地上戦における陸戦力の役割

 

(財)DRC研究委員 

安 村  勇 コ

 

はじめに

イラク戦争の推移を、かつて自衛隊に籍を置いた者の一人として興味深く見守ってきたが、イラクの自由作戦と名付けられた地上戦は、第一線部隊に対する兵站支援や、攻撃目標以外への被害の極限、或いは、自爆攻撃の様な非対称型の脅威への対応など、幾つかの克服すべき課題があったが、米軍の主導する部隊が戦火を開いてからわずか3週間でフセイン政権を崩壊に導き、順調な進展を見せた。

この戦いは、2001年7月に制定した米陸軍作戦教範に記述されたフル・スペクトラム・オペレーションと呼ばれる新しいドクトリンを適用して戦った初めての作戦である。冷戦終焉後の1993年、米陸軍は従来のドクトリンであるエア・ランド・バトルを見直し、新たなフル・ディメンジョン・オペレーションと呼ばれるドクトリンを採用した。その後、世界各地で多発する多様な事態に戦略的に対処するため、更なる改定を行い、現在のドクトリンになった経緯がある。このことから、新しい教範は、ある意味で用語や表現が変わったが中身はあまり変わっていないとも言われている。

しかしながら、イラクにおける地上戦の推移を幾つかの事象について考察すると、新しいドクトリンの中で強調されていることがこの作戦の成功の要因であることが少なくない。本稿は、このような観点から、ドクトリンで強調して記述されている幾つかの要点を取り上げ、イラク戦争を考察する。

 

1.攻勢作戦の重視

イラクにおける一連の地上戦闘は、朝鮮戦争以来の如何なるドクトリンよりも攻勢作戦を重視する陸軍ドクトリンに基づき戦われた。すなわち、一部には非対称型の脅威に対する防勢的行動が見られたものの、作戦の終始を通じ攻勢行動をもって作戦目的を達成したことである。この攻勢作戦重視の考え方は、陸軍作戦教範の前言に記述されているシンセキ陸軍参謀長の次の言葉が的確に表現している。

「戦闘行動や更にはより低烈度の行動においても、いくつかの適用される基本的なルールがある。その第一は、攻撃によって勝利は得られるということである。我々は敵を十分防ぐことができなければならないが、勝利は攻撃によって求める。第二は、我々の欲する時期、場所、方法で戦闘を開始する。第三は、我々は戦場で主導権を取りこれを維持する。降伏はしない。第四に、迅速に攻撃の衝力を確立する。そして最後に決定的な勝利を得る」。

今回の地上作戦、更には作戦全体が、陸軍参謀長のこの言葉どおりに戦われた。フセイン大統領に対する最後通告の時間切れに伴い、米英両軍は短切な空爆に引き続き、直ちに陸軍、海兵、特殊部隊などをもって地上戦を開始した。首都バグダッドに対する進攻作戦は、トルコ正面からの進攻は断念したものの、アパッチ攻撃ヘリをはじめとする空地火力の援護の下、米陸軍第3歩兵師団と海兵隊によって正に攻撃の衝力を持続して実施され、イラク軍に対応の暇を与えることなくバグダッド郊外に一挙に迫る態勢を確立したのである。

このとき、イラク軍による化学兵器の使用が懸念されたが、米地上軍はこれへの対応を考慮しつつ、情報の収集・分析や再補給などバグダッド市街地戦へ移行する態勢を整理したものと考えられる。また、攻撃部隊の再補給に任ずる兵站部隊に対する自爆攻撃など非対称型の脅威への対処が重要であったが、主力部隊の攻撃続行に大きな影響を与えることなく処理されている。

米陸軍の新しいドクトリンは、単一の脅威を想定しているものではなく、様々な幅広い脅威についてその特性や運用の手口について述べている。すなわち、非対称戦、市街地戦、大量破壊兵器の脅威、更には、軍事科学技術の流出についても記述している。この様な考え方に基づき、訓練や演習における仮想敵を運用して平時演練を重ねていることから、イラクの自由作戦における様々な脅威に的確に対処できたのである。

 

2.陸戦力の役割

開戦以来、米英両軍は優勢な陸・海・空戦力を総合発揮してイラク軍を終始圧倒したが、戦争終結の鍵となるのは陸上戦力であるということが、今回のイラクの自由作戦で明らかになった。戦いにおける陸上戦力の役割について、米陸軍のドクトリンでは次のように述べている。

