ミサイル防衛がわが国の防衛体制を変える
(財)DRC研究専門委員
江 口 博 保
はじめに―問題の提起
わが国の昨今における弾道ミサイル防衛論議の大要は、ミサイル防衛システムの戦略的価値と開発に要する膨大な経費の問題を含む技術的可能性とを対比して、その是非が論じられる場合が多いように感じられる。勿論、ハードウェアの面だけでなく、ミサイル防衛システムが配備された際に生じるであろうシステムの運用面、即ちソフトウェアの面における論議がないわけではない。しかしそれらの問題は、どちらかといえば仮に技術の面がクリアーされたとしてもなおこのような解決を要する問題が山積している、と言うマイナス的な位置付けで論議されている場合が多いのではなかろうか。
今日わが国の防衛態勢は、皮肉にも北朝鮮からの数々の挑発的行為に触発された形で漸次改善されつつある。ミサイル防衛問題も勿論そうした経緯から前進してきたし、周辺事態法や有事法制の整備も進み、初の海上警備行動も発動された。しかしそれらの改善においては、どうも安全保障・防衛の基本的な課題を常に先送りしてきたように感じられる。ミサイル防衛システムは、ハードウェアの技術的問題解決の難易はさておき、これを配備するという前提に立って有効な運用体制を検討する時、次のようなわが国防衛上の基本的課題の解決を迫り、あるいは前進させる効用があるのではなかろうか。
まず自衛権の行使について、わが国に対するミサイル攻撃の脅威を想定した場合に、どの時点で武力攻撃が着手されたと判断すべきかという自衛権の発動時機の具体例に直面する。次にミサイル攻撃への対処における時間的制約から、通常の防衛出動の下令に関する手続きでは間に合わないという問題が生じ、文民統制下における指揮権の委譲という極めて高度の危機管理システムの構築を促すことになる。更に、ミサイル防衛システムの各構成エレメントは陸・海・空自衛隊にまたがり、しかも一元的な運用を必要とするため、統合部隊の編成を不可欠とする。なお、ミサイル防衛システムの研究開発においてはスパイラル方式が採用されるので、他の武器システムの研究開発・調達・配備に対して今後多くの示唆を与えることが期待できる。
以下は、まずわが国のミサイル防衛の運用面での特性について考察し、この特性がわが国の安全保障・防衛の基本的課題に如何なる関わりを持つことになるのかを考察する。
1.ミサイル防衛の特性
北朝鮮は、98年8月にわが国上空を通過して太平洋上に落下したテポドン1号の発射試験成功によって、ICBM技術を確立したものと分析されている。射程1,300kmのノドン1号は、沖縄と北海道の一部を除くわが国のほぼ全域を射程内に収め、射程1,500km以上とされるノドン2号およびテポドン1号は、わが国全域をその射程内に収める。
北京―東京間の距離はおよそ2,000km、中国中奥部から日本全域を射程内に収めるのにおよそ3,500kmであり、わが国は中国が保有するICBMからSLBMに至る多種多様な弾道ミサイルのうち、東風3号・21号・25号(いずれもIRBM)の射程下にある。
弾道ミサイルの飛翔速度は、ブースターおよび本体内蔵のロケットモーターなどの全てが燃焼し切ったときの速度(バーンアウト速度)で表現されるが、この速度によって射程が決まり、速度が速いほど射程が長くなる。従って、射程約1,300kmのノドン1号クラスで秒速およそ3km、射程約3,000kmの中国のCSS-2クラスで秒速およそ4.5kmとなる。このことは、ノドン1号を北朝鮮北部から発射して東京に到達するまで約10分、CSS-2を中国中奥部から発射して東京に到達するまで約15分という短さであることを表わしている。
弾道ミサイルが発射されて目標に到達するまで僅かに約10分から約15分という時間の制約の中で、防衛する側は概略次のような手順を踏んで対応しなければならないと言われている。まず、監視衛星等により探知された弾道ミサイルの発射情報・飛翔諸元に関する情報を米軍から受信し、自衛隊のレーダーで探知するためのデータに置き直してキューイングデータとして提供する。これにより、レーダーは目標を捜索し、目標を探知したならば指揮中枢へ目標情報を報告する。指揮中枢は目標を最適のウェポンシステムに割り当て、割り当てられた要撃部隊は、自隊の射撃用レーダーで目標を探知追尾し目標が射撃圏内に入れば迎撃ミサイルを発射する。
