これからの日韓協力について
― 価値観の共有と相互信頼の強化に向けて ―
(財)DRC研究専門委員
青 山 滋
はじめに
過去に暗い歴史を持ちながらも、近年の日韓関係は国家間の政治や経済関係のみならず、文化、スポーツなどの交流が両国の幅広い国民社会レベルでもかつてないほど活発化し、相互の親密感が急速に増進した。もとより韓国は日本にとって最も近い隣人であり、歴史的にもアジア大陸の多くの伝統的文化は韓半島を経て伝来した。また、地政学的にも韓半島は、ロシア、中国そして日本の中間にあって北東アジアの中心的位置を占めている。
冷戦後激変した安全保障環境に対応して、各国及び国際的安全保障機構は軍事力の再編を含んで抜本的な安全保障体制の整備、“Transformation”を推進しているが、その途上で2001年に「9.11.テロ」が生起し、それ以後も国際的なテロが各地域で頻発している。我々は今この見えない敵、国際テロに焦点を当て、これに大量破壊兵器の拡散をも対象とした戦略体制の見直しを再び迫られている。そして米国はもとより、中国、ロシア、欧州諸国など世界の国や地域でも、この種テロ行為に対する脅威認識と国際的共同対処に関して、概ね連帯感が醸成されている。
このような安全保障環境の下で、日韓両国が相互の協力関係を更に強化増進して、東アジアの平和と安全保障に貢献するため、両国が直面する重要な課題について率直に意見を交換し、相互理解と信頼を深めることは有意義かつ重要であると考える。以下当面する事象として、北朝鮮特に金正日政権とその政策に対する認識及び対応、並びに日韓それぞれの同盟国である米国との関係について考察したい。
1.最近の日韓関係
日本と韓国は、民主主義・自由主義、市場経済、或いは東洋の文化思想など重要な価値観を共有するとともに、地域の安全保障については、ともに米国との間に同盟関係を確立している。
両国は、1998年の金大中大統領訪日を機に政府間及び国民レベルの相互交流が活発化し、未来志向を重視する傾向が見られるようになった。2002年のサッカー・ワールドカップの共催での成功、そして映画及びテレビ・ドラマなどの文化・芸術交流によって、両国民の相互交流及び訪問(年間約360万人)が堰を切ったように急速に広がってきた。これらのことは、日韓両国民の相互理解と信頼感の更なる増進につながり、ひいては国家間のより強く幅広い友好協力、信頼関係の増進に向かうものと考える。
本年7月韓国済州(チェジュ)島における小泉首相と盧武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領との首脳会談で、2005年日韓国交正常化40周年を記念する「日韓友情年2005」を機に交流事業を含む日韓関係の発展、首脳会談の定例化、北朝鮮の核の完全廃棄に向けて日米韓の連携の重要性、そして東アジアの地域協力において価値観を共有する日韓両国が主導的役割を果たすことなどが合意された。
この会談において、小泉首相が「過去の歴史を直視し、反省すべきは反省し、その上で、未来に向けいかに隣国との関係を発展させるか、それが現在に生きる我々の責任である」旨述べたのに対し、盧武鉉大統領は「(前略)両国民が活発な民間交流を通じ、認識の違いを狭め、国民の共通認識が広がれば、それを土台に両国政府が新たな対話をすることができるものと考える」旨述べた。今後の日韓両国の努力すべき方向は、両首脳のこの発言に示されていると考える。
我が国の内閣府が毎年実施する「外交に関する世論調査」(2003年10月;有効回収数=2,072人)において、日本人が韓国を“親しみを感じる国”及び“関係良好な国”としてあげた数値(%)は、それぞれ55%及び59.8%で、いずれも米国に次いで第2位となっている。これは過去の最高値であるが、「親しみを感じる」が「親しみを感じない」を初めて逆転して上回ったのは1999年10月の調査時であり、以降上昇傾向が続いている。ちなみに中国は48%及び47%、ロシアは20%及び32.4%である。