「全ての戦術行動において、これを完結する為に、或いは最終段階として、地域の占領・確保は必須の行動である。もし敵が意志堅固で巧妙に戦うなら近接戦闘は必要である。火力のみでは、敵を陣地から追い出したり、敵に戦いの目的を放棄しなければならないと確信させたりすることはできないからである。最終的に各種の戦闘や、主要な作戦・会戦の結果は、敵に接近し撃破する陸軍の能力如何による」。

イラクの自由作戦の成否は、作戦全般の推移から見て首都バグダッドの攻防が鍵であった。マスメディアを通じ最後まで徹底抗戦を標榜するイラク軍がどのような反撃を実施するかは、バグダッドに地上軍を送り込んでみなければ判別できないことであったが、大方の予想に反し、米陸軍第3師団及び海兵隊は熾烈な近接戦闘を交えることなくバグダッドに進攻しフセイン政権を崩壊に導いた。

市街地における戦闘は、一般的にこれを避けるのが戦術の常識であるが、止むを得ず市街地に部隊を進攻させる場合は、それなりに事前の周到な準備が必要である。バグダッドの郊外で攻撃部隊が一時停止し、砂嵐や兵站支援態勢の構築に時間を要した場面があったが、この間、フランクス司令官以下各級指揮官は、市街地戦闘へ移行する為の準備に忙殺されていたと思われる。特に、威力偵察を含めた事前の周到な情報収集と、的確な分析に基づく陸上戦力の市街地への進攻の決断が如何に重要なものであったかは、想像に難くない。

首都バグダッドへの米陸軍第3師団の進攻作戦は、テレビでも放映されたが、予想に反し、あたかも機械化部隊の市中行進のごとき様相であった。数日を経ずして、フセイン政権が実質的に崩壊した事が報道され、イラクの自由作戦がその目的を達成しつつある事を確信させた。このような戦局の大きな進展は、陸上戦力を作戦上最も緊要な要点(Center of Gravity)に投入した成果であり、この事から、戦闘に最終的な決を与えるのは、陸上戦力の近接戦闘及び地域を占領確保する能力如何である事が明らかとなったと言えよう。空爆や、砲撃をいくら繰り返しても、抗戦を叫ぶフセイン政権が存続する限り、バグダッドの攻防は終結しないからである。

陸軍作戦教範には、フェレンベックの朝鮮戦争に関する著書を引用し、次のように書かれている。「地上を爆撃して粉々に粉砕し、皆殺しにするには、永久に上空を飛び続けることになる。一方、これを防御して文明社会を守ることを願うのであれば、ローマの軍団が若者を泥まみれにして成し遂げたやり方を、地上において実施しなければならない」。

イラク作戦の全期間を通じ、トマーホークに代表される遠距離精密誘導ミサイルや常時戦場に在空して地上作戦を支援した海・空軍の協力は、地上作戦の成功に不可欠のものであった。特に、航空戦力は地上作戦が停滞した期間を埋め合わせるのに有効であったと言われているが、それのみで勝利を得ることはできなかった。油田地帯や都市など作戦の緊要な目標を占領し、首都バグダッドに迫る作戦の基盤というべき地歩を着実に確保したのも、やはり陸上戦力なのである。この様に、今回のイラクの自由作戦における陸上戦力は、作戦の進展に核心となる緊要な目標を占領・確保し、長期化が懸念された戦争を短期間に終結に導く重要な役割を果たした。

 

3.統合作戦と情報

作戦成功の鍵となる首都バグダッドに向う一連の地上作戦は、新しいドクトリンに基づき戦った米陸軍がその中心的役割を果たした。しかし、イラクにおける全ての作戦は、陸・海・空軍及び海兵隊による統合行動(Unified Action)として戦われたのである。新しい教範では、陸軍は単独で地上作戦に任ずるのではなく、常に統合軍の一員として行動し、統合部隊の作戦を支援するか、或いは統合部隊の支援を受けて作戦することとしている。