仮に発射されたノドンを迎撃する場合、発射後2分以内にレーダーで探知しなければならず、目標探知後おおむね7分で全ての情報が正しく処理され迎撃に繋がらなければ、ミサイルは日本の上空に到達している。ミサイル防衛における極端な時間的制約、広汎かつ複雑なシステムの一元的運用という三つの特性が、これまで先送りされてきた安全保障・防衛問題の基本的課題に与えるインパクトは大きい。
2.自衛権の発動の時機
(1)自衛権発動の法理
わが国は、主権国家として固有の権利である自衛権を保持していることは当然である。では、わが国の自衛権は法的にどのように解釈されているであろうか。
自衛隊法第条には、防衛出動に関して、「内閣総理大臣は外部からの武力攻撃(そのおそれのある場合を含む)に対して自衛隊に出動を命じ得る」とある。一般に、武力攻撃の認定要件として挙げられているのは、@攻撃の先在、A侵略の意思、B他国主権領域の侵害、C裁判手段による認定の四つである。これに対してわが国の政府は、自衛隊法第条における外部からの武力攻撃について、「他国のわが国に対する計画的・組織的武力攻撃であるとして、偶発的な事件は該当しない」との制約を課している(36.4.21)。一方で、「国際情勢や相手国の軍事行動などから見て、攻撃する意図が客観的に明白に予想されるような事態」を、武力攻撃のおそれのある場合として防衛出動下令の根拠としている(29.5.24)。
次に、防衛出動が下令されることと、実際に自衛権を発動して武力を行使することは別であることに注意しなければならない。仮に武力攻撃のおそれがあるとして防衛出動が下令されても、武力攻撃が発生しなければ自衛隊は武力を行使することはできない。そこで武力攻撃が発生する時点が問題になる。政府見解は、「武力攻撃のおそれや脅威のある時点でも、現実に武力攻撃による侵害が発生した時点でもなく、武力攻撃が着手された時点である」(45.3.18)となっている。
(2)武力攻撃が着手された時点とは
では、いかなる時点をもって武力攻撃が着手された時点といえるのか。政府の解釈は、そのときの国際情勢、相手国の明示された意図、攻撃の手段・態様など様々な事情を勘案して判断する必要があるので、一概には言えず個別具体的に判断すべきものとなっている。これでは、何も決まっていないのと同じことではないか。
航空機と艦艇に護衛された船団がわが国の領海に迫ったと仮定する。当該国がこれは演習であると宣言すれば、わが国に対する着上陸侵攻はあくまでも予測の域を出ない。政府は上述の考慮要件に従って議論しても結局は領空・領海を超えられるまで結論が出せないのではなかろうか。被害が発生するまで待つ必要がない、とは言いながら、それから被害が発生するまでにどれだけの時間差があるのか。敵の侵攻の予測の段階で武力行使が発動できないのであれば、侵害が発生した時点まで待たねばならないのと同じことではないか。
弾道ミサイル防衛に適用してみる。某国が弾道ミサイルの発射準備をしていることは米国からの警告で承知したとしても、それがわが国に対して発射されるものなのか否かは分からない。これは予測の段階である。しかし最近の技術レベルでは、レーダーの探知距離が及べば発射後100秒以内に落下地点の予測が可能と言われている。では、わが国に向けて発射されたことがシステムとして確認された時点が、相手国の武力行使が着手された時点と認定されるであろうか。
ある人は、それでは計画的・組織的武力行使とは判断できないと言い、また、わが国の領域に侵入してからでなくては認められない、と言うかもしれない。しかし、2分で探知し、7分以内で要撃出来なければ、たとえ1発の弾道ミサイルであっても大量破壊兵器を搭載していれば、わが国に与える影響は計り知れないものがある。したがって、発射されたミサイルがわが国に飛来する、とシステム的に判断された時点で要撃のための武力行使が認められなければ、ミサイル防衛システムを配備する意味がない。わが国の武力行使が許される時期は、「わが国に被害が発生すると合理的に判断された場合」とでも表現されなければならない。こうなれば、わが国の自衛権の発動は一歩前進する。
(3)集団的自衛権
ミサイル防衛は、集団的自衛権行使の問題については影響を及ぼさないようである。
3年前の
3.高度の危機管理体制の構築
(1)防衛出動下令手続きの簡略化
大規模な自然災害や不審船事件のような重大事案が発生するたびに、わが国の政府の危機管理への対応能力の遅さや拙劣さが指摘される。これを根本的に解決するには、緊急事態(非常事態)における内閣総理大臣以下の指揮の権限と責任の関係を明確にするのがその第一歩となる。
