながら政策的検討に裏打ちされたとは見えにくい。

 1999年以来、海上配備型システムの4つの構成品につき日米共同技術研究が行われてきたが 4) 、これは調査・研究段階であって開発・量産・配備段階への移行は別途判断によるものである旨が19981225日付官房長官談話で表明され、年々の防衛白書にも反復記載されてきた 5) 。ところがこれと別に、本2003年になってにわかに米国製システムの購入が報じられ始め、2004年予算で実現へ向かう形勢となっている。すなわち

 o3月中旬の報道では、米国が04年から配備するミサイル防衛(MD)を購入する考えが浮上、日米研究型に比べ技術レベルは低いが購入が簡単で安上がり、云々 6)

 o6月上〜下旬の報道では、防衛庁はパトリオットPAC3及びイージス艦搭載型のスタンダードミサイル3の2段階の迎撃システム購入費を2004年度予算に盛り込む方針を固め、21日には政府として予算案に計上する方針を固めた 7) 8)

 o唐突に米システム購入へ向かった事情の説明としては、米国の打診による旨の次の報道以外を寡聞にして見ていない。

 「米側から防衛庁には@イージス艦を改修して海上配備型ミサイルを搭載できるA『ノドン』が主対象B費用は1千億円程度―という構想も非公式に示されているという。」 6)

. 日本のミサイル防衛に関する所見 

 1999年以来の日米共同研究も要素技術という即物的レベルであったが、2003年防衛白書では技術的可能性の他に運用構想・周辺諸国に与える影響等の検討に言及されており、多少とも即物的階層を脱する方向を指向したかと思われた 5) 。しかし一転してまったく無関係に米国製システム購入という最も即物レベルの決定がなされる形勢である。これは真の政策的検討に裏打ちされたものなのか。前記の諸報道でも「官房長官談話との整合性」「自衛隊のどこが指揮命令系統を持つか」「偵察衛星やレーダーによる早期警戒情報を迎撃ミサイル発射につなげる指揮・命令系統が大きな課題」等の問題点が挙げられている。このままでは日本のミサイル防衛は、筆者の指摘した「防衛計画を根本的に再検討するためのまたとない機会」とはほど遠く、米国の示唆に追随しただけの単なる“買い物防衛”に終わるのではないかと危惧される。

(2) イラク戦争:「選択肢はない」のか 

 イラク戦争への日本の対処の背後に政策思考が感得されたか否かに限定して考察する。

. イラク戦争の経緯と日本の対処 

200211月、国連安保理事会はイラク大量破壊兵器廃棄に関する決議1441号を採択。

o米国はイラクの大量破壊兵器所持を理由に安保理決議下のイラク攻撃を要求(2月5日()、イラクの査察妨害・兵器隠蔽に関するパウエル米国務長官演説、ほか)。

o佛・獨・露・中ほか諸国は攻撃反対、査察継続を主張(2月14()、佛ドピルバン外相演説、ほか)。

o日本政府は「情報が不十分」として態度を表明せず(1月24()、衆院予算委員会で川口外相答弁、ほか)。

o安保理決議ないまま米英ほかは3月20()、対イラク武力行使を開始。

o小泉首相は同日、緊急記者会見で米の武力行使を理解し支持する旨を表明。

o同日の臨時閣議で「イラク問題に対する対処方針」、人道援助ほかの措置等を決定。

o3月30()、最初の人道支援物資を政府専用機でヨルダンへ輸送。6月13()、イラク人道復興支援特措法案を提出、7月4日()衆院、同26()参院で可決、成立。

. 日本の対処の背景 

 米支持表明以後の日本の対処は上記のように速やかなものがあったが、その背景にどのような政策思考があったかは明瞭でなく、次のような断片的報道が見られるに止まる。

o首相周辺は「日本は武力行使ができないのにブッシュ政権を批判したりすれば、突き放されて影響力を失ってしまう。米国の動向を見極めるしかない」と解説する 9)

o政府はこれまで米国が武力行使をした場合に支持表明をするかどうかは、公式には明らかにしていない。しかし政府内には「支持以外の選択肢はない」との考えが大勢だ 10)

o(自民党内には)「北朝鮮の脅威がある。米国支持を明確にすべきだ」というイラク戦争への対応ではズレはなかった。北朝鮮の脅威を前に米国に「見捨てられる」恐怖を共有する新国防族にも、対米追従しか選択肢はなかったのだ 11)

