平時における航空自衛隊による武器の使用について
(財)DRC研究参事
長 谷 川 孝 一
まえがき
防衛出動の可能性が予想される状況下、長官の命令が間に合わないことが予想されるので、自衛隊が奇襲を受けたら直ちに武器を取って行動すると発言し、金丸防衛庁長官に辞任させられた栗栖統幕議長の超法規発言事件(昭和53年)は、余りにも有名である。
軍事に関することが合理的且つまじめに論議されることが無かった戦後昭和の時代には、自衛隊が国の防衛を全うする上で、法律的に不備な面が多々存在したが、冷戦終結後国防が身近かな問題となってからは、いわゆる有事法制が現実に日の目を見ることとなり、事情は好転しつつある。しかしながら栗栖統幕議長が火をつけた奇襲対処問題は防衛出動の発令が遅れたとき、言い換えると防衛出動が発令される前の時点での武器の使用若しくは武力の行使にかかわる問題であって、防衛出動が発令されている下での有事法制とは趣を異にする。
防衛庁は従来「いわゆる奇襲対処」は有事法制とは切り離して検討するとしてきており、結論は未だ聞かれないままである。一説によれば、状況に対応し防衛出動が迅速に発令されるから奇襲などあり得ないというのが庁内における暗黙の了解であるということだが、もしそれが本当なら、戦争(紛争)の実態をわきまえない机上の幻想でしかない。
それはさておき、防衛出動など全然ありそうに無い平時においてわが国に対しテロ攻撃が加えられる事態で、自衛隊でしか対応の方法が無い場合、自衛隊による武器の使用権限及び対処の責任はどうなるのかを検討するため、二つのモデルケースについての簡単なシミュレーションを試みた。これをつぶさに見ながら武器の使用について考えてみたい。
1.国籍不明機による原子力発電所に対するテロ攻撃の事態(ケース1)
(1)対領空侵犯措置
平時、航空法によって保たれている日本の空の秩序を乱す外国の航空機に対しては、自衛隊法第84条により、最終的には航空自衛隊が実力で対処することになっている。
1976(昭和51)年9月6日昼間、沿海州の訓練空域を脱出したソ連の最新鋭戦闘機ミグ25が、函館空港に強行着陸するという事件が発生した。当該機は低空で進入したため発見が遅れ、千歳基地からスクランブル発進した要撃機が追いついたのは着陸の後だった。もし要撃機が空中で侵犯機を捉えていたとすれば、これに対しどの程度武器を使用すべきかどうかの問題が提起されていたかも知れない。というのは、空中で捕捉していれば、わが国に対し危害を加える恐れを考慮した対処が必要となったに違いないからだ。結果的には何も起きず、問題提起はなされなかった。
そこで、侵犯機が原子炉に突入して自爆するという事態が生じる時に、現行法規に基づきどのような対処がなされどういう状況が現出するのかを見るため、簡単なシミュレーションを試みる。
次項は現代の某月某日午前10時過ぎに発生する事象及び自衛隊等の対処活動を、時系列に沿って列記したものである。
(2)航空自衛隊等の対処(シミュレーション)
1010 石川県の輪島レーダーサイトが、北西180海里の日本海上空を高度5千フィート、対地速度420ノットで南東進する物体を発見。
1012 航空自衛隊はこれを国籍不明機と判断し、石川県小松基地に待機中の要撃機(F-15 2機編隊)に対しスクランブル発進を命じた。
1015 航空自衛隊は米軍から次の情報を得た。
@NK国空軍が東方海上で訓練中の航空機に対し、針路が誤っているので直ちに反転するよう、国際緊急無線周波数で呼びかけているのが傍受された。
A韓国空軍は日本海を南下中のNK国籍と思われる航空機に対し、要撃機を発進させ、竹島西方海上で旋回・待機させている。
1017 小松基地の要撃機(以下小松第1編隊と呼ぶ)離陸。同時刻、新たに小松基地と福岡県築城基地の要撃機、それぞれF-15 2機に対しスクランブル発進を命じた。
1022 小松基地の要撃機(以下小松第2編隊と呼称)及び築城基地の要撃機(以下築城編隊と呼称)離陸。
1027 小松沖70海里上空で、小松第1編隊が国籍不明機に接近、NK国籍であることを目視確認した。
同時刻、航空自衛隊は長官(内局担当者)に報告。
1028 要撃機から報告「国籍:NK 機種:スホイ-25 機数:1機 武装:機関砲のみ 高度:5000フィート 対地速度:420ノット 針路:小松方向」
1029 輪島レーダーサイトから、国際緊急無線周波数により領空侵犯の恐れありと警告を発信。数回繰り返したが応答なし。