しかしながら、両国には、その置かれる立場、環境、そして民意を反映した国是などの違いがあり、これらが個々の外交事案など2国間での認識や政策上の微妙な温度差、相違、或いは摩擦などを生じるのもまた必然であろう。これら相互の置かれる環境や立場を理解し尊重した上で、率直な意見の交換を重ねて、できるだけ共通認識を得るよう地道な努力を積み重ねることが重要と考える。
2.北朝鮮への対応
(1)日本の認識と対応
我が国の北朝鮮に対する現在の印象は、かつての日本近海へのミサイル発射、相次ぐ工作船の領海侵犯に加えて、拉致問題、核開発疑惑などを背景に、国民レベルにおける不信感、不安感は非常に強い。
2002年9月、小泉首相の訪朝による金正日国防委員長との首脳会談と、ここで交わされた「平壌宣言」によって国交正常化交渉への道筋がつけられたとはいえ、金正日委員長が日本人の拉致を公式に認めたにも関わらず、今なおその全貌さえ明らかにされていないため、日本国民の反北感情と不信感は依然根強いものがある。
内閣府の世論調査(2003.10)でも、北朝鮮についての関心事項〔複数回答、カッコ内数値=回答数計/回答者数×100(%)〕の上位は、@日本人拉致問題(90.1)、A核開発問題(66.3)、Bミサイル問題(61.1)、C不審船問題(58.7)D政治体制(48.7)と、拉致問題への関心と北朝鮮の脅威に対する認識の高さを表している。この数値が示すように、拉致問題と核及びミサイル問題を日本国民が理解し、納得するような結果が得られないかぎり、日朝間の国交正常化に向けた実質的な前進は極めて困難であろう。
(2)韓国の認識と対応
韓国(民)と北朝鮮(人民)は、言うまでもなく、かつては単一国家を形成していた同一民族いわゆる同胞であり、今も多くの家族が南北に離散した不幸な状態に置かれている。また、1950年、ほぼ全土が戦場と化して同胞が闘い合い、多くの犠牲者を出した朝鮮戦争という筆舌に尽くし難い苦難の歴史と、それから半世紀を経た今もなお“No more Korean War”の強い思いが韓国民の心に深く根ざしていると認識している。北朝鮮の核問題の解決に当たって韓国が、日米韓の連携を図りつつも、あくまで話合いによる平和的解決を強く望む根源はここにあると私は認識する。
金大中前大統領が対北政策の方針として掲げ、盧武鉉大統領に踏襲された「太陽政策(包容政策)」は今も多くの韓国民に支持されているように見える。
昨年6月韓国「文化日報」の記者が日本のテレビ番組で「TNS調査」として紹介した韓国民の世論調査では、太陽政策について、「現政権も維持すべき」が74.7%に対して「根本的に再検討すべき」は23.3%にとどまっている。また、本年4月、同様のテレビ番組では、本年1月韓国で実施された電話調査(「リサーチ&リサーチ」による全国成人800人を対象)の結果として、韓国最大の脅威国として北朝鮮をあげた者が33%に対して、アメリカを脅威とする者はこれを上回る39%であった。この数値を20歳代に限定すると、北朝鮮を脅威とする者20%に対して、米国を脅威とする者は58%と更に開いている。
本年4月の韓国総選挙では、太陽政策を掲げる盧武鉉大統領の与党ウリ党は152議席の過半数を獲得したのに対し、ハンナラ党は選挙キャンペーンで北朝鮮批判を抑えて戦ったと言われ、改選前から16議席減らして121議席にとどまった。しかしながら、とりわけ対北朝鮮強硬派議員数は議席を約3分の1(63名から22名)に減少したと言われている。