. 日本のイラク戦争対処に関する所見 

 以上から感得されるのは「米国に見限られたら最後だ」「北朝鮮もあるのに米国に盾ついたら大変なことになる」という、思考以前の本能的恐怖程度のものである。仮に盾ついたらどうなるのか。ウラを取り、背景を探り、経緯を吟味し、複雑な要素を分析し判断して決断へ結びつけるのが政策思考というものであろうが、その片鱗も窺い知ることができない。日本のイラク戦争対処の背景に政策思考があったとは、以上からはまったく感得できない。

(3) 共通的現象:対米思考停止・追随症候群 

 ミサイル防衛・イラク戦争の上記2事例を検証すると、政策思考どころか“対米思考停止・追随症候群”という言葉が頭に浮かぶ。米国に言われたら問答無用、何も考えず追随しなければ大変なことになる、というのが日本の“政策”なのであろうかと疑われる。前記の小川和久氏はこれと異なる方向を提示して居られ、それは後ほど考察したい。

 なお付言すれば、米国一国に追随することは恐らく、他のいかなる一国に追随するよりも良い。敗戦以後の日本の経験の大勢がこれを証明していると見られる。筆者はこれを充分認識しつつ、今後もそれでよいのかは別問題だと考えるものである。

 

2.アマチュア的・短絡思考症候群 

 ここでも最近の安全保障関係の話題中から、情報収集衛星及び北鮮問題を取り上げ、日本の対応につき共通する特質が見られるのではないか、という点を考察する。

(1) 情報衛星:「星が欲しい」が先か 

. 情報衛星導入の経緯と解釈 

 この「DRC年報」2001年版 1) で筆者は(更にその前年2000年版 12) をも参照しつつ)、通常は情勢変化に容易に対処できない“慣性要素”の大きい日本が、時として短絡的思考で大事を即決することがあるとの仮説を立て、情報衛星導入を事例として次の点を指摘した(これは情報衛星導入自体の是非ではなく、その経緯の解釈である)。

 o1998年8月25()、三菱電機()谷口一郎社長が自民党代議士らへ説明した情報衛星構想が、わずか6日後のテポドン発射を受けてたちまち政府方針となった。

 o急速決断を要する事態下、熟慮と周到な研究結果でなく、偶々手近の結論に衝動で飛びつくパターンがある。日頃から長期的・根本的・戦略的課題を時間を掛けて考察することに何等のインセンティブ(励み・動機・報酬)がなく、誰もそれを考えていない故である。

. 情報衛星導入の真の意義 

 情報衛星導入の意義は、@自主技術で自主運営できる情報収集手段を持つ、A自主的な情報分析評価能力を持つ、の2点であろう。しかし世のイメイジではとかく@が先行し、「星を持つ」ことだけが目的視されてAの分析能力が忘れられがちではないか。前記の岡崎久彦氏は「収集より分析が大事」と明言しておられ、それは後ほど紹介する。単に「星が欲しい」との短絡思考に終わってはならない。なお付言すれば、先記のミサイル防衛(MD)でも並行な構図が見られ、政策論議なしに「MDが欲しい」だけが先行するのではないかと危惧される。

(2) 北鮮問題:ただ「怖い」が先か 

. 北鮮問題への日本の対処論議 

 北鮮の核及びミサイル開発問題は一大課題であり、イラク戦争対処にも影を落としていることを先記した。これへの対処を巡っては、「対抗上日本も核武装を」にまで到る多くの論議がある 13)

. 北鮮脅威の諸側面 

 筆者は先に北鮮脅威の諸側面を多少とも整理しようと試み、次のように述べた。ある友人への私信であるが、一般的に表明できる部分を抜粋して記す。

 o北鮮に核があったとして、持てば即脅威か。時間的要素、脅威の度合い等の根元論議なしにただ「北鮮怖い」から短絡的に日本の核武装を口にするのは好ましくない。この国にはそうなる危険性が多分にある。

 o日本核武装の可能性。そんなに簡単ではない。経験上、武器システムの開発から配備までいかに長時間かかるかをお話ししたが、加えて“モノ”段階以前の根元的問題がある。タテワリ行政、防衛・安保に関わる機微性の中で、こんな大転換をなし得る諸条件を考えるだけでも大変。国際情勢、近隣諸国との関係などの重い要素は言うに及ばない。