1030 小松第1編隊がスホイ-25(以下スホイと略称)の視界内に近づき、同様の警告を無線により実施したが応答なし。
1031 スホイが降下を開始、約30度右旋回し機種を若狭湾方向へ向けた。
1032 航空自衛隊はスホイを小松基地に強制着陸させるための準備を、小松第1及び第2編隊に命じた。築城編隊は西空領域内に控置。
同時刻、長官(内局担当者)へ報告。内局担当者は国会予算委員会出席中の長官及び首相官邸に報告。
1033 小松第2編隊が第1編隊の後方に占位、全般監視に当たる。
1034 スホイは越前海岸沖20海里に接近し南進中。航空自衛隊は小松第1編隊に対し、領空に接近しないよう機体信号による誘導を指示すると共に、領空を侵犯した場合は直ちに小松基地への着陸誘導に切り替えるよう命じた。
1035 スホイは越前海岸沿いに南下し、領空を侵犯した。小松第1編隊の編隊長は2番機と第2編隊に後方から掩護するように告げ、スホイの前方に出て、誘導に従うよう機体信号を送りつつ右旋回に入った。スホイは一旦右旋回に入り誘導に従うかに見えたが、すぐ旋回を中止し降下を始めた。
1036 航空自衛隊は信号射撃による警告の実施を命令。小松第1編隊はスホイの前方に向け機関砲弾を発射し、誘導に従うよう警告したが反応は無かった。高度1500フィート水平飛行中。
1038 小松第2編隊編隊長が、スホイの針路は敦賀原子力発電所に向けられていると報告。航空自衛隊は原子炉へ危害を加える可能性なきしもあらずと判断し、長官(内局担当者)に対して射撃・撃墜の承認を要請した。
内局担当者は予算委員会出席中の長官に対し直接電話口に出るよう要請すると同時に、官邸に状況を報告。
1040 内局担当者から航空自衛隊に対し、国会出席中の長官に説明中なので、撃墜は今しばし待つよう連絡。
1041 長官が電話口に出る。同時刻総理大臣(以下総理という)も官邸からの電話口に出る。
小松第1編隊長はスホイの進路が敦賀原子力発電所の原子炉棟に向けられているのを再確認、その3海里手前から降下を始めたので原子炉突入必至とみて射撃を決心し、その旨報告した後、機関砲の照準を定めた。
1042 初弾発射。3回目の引き金を引いたときスホイのエンジンから赤い炎が噴出し、それが瞬く間に黒煙に変わると同時に、スホイは原子炉棟に激突した。編隊長はあわてて機体を引き起こし、管理棟すれすれに上昇姿勢に移った。原子炉からは黒煙と同時に白煙が勢いよく噴出していた。
1043 長官はようやく事情を呑み込み、「俺が責任を取る」とスホイの撃墜を承認した。
1044 撃墜命令を伝えようとした内局に、原子炉破壊炎上の報告が入る。
(3)対処の問題点
このケースはNK国が意図的に日本の原子炉を破壊し、放射能被害をもたらす場合を想定している。NK国の命令に反した個人的犯罪に仕立て、ミグ25の例を真似れば比較的簡単に実行でき、現実に起き得ることである。
結果論的に言えば、スホイは領空侵犯して敦賀原子力発電所へ向かった直後に撃墜すべきであった。しかしながら問題は撃墜のための武器の使用が国内法上明確に示されていないことだ。対領空侵犯措置を定めた自衛隊法第84条及び関連条項は武器の使用権限を明示していない。
今回のようにわが国が重大な侵害を受ける場合、その恐れが生じた時点で防衛行為として、又は正当防衛・緊急避難を理由に撃墜は許されると思われるが、ではいったい何時の時点で誰がその決断を下すのか、ことは簡単でない。10時41分時点での撃墜するという編隊長の判断・決心は、まさに正当防衛として認められるケースだろう。この場合同一行動を僚機(部下)にも命じるべきだろうか。併せて検討の要がある。今回のケースは官邸、内局、航空自衛隊(隊内各所を含む)間の通信が正常且つ理想的に機能した場合を想定しているが、実際には時間の余裕が極めて少なくて意思疎通が阻害されるのが普通と言ってよく、それをも前提に重大な判断、決心の基準(ROE)を、上は長官から末端のパイロットに至るまで、しかと定めて置かなくては、現実には役に立たない。
2.国内ハイジャック機による自爆攻撃の事態(ケース2)
(1)国内の航空機を対象にした航空保全のための処置
自衛隊法第81条の2に示された警護出動は、自衛隊と米軍の施設を守る場合のみに適用されるものであり、国内の航空機が航空法等に反して犯罪行為を行う場合、これを実力で阻止する権限を規定した法律は存在せず、空白となっている。
米国における9.11事件以来航空機によるテロ行為は現実のものとして認識されるようになり、主要各国では軍隊を活用した防止策が検討されていると聞く。