一方、金正日政権もこの2〜3年経済改革に真剣に取り組んでおり、経済と科学技術の振興が狙いと見られる国交樹立や国際交流を活発化している。その意味で金政権の韓国に対する期待は大きいものと思われる。近年のオリンピックなどスポーツ面でも北朝鮮は南北同胞の大義のもとに、南北融和ムードを国際的にもアピールしている。また、先頃訪れた板門店、第3トンネル、都羅山駅など南北非武装地帯(DMZ)周辺の景況も緊張感が漂っていた冷戦時代に比べて、外観上は我々にも南北融和機運が実感される。
また、太陽政策以降、国定教科書は南北融和を強調する内容に変わり、北朝鮮の独裁体制がもつ問題点や北朝鮮が関与した拉致問題を含む非合法工作については殆んど教えないと言われている。
南北間の同胞民族が融和を図ることは至極当然で望ましいことであるが、一旦金正日政権とその政策に焦点を当てるかぎり、一党独裁でしかも一国の政治リーダーが血族で世襲するという民主主義とはおよそ程遠く、現代世界では希有な政治体制をとり続けていること、国民に対する情報及び行動統制、貧困、飢餓に苦しむ一般国民や年々増え続ける命がけの脱北者などの人権問題、そして軍事的には自国の安全保障を理由に、核やミサイルの開発、展開、輸出、更にDMZ周辺における大量の通常軍事力の展開持続など、日韓及びその他の周辺国などの国際安全保障上の懸念を無視するとともに、韓国の太陽政策の趣意に沿った明確な反応や成果も見られない。
一国の政治体制や現政権の国内政策を外圧で強制的に変えさせることはできないにしても、現状のような体制や政策をとり続ける金政権を結果的に強化する支援や協力を避けるとともに、国際社会の秩序とルールに沿った政策をとるよう、そして少なくとも日韓両国やアジア地域の安全を脅かす行為の排除や人権問題の改善を促すなど日韓が協力する必要があろう。
3.米国との関係
日韓両国はそれぞれ米国と同盟関係にあって、自由と民主主義の価値観及び市場経済システムを共有するとともに、相互に協力依存関係を保持している。この同盟関係が自国はもとより、アジア地域の安定と安全保障に貢献していることについては、両国共通の認識であると考える。しかしながら、前項で触れたように韓国の若い世代を中心に反米感情が現出しつつあることは、金正日政権下での親北感の増大と相まって、今後地域の安全保障に影響を及ぼしかねないと考える。
米国は現在なお、軍の近代化を進める一方で新たな戦略環境に対応した軍事態勢の見直しを行っている。特に2001年に生起した“9.11テロ”は、冷戦後に描いた米軍の戦略目標と再編プログラムの再見直しを促すことになり、地域紛争等対処のための前方展開体制(兵力)と、テロに対する米本土の防衛体制とのバランスのあり方が検討されているようだ。
一方、軍の近代化については、情報優位を軸に、統連合重視、戦略機動性(特に陸軍戦闘部隊のリフト性)などを一貫して追求しており、これまでに一定の成果をあげている。これらの施策によって、将来米軍の戦略態勢は、陸軍や海兵隊の戦闘部隊、戦闘機、軍艦など戦闘力(要素)中心から、平時からグローバルに展開した情報ネットワークを中心に、個々の戦闘力(要素)が共有した情報に基づき、適時に要域(点)に向かって迅速に集中し、整斉と戦闘加入する態勢(NCW:Network Centric
Warfare)に移るものと思われる。
その場合、米国との同盟国(軍)は自国及び地域の安全保障体制を維持しつつ、米軍の新たな戦略体制(システム)に対応して、情報の共有など平素から緊密な連携を保つとともに、共同行動(作戦)のため、より円滑な“相互運用性”が必要となろう。このような傾向から、近隣に位置する日韓間においても、広域でハイスピードのリアクションを必要とする国際テロ(サイバーテロ、大量破壊兵器の使用を含む)を主対象とした情報交流或いは共有を検討する必要があるのではないだろうか。