 oすべて短絡思考を排すべし。これら根元問題を論議考察することなく、「核が欲しい」とモノだけ欲しがることのないよう、充分な注意を要する。

(3) 共通的現象:アマチュア的・短絡思考症候群 

 情報衛星・北鮮問題の最近の2事例を検証してみると、根元論議・政策思考を抜きにして単に「星が欲しい」「北鮮怖い、核が欲しい」と、目に入りやすい“モノ”だけを欲しがる図式が見えるように思われてならない。衛星さえあれば情報体制ば整うのか。核があれば日本は安全なのか。ここでも“アマチュア的・短絡思考症候群”という言葉が頭に浮かぶ。これ以外の途はないのか。真のプロフェッショナルはいないのか。

 

3.プロは何と言うか 

 安全保障分野の論議で、プロフェッショナルとしての岡崎久彦氏、小川和久氏の御活躍は筆者が今さら云々申し上げるに及ばないが、御講演・御著書の中から教えられるところを紹介する。原文を適宜抜粋しており、御真意を曲げる点あれば筆者の責任である。

(1) 対米思考と小川和久氏 14)  15)  

 “対米思考停止・追随症候群”への解毒剤と感じられる部分を御著書 15) から引用する。

. いわゆる“日米安保の片務性”  

 「日米安保の片務性に関する多くの日本人の錯覚と劣等感こそ、日米同盟の在り方を屈折させてきた元凶だと表現しても過言ではないだろう。」

 「『日本が攻撃されれば米国は防衛の義務があるのに、米国が攻撃を受けても日本は何の責務もないという片務的な日米安保は正常な同盟関係でない。日本は成熟した相手としての防衛分担を果たしていない。』『日本周辺の有事において、米国の若者の血が流れているのに、日本が何もしないということになれば、同盟関係が崩壊してしまう。』」

 「米国からこう言われると、たいていの日本人は黙ってうなだれるだけだ。しかし、私は次のように反論することにしている。『最初から崩壊を気にしているようでは、健全な同盟関係など維持できるはずがない。事前協議で日本が反対したのに、それを無視して米国が軍事行動を強行した結果、米国の若者の血が流れたとする、それを日本のせいにするのであれば考えがあります。大統領が米国の若者を殺しているのだと、マスメディアを通じて米国の母親たちに訴えるだけです。』」

 「米国は戦後五十年間にわたって世界一の軍事力を保持し続けてきた。そうした米国と同盟関係を結んだどの国が対称性を備えていたというのか。米国との同盟関係は片務的であって当たり前、というのが世界の常識なのである。米国にしても、出血サービス的な片務条約を多くの国と結んできたのは国益上のメリットからだ。」(前掲書251254頁)

. 日米同盟への日本の貢献の大きさ

 「日本国民一般の思い込みとは正反対に、米国は日米同盟の解消を日本から通告されることをひたすら懸念してきた。在日米軍基地が展開する日本列島は米国の同盟国のなかで唯一の戦略的根拠地で、米海軍第七艦隊と第三海兵遠征軍の任務区域であるハワイから喜望峰で行動する米軍を支える能力の大部分が置かれ、米国が世界のリーダーの地位を維持するうえで死活的に重要な価値を備えている。この戦略的根拠地を、日本は年間五兆二千億もの同盟維持のためのコストによって支えている。日本が同盟関係の解消を通告した瞬間、米国は地球の半分の範囲における戦力投射能力の大半を喪失することになる。これを見れば、日本から同盟解消を通告される事態を米国が恐れてきた理由が、実に良く理解できる。日本国民が思いこんできた錯覚の愚かしさに、今さらながら驚かされるのだ。」(前掲書253306308頁)

(2) 情報衛星と岡崎久彦氏 16)  17)  

 特に情報とその分析に関して“アマチュア的・短絡思考症候群”への解毒剤と感じられる部分を御著書から引用する 17)

. 情報は収集よりも分析 

 「情報論というと誰でも、007のようなスパイ組織、NSAのような電子情報組織、その情報源となるスパイ衛星などを考える。しかし私がここで考えているのは、そうしたすべての組織のピラミッドの頂点に集約される。この組織に工夫がないと、スパイ衛星や電子情報などの情報をいかに積み上げても、最終判断が偏見や希望的観測、個人のこだわりなどで曲がってしまっては、無意味になってしまう。」