わが国に向けて大量破壊兵器を搭載した弾道ミサイルが発射され、これを自衛隊が要撃する場合には、まず防衛出動の下令が前提となる。内閣総理大臣が防衛出動を下令するには、国会の承認を得なければならない(隊法第76条第1項)。ミサイル防衛の特殊性に鑑み、某国が弾道ミサイルを発射するという兆候が把握された時点で、「武力攻撃のおそれがある事態」と認定される必要があるが、その場合においても国会の承認手続きについては簡略化されたルールが定められる必要がある。また、緊急時に国会の承認を得ずに出動を命じる場合でも、閣議決定の前に安全保障会議への諮問を行うことが義務付けられている(安保会議設置法第2条1項4号)。緊急時においては、米国のごとく限定された緊要なメンバーで構成される、縮小安全保障会議(非公開)のようなものを考える必要があるのではなかろうか。
(2)指揮権の委譲
ミサイルがわが国に向けて発射されたことが探知システムによって確認され、この時点をもって要撃のための武力行使が認められることになったとする。しかし、それが防衛庁長官に伝わり、軍事及び行政の専門的な助言を受けて自衛権の発動を決心して行動命令が発令され、三幕僚長または統合幕僚会議議長がこれを執行するための指示を行い、指揮系統を経てようやく要撃ミサイルの発射ボタンが押される。これらのことが、ミサイルが探知された後7分で要撃という至短時間で行えるとは誰も思わないであろう。
理想的な指揮の形態としては、発射されたミサイルの目標がわが国であることが判明した時点で、所要の要撃部隊に対して要撃ミサイルの発射ボタンを押すことを命じる指揮官が予め指名されていることである。しかし、防衛庁長官の意思決定をパスして武力を行使することは許されないので、平時に長官の命令書は作成され、権限を委任される指揮官がこれを保管し、防衛出動が下令された時点で別に指定された者の立会いの下に命令書が開封されるというような手順が必要である。勿論当該指揮官からの発射命令は直接射撃部隊長に下されなければならない。その指揮官とは、現在の編制からは、わが国の防空の責任を有しかつ日本全域に指揮権の及ぶ航空総隊司令官であろう。
このシステムは、わが国がこれまで維持してきた厳格な文民統制(あたかも文官が自衛官を指揮するが如き)には馴染み難いものではある。しかし、平時の冷静な時期に、議会において議論を尽くして決定されたものであれば何ら違反するものではない。
4.統合部隊運用
今日、三軍の統合運用は世界的な趨勢であり、組織・運営の効率化のためにも避けて通れない喫緊の課題である。にもかかわらず、今日までの自衛隊は、統合部隊の編成が自衛隊法によって明文化されているにもかかわらず、広範囲にわたる大規模な災害対処においても、PKOなどの国際協力活動においても、客観的には統一運用が効率的であると認識されつつも、かたくなに複雑な調整関係(限定的な統制関係を含む)によって運用してきた。統合指揮官を決定するに際して三自衛隊間の縄張り争いがなかったとは言えないであろうし、統合指揮官を決定するルール的なものがないからでもあろう。
ミサイル防衛の見地からのわが国土の地理的特性は、予想される脅威に対して弧状を描いて、正面は広くしかも極めて縦深が浅いことである。このため、発射された弾道ミサイルをできる限り遠距離で要撃し、わが国の領域にある防護目標到達前に撃破することができる海上・空域を最大限に活用した広域防衛システム(上層システム)が必要である。次いで、このシステムをかい潜って飛来するミサイルを要撃する近距離でも要撃できる要域防衛システム(下層システム)が必要であり、センサーシステムおよびウェポンシステムともに多層的・重層的配備が求められる。センサーシステムとしては早期警戒機搭載IRセンサー、護衛艦搭載レーダー、地上配備レーダーなどがある。ウェポンシステムとしては、護衛艦搭載の上層システム、地上配備の上層および下層システム等がある。これを装備するのは単一の軍種(自衛隊)ということはあり得ず、海・空自衛隊を主とし、陸上自衛隊も何らかの役割を負うような配備となろう。
これらの各システムは、作戦指揮統制のためのC3Iシステムによって運用され、意志決定は一人の指揮官に委ねられなければならない。従って、ミサイル防衛システムは陸・海・空自衛隊の関連する諸部隊をこれまでのように実施してきた協力・調整関係や限定的な統制関係で律することは不可能であり、一元的に指揮できる統合運用を必須のものとしている。