わが国では未だその種の対策は示されていないが、現時点において、航空自衛隊はハイジャック信号の探知と同時に、対領空侵犯措置のために待機中の要撃機を、状況確認のためいち早く現場に急行させることが物理的に可能である。
そこで、国内における航空の不法行為に対する措置(以下航空保全措置という)を考えるため、世界貿易センタービル爆破に類似した事件をモデルとして簡単なシミュレーションを試みる。次項は現代の某月某日昼間に発生する事象及び航空自衛隊等の活動を、時系列に従って列記したものである。
(2)航空自衛隊の対処(シミュレーション)
0911 福島県大滝根山レーダーサイトが、福島上空を旋回中の航空機からハイジャック信号が発信されているのを捉え、航空局にも通報した。当該機に対するサイトの問いかけに反応なし。
0914 航空自衛隊は茨城県百里基地に待機中の要撃機(F-15 2機)に対し、離陸の準備(即時待機)を命じた。ハイジャック機(以下ハイジャック@と略称)は福島を離れ南下中。
0915 三重県笠取山レーダーサイトが、大津上空を東進中の航空機からハイジャック信号が出ているのを発見、問いかけに反応なし。航空局にも通報。(当該機を以下ハイジャックAと略称)
航空局は独自情報を大臣及び首相官邸に報告
0916 航空自衛隊は、離陸準備を命じてある百里基地の要撃機(以下百里第1編隊と呼称)及び石川県小松基地に待機中の要撃機(F-15 2機)(以下小松編隊と呼称)に対しスクランブル発進を命じ、ハイジャック機を監視するよう指示した。
同時刻、長官(内局担当者)に報告。
0918 百里第1編隊離陸。ハイジャック@は白河上空を南下中。
0920 小松編隊離陸。ハイジャックAは鈴鹿山脈上空を東進中。
航空自衛隊は監視態勢強化のため新たに百里基地の要撃機(F-15 2機)(以下百里第2編隊と呼称)にスクランブル発進を命じ、当面ハイジャックAの方向へ向けることとした。
0922 航空局からハイジャック@は羽田を離陸した日本航空509便・B-767型機、ハイジャックAは伊丹を離陸した全日空18便・B-747型機であると通報。
同時刻、内閣はハイジャック対策本部の設置を決定、要員を呼集。
0923 百里第2編隊離陸。ハイジャックAは名古屋上空。
0924 百里第1編隊がハイジャック@を宇都宮上空で捕捉、JALのB-767であることを確認。相手の視界内に入り国際緊急無線周波数で交信を試みたが反応なし。
0925 第1編隊はハイジャックAが高度を2万フィートから徐々に下げ始めたことを報告。対地速度360ノット。
航空自衛隊は爾後状況の変化を内局担当者へ逐一報告。
0930 ハイジャック@は古河上空を過ぎ、高度8千フィートを降下中。進行方向は都心。
首相、対策本部指定席に着座。警察庁に対し、いずれの飛行場に着陸しても迅速に対応できるよう指示。各省庁に対し、テロ情報の有無について報告を要求。
0932 追随中の百里第1編隊から、春日部上空3千フィートで水平飛行に移ったと報告。
0934 ハイジャック@が左旋回して皇居方向を向き、降下を開始、超低空飛行になる模様と報告。
0935 小松編隊が甲府上空でハイジャックAを捕捉、ANAのB-747であることを目視確認。緊急無線周波数での問いかけに応答なし。針路は東京方向、対地速度360ノット、高度1万8千フィートを降下中。
同時刻、百里第2編隊はハイジャックAを捕捉、上空からの全般監視に当たる。
同時刻、ハイジャック@が市谷台の防衛庁庁舎に激突、火災発生。通信途絶。
同時刻、横田基地の在日米軍司令部に状況を通知
0936 航空総隊は百里第1編隊からの報告により状況を掌握、大きな支障は生じなかったが、空幕、内局、対策本部との通信が不可能となったためハイジャックAに対する処置が問題となり、とりあえず対策本部との直通回線の確保に努力を集中させた。
0938 テレビが防衛庁炎上の模様を放送。
航空総隊は小松編隊と百里第2編隊に対し、防衛庁炎上中の事態を説明し、ハイジャックAを撃墜する準備に掛かるよう命じ、併せて同機の針路を正確に測定して逐一報告するよう指示した。
折り返し百里第2編隊から、後2,3分で八王子の市街地に掛かるから、撃墜するなら山岳地上空の今しかないと助言。
0939 対策本部との回線設定。総隊司令官がハイジャックAの撃墜許可を要請したが、状況の説明が長引く。
0940 ハイジャックAは八王子上空に接近、進路は都庁方向、高度5千フィート降下中。
0941 総理から司令官に対し横田基地に強制着陸させられないか諮問、困難だがトライさせると回答。