 「将来あるべき情報組織をイメージすると次のような基本方針が浮かんでくる。第一に一次情報収集能力の強化はこの提案のなかに入ってこない。私は従来、情報といえば一次情報収集能力強化ばかりを論じる傾向には疑念を持っている。一次情報はどこから来てもよい。すべてはその後の判断と処置ぶりである。」(前掲書335340頁)

. 情報分析は官僚でなく個人の見識で 

 「もう一つの基本的考え方は、組織の中心となる人物は、役所的な人事でなく個人の見識で選ぶべきだということである。要はそれまでの経験も乏しく、たった2年の任期しかその職に務めない官僚が世界の情勢を分析し、これを内閣に報告して国家の政策に資するという本来的に不可能なシステムでさえなくなれば、それでよいのである。」

 「組織の一つの見本となるのはアメリカのNIO(国家情報官)制度である。私は日本にも国家情報官を設けることを提案したい。日常の雑務に煩わされず、政策論に調子を合わせることなく、あくまでも客観的判断と分析を貫けるような組織をつくることである。戦前のままで根本的に改良されていない日本の情報組織を、少なくともそのトップの部分だけは情報先進国のアメリカにならって改善し、数億円程度の予算によって、この格差の相当部分を埋めることができる。」(前掲書342350頁)

 

4.プロを養い、プロに聴け 

 今や“症候群”への対策は明らかである。すなわちプロを養い、プロに聴くことである。

(1) プロを養え 

. 官僚・政治家はプロか 

 政策のプロといえば官僚・政治家がそれと見なされようが、岡崎氏が明言されるように2、3年で代わる官僚は真のプロたり得ない。小川氏も明快に断じておられる。

 「(内閣危機管理監が新設されたが)問題は、スタッフが官僚でなくレベルの高い専門家集団であるかどうかである。いかに優秀な上級職国家公務員であろうと、しょせんはアマチュアにすぎない。素人集団のキャリア官僚が何百人駆けつけようと縦割り行政の壁を越えて国を挙げての危機管理能力を発揮することなどできない。」(前掲書126127頁)

 しかし現行官僚制度では、“10年のプロ”とは“出世できない人”と同義ではなかろうか。他方、政治家が政策プロたり得るかは疑問であり、無理からぬ理由もある(補論1参照)。これでは、日本は経験2、3年の官僚以上のプロが存在しない“一大アマチュア国家”ではないかと断ぜざるを得ない。

. プロを養う:シンクタンクの真の姿 

 小川氏、岡崎氏のようなプロも意図的に養われたというよりは偶然そうなられたように見受けられる(岡崎氏前掲書318頁など)。官僚でも政治家でもなく真の政策プロが養われるところ、それがシンクタンクの真の姿であり、日本に欠ける大きな要素である。

 “DRC年報”2001年版中で筆者が日本の政策思考の不在を論じた際、2000年版中の上田愛彦氏の所論を引用して「諸外国では政府資金でシンクタンクに多数の専門家を擁している」ことを述べた。それは繰り返さず、英国雑誌の一記事を紹介する 18)

 「(米国の)シンクタンク影響力の一要素はアイデア、他の要素は人である。ドナルド・ラムズフェルド(国防長官)とコンドレッサ・ライス(安保担当大統領補佐官)はともにフーヴァー研究所経験者、ディック・チェイニー(副大統領)と同夫人はAEI との関係が長い。国防政策審議会会長リチャード・パールはAEI 出身の超タカ派、メンバーの四分の一はフーヴァーから出ている。シンクタンクこそはアメリカの蔭の政府となりつつある。」

 公的資金でシンクタンクにプロを養い、かつ官界政界と人事が交流する。これこそ日本にまったく存在しない政策要素ではないか。

(2) プロに聴け 

 シンクタンクにプロを養うだけでは充分でない。岡崎氏の“国家情報官”創設の御卓見も、その意見に傾聴し政策に反映することがなければ無意味になってしまう。プロそのものが偶然かつ稀にしか存在しない現状ではこれは高望みかと思われるので詳論しないが、「プロに聴く」習慣と方策の必要だけはここで強調しておきたい。

 何とかしてプロを養い、かつプロに聴く途を開かない限り、“一大アマチュア国家”日本の将来はないのではなかろうか。

 