1986年に米議会で成立したゴールドウォーター・ニコルス法は、米軍の戦争遂行の要領に最も顕著な変化を与えたと言われている。この変化は、従来個々の軍種が実施していたほとんどの戦闘任務を統合部隊の指揮官に与えたことである。この時以来、統合作戦のあり方が一段と改善されたのである。今回の陸軍作戦教範は、統合ドクトリンの長年にわたる検討の結果を取り込んだ最初のものである。

イラク作戦の教訓として考察すべきことは数多くあるが、米軍が有利に作戦を遂行できた要因の一つに、イラク軍の硬直した体質が考えられる。イラク軍は作戦の終始を通じ、主導権を取ることに緩慢であった。イラクの野戦軍司令官は、自ら決心する事を許されなかったか、或いは、その能力がなかったと思われる。すなわち、米軍の徹底したイラク軍の指揮・通信・情報組織に対する攻撃によって、指揮系統は混乱し、上級司令部の命令も、状況判断に必要な情報も届かず、しかも、ほとんどが空爆のショックで圧倒され戦意を喪失していたことは想像に難くない。

これとは対照的に、米軍は情報において圧倒的に優勢であったことから、イラクの自由作戦では比較的少ない地上戦力を展開したにもかかわらず、短期間で作戦を完遂できた。新しい教範では、指揮統率、火力、機動力、防護力と同様に、情報を戦闘力の一要素として加え、「情報は、決定的行動をとる為の条件を作為するうえの道具であり、かつ有力な手段である」とし、情報の優越は作戦における緊要な目標の一つとなっているのである。

今回のイラク自由作戦では、情報が正に戦闘力の一要素として重要な役割を果たしたと言える。米軍は、作戦地域のほぼ全域を監視する統合情報ネットワークを構築し、作戦に必要な情報を上級司令部から第一線部隊に至るまでリアルタイムで提供していた。偵察衛星、統合情報システム(J-STARS)U2偵察機、無人偵察機(UAV)、或いは有人偵察機などが、イラク軍の配備状況をほぼ完璧に把握したと言われている。米軍は常に敵の師団の位置を把握しており、敵部隊がその位置を離れ仮に移動しても、攻撃機の目標となった。そして、多くの場合、敵の師団を動かしたのは、機動力を発揮して敵に接近し近接戦闘を強要した陸上戦力である。ある海兵隊の指揮官は、敵部隊を暴露した位置に誘い出すことに積極的に行動しなかったことから解任されたという。

 

4.リーダーシップと訓練

作戦全般を通じ特に印象的であったのは、米軍は最小限の損害で任務を達成するよう十分訓練されていたということである。かねてから米陸軍はリーダーシップと人の重要性を強調しているが、米陸軍大学校で刊行しているミリタリーレビューに掲載されたドクトリンに関する記事に、次のような記述がある。

「米陸軍は地上戦を厳しい人間的なものとして捉え、陸軍作戦教範はその全体を通じて用兵術(Art of Operations)を強調している。指揮官は、作戦の計画、準備、実行、そして評価の原動力である。地上軍を的確に指揮する能力は、如何に用兵の術を理解し戦争の科学(Science of War)を適用するかにかかっているのである」。

すなわち、情報技術が進歩し最新兵器を駆使して戦う現代の戦場においても、戦いの本質は人と人との意思の戦いであることに変わりはない。このことから、高度に近代化された装備を駆使して戦う部隊の指揮官が具備すべきリーダーシップは、古今東西に共通する古典的とも言うべき資質と、最先端技術を駆使できる識能とが求められているのである。

今回のイラクの自由作戦におけるリーダーシップについては、日本のメディアではほとんど報道されなかったが、作戦の要は、何と言っても各級指揮官のリーダーシップである。この件に関し、米陸軍のある退役少将は以下のような見解を述べている。

「我々のリーダーシップの鍵は、兵士とリーダーとの相互の信頼である。兵士達は、米軍が敵を制圧する為に圧倒的な火力を使用する事を知っている。彼等は、彼等の生命が尊重され、十分な処遇を受けるとともに、万一負傷した場合には、最善の治療が迅速に受けられる事を承知している。捕虜になった場合においても、米国は彼等が安全でいられるよう最善を尽くすのである。我々は、常に1000の圧倒的な得点差で勝つサッカーのような勝利を求めている。この様な勝利を得る為、端末の小部隊までリーダーシップを徹底するよう奨励されている」。