ミサイル防衛システムにおける統合部隊の編成と運用は限定的な特殊な例であるので、それが統合部隊の編成と運用の普遍的なモデルとは考え難い。それでも、統合部隊の編成及び運用における一種のプロトタイプとして、実現への検討の中で生じる様々な問題(運用に直結する通信はもちろんのこと、情報、人事、兵站の各分野にわたって)の解決を図っていくのが、統合化の実現への最速の道程ではなかろうか。
防衛白書によれば、統合運用のあり方が具体的に検討されつつあり、統合幕僚会議事務局に代る統合幕僚組織が、三自衛隊に対する長官の命令を一元的に執行するとある。これを定着させるには、早い時期に統合部隊を編成して実際に運用してみることである。ミサイル防衛部隊を編成して訓練することには、統合運用上大きな意義がある。
5.スパイラル方式の研究開発
今日、コンピュータや通信機器などのハイテク製品は、新たな技術革新が次々に製品に組み込まれ、機能は上昇するが製品価格は低下するという特徴をもっている。エレクトロニクスを組み込んだハイテク産業は急速に成長した。防衛産業の分野においても、エレクトロニクスを採り入れることによって、情報機能や命中精度などは飛躍的に向上しつつある。しかし民需製品と違うところは、価格が低下するどころか急上昇の一途をたどり、調達配備計画を遅らせ、しかも技術の進歩は著しいので配備した段階で既に陳腐化が始まっている。また特にわが国の場合、完成した製品は制式化されることにより、性能向上のための改良に制約を受ける。
ミサイル防衛システムは、現在米国等において兵器開発に採用されつつあるスパイラル型開発方式を採用している。この方式とは、予定完成時期における到達すべき性能上の目標を設定せず、現状の研究成果を最大限に生かして兵器(システム)を開発し、生産し、配備し、その一方で研究を継続して新たな技術が導入可能となれば、開発し、生産し、配備するというプロセスを繰り返す漸次的な改良により、能力向上を図る方式である。
常に最新の技術を適用することが出来、部隊等の現場の声を反映させながら改良を加えていくことも十分可能である。企業としても、早期配備により研究開発および生産に要した費用を回収しながら、次の研究開発に並行的に進むことができる。民需製品では当然のごとく行われている方式である。
ミサイル防衛システムの米国との共同開発は、このスパイラル型の開発方式の効用を防衛庁と防衛産業とが身をもって体験する好機となる。これによって、開発・調達コストが軽減され、常に改良が加えられたその時点においては最新の技術が採用されている武器を部隊は使用することが出来る。尤も、部隊ごとに性能や操用性などが異なる多種類の武器を装備することとなり、教育訓練や補給・整備上多々問題が生じることも予想されるが、自衛隊の装備品の研究・開発、調達行政と部隊の能力向上に与える影響は極めて大きいと思われる。
おわりに
スパイラル方式の研究開発手法の効果は、それ自体が武器システムの研究開発・調達・配備を改善するというものだけではない。初期のシステムの配備が比較的早いことから、システム運用のための研究と技術的開発とが並行して行われることになる。
正常な政軍関係の下で、これらの課題が国会等の場で審議されれば、わが国防衛上の基本的課題は以下のように解決されるであろう。
まず、自衛権の発動時機の課題では、「外部からの武力攻撃のおそれのある事態」および「自衛権を実際に発動できる時機」についての具体的な事例が検討されることになり、
抽象論の域を出なかった現状から、大きく前進するであろう。議論が専守防衛の是非に発展することが期待できるかもしれない。ただし、集団的自衛権の課題への直接的な効果は期待できないであろう。高度の危機管理体制の構築の課題は、緊急事態における首相・防衛庁長官の意思決定の簡略化と権限の委譲についての具体的なシステムが検討されることになり、緊急事態における基本法制定への端緒となろう。統合部隊の運用の課題は、やや特殊な例ではあっても統合部隊の一つの具体的なモデルが形成される過程において、三自衛隊の本音と建前の論議が尽くされた結果、三自衛隊の統合化の実現が加速されるであろう。
しかもこれらの諸課題は、できるだけ早期(ブースト段階)に要撃するのが望ましいという軍事的合理性の要請が高まれば高まるほど明快な解決を迫られることになる。