(1)日 本
日米安全保障条約による同盟関係は多くの日本国民の意識の中に定着し、いまや安定しかつ成熟した域にあるといえよう。現在の小泉首相―ブッシュ大統領の強い信頼関係が象徴するように、日米政府間はもとより、広く国民レベルでも高い信頼友好関係が構築されている。
先の内閣府の世論調査で、日本人が米国に“親しみを感じる”と答えた者は75.8%であり、同一調査項目で1987年以降17年連続して70%台を維持している。また、“日米関係は良好である”と認識している者は79.1%で、同項目の調査を始めた1998年以降毎年80%前後の数値を示し続けている。
一方、米国民の対日意識に関し、我が国の外務省による世論調査〔2004年2−4月、電話調査、一般:18歳以上の男女1,504名、有識者:学術、ビジネス、政府(行政府及び議会)、宗教、マスコミ及び労働関係指導者層計254名を対象〕によると、
@ 日本は信頼できる同盟国ないし友好国 一般:68%・有識者:89%
A アジア地域で米国の最重要パートナー(日本) 一般:48%・有識者:65%
(中国) 一般:26%・有識者:24%
(ロシア) 一般: 9%・有識者: 7%
B 日米安保条約を維持すべき 一般:85%・有識者:83%
などの数字が出されている。
(2)韓 国
韓国はかつての朝鮮戦争で米韓連合軍として北朝鮮軍に対して米軍とともに戦い、戦後半世紀を経た今日、韓国は市場経済システムのもとに大きな発展を遂げるとともに、自由と民主主義が韓国社会に定着している。このような社会的変化と世代の若返りを背景に、国民の北朝鮮及び在韓米軍に対する意識も徐々に変化してきたように思われる。
しかしながら、約10万人の特殊戦部隊を含み約100万人からなる現役兵力を保持する北朝鮮は、依然DMZ北側に大規模な部隊を展開して、米韓連合軍と対峙を続けている。金大中前大統領の訪朝以来対北緊張感が和らいだ一般韓国民とは対照的に、韓国軍の対北防衛態勢は全く揺らいでおらず、また軍レベルにおける米韓相互の信頼関係も不変であると、何度かの訪韓を通じて認識している。
先に述べた「TNS調査」における、“南北関係と米韓関係の優先順位”についての回答で、“南北関係を優先すべき(52.5%)”が、“米韓関係を優先すべき(44.5%)”を上回る結果を示している。単に一つの世論調査に過ぎないが、国家の安全に関わる基本政策において、主として世代間のギャップとして国論が二分される兆しが見られ、これが対米及び対北朝鮮認識において日韓間にギャップを生じ、東アジアの安全保障政策に関して、今後の日韓米3カ国政府間の協力、協調関係にも影響を及ぼす可能性が懸念される。
終わりに
この1年余りの間に北朝鮮の核廃棄をめぐる「6カ国協議」が3回行われた。これまでに大きな進展は見られないものの、北朝鮮が日韓を含む5カ国の結束した国際的枠組の中で核廃棄を強く迫る国際世論を直に受けとめ、これに逆行する主張がいかに国際的に孤立を招くかを自覚することを期待したい。中でも日韓米の3カ国は、政治・軍事体制、経済制度など価値観や責任を共有(連帯)している。今後ともアジア地域の平和と安全保障の主導性を発揮できるよう、相互理解と信頼関係の維持増進を続けたいと願うものである。そのためにも、盧武鉉大統領が済州島で述べたように、日韓両国民が活発な民間交流を通じて認識の違いを狭め、国民の共通意識が広がることによって、それを土台に両国(政府)の関係が深まるという着実な民主主義的アプローチが奏効することを真に願うものである。
【本稿は、DRC−韓国21世紀軍事研究所(KRIMA)共催“第2回日韓安全保障フォーラム”(2004.9.22:東京)における発表用に起草したものである】