【補論1】 政治家は政策プロたり得るか 

 英国の "Ladybird Books" は子供向けの絵本ながら一流専門家の手になり、大人も教えられることが多い。「大文明」シリーズ「ローマ」 19) の中で、ローマ帝国元老院について記した部分を筆者私訳で紹介する。

 「ローマを支配したのは貴族たちでした。貴族は多くの友人を必要とし、他人を助けて友人とすることが多かったのです。人を裁判で弁護し、敵を断罪し、金を貸し、子女の金持ちとの結婚を取り持つなど、支持者のパトロンとして影響力を行使しました。他国の王がローマ人と問題を起こしたときは、ローマのパトロンに頼んで元老院で代弁し、他の議員の支持を取り付けてもらいました。貴族たちは常に自分の利害だけを考えていました。彼等のいう 'libertas'(自由)とは自分の野心を追求する自由だったのです。」

 古今東西を問わぬ政治家のあり方が描かれていないだろうか。清廉潔白にして政策プロたる政治家も居られようしそれが理想ではあるが、現実を直視する必要がある。現実の政治家がもし、シンクタンクにプロを養い、かつこれに傾聴するようになるならばそれで充分すぎるほどであり、その実現を望みたい。ただし耳触りのよいことだけを聴きたがるのであってはならず、ここにもう一つの難題があろう。

【補論2】 なぜ日本はアマチュア国家なのか  

 日本はなぜアマチュア国家なのか、またなぜアマチュア国家でここまで来られたのか。それだけでも大問題であるが、紙数も尽きたので仮説的結論だけを記す。

 既定路線を走るだけならアマチュアでもできる。徳川以来400年、初めは“権現様の御遺訓”、明治以後は“欧米に追いつき追い越せ”の直線レイル上をひた走った。これなら2、3年の経験でもできる。そろそろレイルが尽きるところへ到達する。400年来のパターンを一変して、自らレイルを敷かねばならない。それにはプロの技が必要である。“一大アマチュア国家”日本の将来はこれにかかっていると思う。

 

引用文献 

 1) 玉真哲雄:日本における長期的・戦略的政策思考の不在、DRC年報、2001年9月、109118頁 

 2) 玉真哲雄:日本の宇宙政策見直しと安全保障の今後、DRC年報、2002年9月、171181頁 

 3) 玉真哲雄:ミサイル防衛とその「シンボル効果」、DRC年報、1999年9月、105116頁 

 4) 弾道ミサイル防衛に関する日米共同技術研究、防衛白書1999133138頁〔以後毎年記載〕、防衛白書2003308310

 5) 弾道ミサイル防衛に係る日米共同技術研究に関する官房長官談話、19981225日、防衛白書1999137頁〔以後毎年記載〕、防衛白書2003348

6) ミサイル防衛米国型購入案が浮上、朝日新聞2003--12()、2面12

 7) ミサイルを2段階迎撃、読売新聞2003--22()、3面14

 8) 2段階迎撃を検討、防衛庁、概算要求へ、朝日新聞2003--()、1面14

 9) 対米、あいまい日本、朝日新聞2003--25()、3面14

 10) 米支持強く示唆、朝日新聞2003--()夕、1面14

 11) 対米追従、対立軸消えた、朝日新聞2003--18()、5面14

 12) 玉真哲雄:日本は周辺諸国に対して脅威であるか、DRC年報、2000年9月、121130

 13) 例えば伊藤貫:日本も核武装をとの米国の声、諸君!、2003年4月、8694

 14) 小川和久:最近の安全保障論議、TS研究会1998--23()〔DRC内部での研究会、公式記録なし〕

 15) 小川和久:危機と戦う、テロ・災害・戦争にどう立ち向かうか、新潮社、2001-11-15ISBN4-10-450101-8 C0031

 16) 岡崎久彦:国際情勢と日本外交――情勢判断をめぐって――〔2002年1月21()学士会午餐会講演記録〕、学士会会報8352002II、4月)1937

 17) 岡崎久彦:岡崎久彦の情報戦略のすべて、PHP研究所、2002--20 1版1刷、ISBN4-569-62023-X

 18) The Charge of the Think Tanks, Economist, 15 February 2003, p. 37〔筆者私訳で引用〕

 19) Great Civilizations, ROME, Ladybird Books Loughborough, Series 561, 1974〔筆者私訳で引用〕

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