また、湾岸戦争に参加した経験のある現役の陸軍中佐は、訓練の重要性について次のように書いている。

「我々は、新しいドクトリンや教範の中で、厳しい実戦的な訓練を実際の戦場に類似した環境で各種条件の下に実施するという考え方を強調してきた。先の湾岸戦争における私の経験から言うと、カリフォルニアのナショナル訓練センターで実施した訓練は、イラクにおける戦争よりも時には厳しいことがあった。すなわち、初めて戦争を体験する若い兵士にとって戦争は困難で恐るべきものではあるが、カリフォルニアの砂漠で夜間、豪雨や、時には吹雪の中で実弾を使用して行う訓練を経験した者にとっては実はそうではない、ということを身をもって体験させることが出来るからである。米陸軍は、この種の訓練が戦時の勝利に不可欠なものとして推進している」。

そして彼は、この文章の最後にこう書いている。

「いずれは兵士を戦場に送らねばならないのであれば、適切な装備と支援を与え、十分な訓練と周到な準備をすることによって、戦いに勝つことができるのである」。

 

あとがき

イラクの自由作戦における地上戦闘は、トランスフォーメーションの最中にある米陸軍の為に作られた新しいドクトリンに基づいて戦われた初めての戦いであった。しかし、陸軍の改革は未だその途上である。その目標とする部隊(Objective Force)も、将来装備システム(Future Combat Systems; FCS)も開発に着手したばかりであり、暫定戦力(Interim Force)として整備されたストライカー旅団戦闘チーム(SBCT)もイラクの自由作戦には運用されなかった。

地上作戦の主力として運用された陸軍戦力は全て従来からの戦力(Legacy Force)である。米陸軍では、1990年から2000年の間に新装備の開発をしてこなかったことから、今回の作戦で活躍した装備は、エィブラムズM1戦車、ブラッドレイ装甲歩兵戦闘車、アパッチ攻撃ヘリ、ブラックホーク、ペトリオット及びMLRS等、全て1980年代に開発された装備、及びその改良型である。そして、イラク戦争ではこれらの兵器システムが、優れた情報・通信、そして絶え間なく継続して実施してきた統合訓練の成果によって、従来にも増して効果的に使用されたのである。

冷戦時代の米陸軍は、アクティブ・ディフェンスからより攻勢的なドクトリンであるエア・ランドバトルに転換し、このドクトリンを実現する為の兵器を開発して、欧州戦場における旧ソ連軍との戦いに備えた。そして冷戦後は、多様な脅威に戦略的に対応する為、統合部隊の一員として陸軍が作戦する際の作戦レベル、更には戦略レベルの構想を取り込み、二度にわたりドクトリンを改定した。この新たなドクトリンは、今回のイラクの自由作戦で見られたように、陸軍作戦の全ての面で大きな変化をもたらすこととなった。

この様に、米陸軍のドクトリンは、ダイナミックな改革を陸軍にもたらしている。ドクトリンは、陸軍改革の原動力として米陸軍の編成、装備、教育訓練の改革の準拠であると同時に、陸軍軍人に必要な共通の認識を持たせる為の重要な手段であり、冷戦中も、冷戦後においても、劇的な変化をしてきたと言える。しかしその中で、一貫して変わらないものもある。それは、地上作戦における陸上戦力の基本的な役割である。作戦様相が多様化し、陸軍の任務が平時から戦時にわたる“フル・スペクトラム”任務になろうとも、戦いの本質が不変である限り、その役割も、また、その重要性も変わらないのである。

今回のイラクの自由作戦では、米陸・海・空軍及び海兵隊、そして英国軍を含めた統合行動の成果が地上作戦成功の要因であったが、陸軍の部隊は統合軍にとって欠くことの出来ない部隊であり、地上作戦を遂行するうえで決定的な役割を果たすことを示した。そして、あらゆる統合作戦において他の軍種が陸軍を必要としているように、陸軍が多様な作戦を遂行する為には他の軍種に依存しなければならないのである。

 

参考文献

1.            陸軍作戦教範FM3-0(2001614)

2.            米陸軍教範FM(2001614)

3.            ミリタリーレビュー(2002年3〜4)

4.            陸戦研究(200111月〜20024)

 
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