同時刻、総理、対策本部担当者に撃墜したときの地上被害の程度を質問、市街地なら予想もつかずということに。
0942 航空自衛隊は百里第2編隊に対しハイジャックAの前に出て進路を妨害し、横田基地への誘導を試みさせたが、当該機は針路を都庁方向に定めたまま動ぜず、高度2千5百フィートを降下中。
上記を首相に報告、対策本部は都庁に対し避難を命令。
0943 都庁まで約5マイル・1分、高度1500フィートを水平飛行中。
0944 都庁をすれすれに通過、右旋回して皇居方向へ変針、降下開始。皇居か国会議事堂に突っ込む可能性大と対策本部へ報告。
0945 ハイジャックAは首相官邸に突入、火災が発生した。
(3)対処の問題点
本ケースはハイジャックやテロ等に関する特別の事前情報が無い場合を想定しており、ハイジャック@に対しては処置のしようが無かったと言えるかもしれない。
ハイジャックAに対しては緊急避難的に撃墜の方策が考えられてもよく、特に09時38分山岳地上空における射撃処置は一つのチャンスであった。
いずれにしても航空の事象は変化が速く、時間的余裕が極めて少いので、事前に対処要領を定め、武器の使用に当たっては根拠と判断基準を示し、通信不全時を含めた権限の委譲若しくは委任を明確にしておかないと、だれも決心できず責任も取れない。
3.武器の使用権限について
(1)対領空侵犯措置
昭和62年晩秋、沖縄でソ連の偵察爆撃機(Tu-16)が白昼堂々と日本領空を侵犯するという事件が起きた。航空自衛隊は、要撃機を向かわせ領空はるか遠方から警告を与え続けるとともに、領空侵犯後信号射撃により退去を指示したが、当該機にそれを一切無視されて、最重要基地である航空自衛隊の那覇と米軍の嘉手納両基地のそれぞれほぼ真上を飛行されるという大失態を演じた。両基地が写真その他で精密な偵察を受けたことは疑うべくもない。このような侵犯は国際的には武力をもって阻止されるのが通例であるが、わが国では問題とされなかった。ただ米軍は日本の措置に対して大きな不信感を抱くこととなった。
領空侵犯に対し武器を使用しないというわが国の措置は、近隣諸国には古くから承知されており、昭和51年に函館空港に強行着陸したミグ-25の操縦者ベレンコ中尉は「日本軍は絶対に撃墜しない」とかねてから教えられていたと証言した。
日本における武器の使用はどうなっているか。自衛隊法第84条は、長官は外国の航空機に対し「必要な措置を講じさせることができる」とだけ定め、武器の使用には触れていない。従前は、武器の使用という重大な権限事項が明記されていない以上、少なくとも長官直轄部隊長以下のレベルでその都度判断して使用することは出来ないという解釈であった。近年になって「必要な措置」の中で武器の使用は可能であるとする解釈が有力となりその意味の国会答弁(衆議院安保委、平成14.4.4)もなされているが、解釈だけでは実効を伴わない。長官がその都度決断を下すというやりかたも考えられないことは無いが、ケース1でみたとおり、航空の世界は分・秒の勝負であり、実行は不可能だ。国民の生命財産を実効的に守るためには、次項との係わりを含め、やはり84条又は関連条項に武器の使用権限を明記し、実際に運用できる規則(ROE)を事前に定めておくのが賢明だ。
(2)航空保全措置
ケース2で見たように、国内のテロ機に対しても領空侵犯機に対すると同様なことが言える。
テロ攻撃を企図する国内の航空機を対象とする航空保全措置については、根拠とすべき法令等が存在しない。対領空侵犯措置のために待機中の要撃機の使用は、本来目的以外の流用であって、法規上は問題が残る。実態的には要撃機の使用が最も実効性が高いので、84条を対領空侵犯措置と航空保全措置の二つの任務規定とし、武器の使用について明確に示すことが、航空自衛隊が間違いなく国民の負託にこたえるための最善の方途だろう。
あとがき
航空自衛隊の平時における武器の使用には法規上問題が残されている。そのことを理解しやすくするために、大半をシミュレーションの記述に当てた。
自衛隊法84条の解釈には実態的にあいまいな部分が残されている。武器の使用について実行上支障を来たさないための処置が必要である。国内のテロ攻撃機に対する措置のこともあり、両者を併せて、武器の使用を明示するのが最良の方策だろう。ことが起きて対処できなかったら国民の非難を受けるのは当然だ。早急な処置が望まれる。次回は防衛出動下令前の情勢緊迫時を対象に、武器の使用を含む対処権限について論じたい。