武器貿易の状況とわが国の武器輸出三原則

 

(財)DRC研究専門委員

井 川   宏

 

はじめに

20046月に、防衛庁の長官室で石破防衛庁長官が、小泉首相の私的諮問機関である「安全保障と防衛力に関する懇談会」の荒木浩座長に「防衛力見直しの課題一覧表」を手渡したと伝えられた。その一覧表には、@基盤的防衛力構想の見直し、A新たな脅威への対処、B効率的な資源配分、C武器輸出三原則の見直し、D思い切った自衛隊の改革の5項目が挙げられていた。200410月には「安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告書が提出されるとのことであるが、この機会に世界の武器貿易の状況を概観し、武器輸出についてのわが国のとるべき施策について、私見を述べることとする。

 

1.武器等の貿易・輸出管理

NATOの発足に続いて同じ1949年に、戦略的な貨物・技術の共産圏諸国への輸出を禁止することについての検討会議「ココム」が発足した。「ココム」の規制は、時期によってその強弱に変動があったが、全般的には西側の軍備の質的優位の保持に成功し、冷戦において西側を勝利に導く要因の一つになった。役割を果たした「ココム」は、冷戦の終結にともない1994331日に廃止された。「ココム」に代わる貿易・輸出管理の機構であるワッセナー・アレンジメントは、1996712日に発足した。基本文書では、設立の趣旨について次のとおり記述している。

「ワッセナー・アレンジメントは、通常兵器及び関連汎用品・技術の移転に関する透明性及びより責任のある管理を促進し、不安定をもたらすその蓄積を防止することにより、地域的、国際的な安全及び安定に寄与するために設立された。参加国は各国の政策を通じ、これらの品目の移転が前述の目的を損なうような軍事能力の開発、増大に寄与しないことを確保するように努める。」参加国は33カ国で、規制品目は、通常兵器にスーパー・コンピュータや兵器製造に関連する汎用品、技術等を加えた約110品目である。規制の対象地域は明示されず、全地域としているが、先進諸国の間では、北朝鮮、イラン、イラク、リビアの懸念4カ国向けの輸出について厳格な規制をすることが申し合わされている。

 

2.武器貿易の状況

(1)全般

SIPRI年鑑によると、最近10年間における世界の主要な通常兵器(航空機、走行車両及び大砲、誘導及びレーダーシステム、ミサイル、並びに軍艦の5カテゴリー)の毎年の輸出()の総額は、表1のとおりである。1993年以降の武器貿易の総額は、冷戦中の1980年代に比べると約2分の1220億ドル前後であったが、1997年の約250億ドルをピークに減少の傾向となり、2000年には、前年に比べて約26%減の約150億ドルと激減した。その後は、漸増はしているが低いレベルのまま推移している。

表1 世界の主要な通常兵器についての各年の年間貿易量の総額(M$)

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

(M$)

21,975

21,725

22,797

22,980

25,156

21,944

20,606

15,333

16,231

16,492

(2)輸出国

SIPRI年鑑による主要な武器輸出国の輸出額の推移は、表2のとおりである。

表2 世界の主要な武器輸出国についての各年の年間輸出額(M$)

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

ロシア

4,532

842

3,905

4,512

3,466

1,276

3,125

4,443

4,979

5,941

米国

10,526

11,959

9,894

10,228

10,840

12,342

10,442

5,489

4,562

3,941

フランス

945

705

815

2,101

3,343

3,815

1,071

1,040

1,288

1,617

中国

427

1,204

868

573

170

157

79

54

588

818

oロシア

冷戦時には、東側の盟主であったソ連は大量の武器を東側諸国に配布していて、輸出量は米国よりも多かったが、ソ連邦が崩壊し武器の生産地であったウクライナやベラルーシ等が独立したこともあり、ロシアの武器輸出は一時急落した。その後、混乱を逐次修復して、1995年には増加に転じた。ロシアは武器を有力な輸出商品と位置づけており、世界各地で開催される武器の展示会等にも積極的に参加している。1996年には国防省と国防省傘下の国防産業の助言を徴して、より効果的に武器輸出を推進するように体制を整えた。その結果、1995年に続いて1996年にも輸出を大幅に増大し、全世界の輸出額の20%を占めるまでになった。

その後20005月にプーチン大統領が就任すると、直ちに産業・科学技術省を新設し、年間5060億ドルの武器輸出を目標に掲げて逐年整備を進めている。2001年にはほぼ50億ドルに近づき、激減した米国を抜いて世界第1位となった。続く2002年にも増加を続け59億ドル余りで、世界の全輸出額の約36%を占めた。

20034月のインドネシア大統領の初のロシア訪問の際には、Su戦闘機及びヘリコプターの購入を契約した。

ロシア戦略技術分析センターは2003812日に、2010年までにMiG及びSu戦闘機を中国、ベトナム、ブラジル(24)、マレーシア(18)、インド(16)、インドネシア(8)に輸出し、中国とインドは140200機のライセンス生産を行うとの見通しを発表した。しかし、更なる発展のためには、武器の研究開発態勢を充実し、新しい装備品等を開発することが必要と見られている。

o米国

米国は湾岸戦争の前後に若干の増加を見たが、その後は100億ドル前後で大きな変動は無く、群を抜いた1位で、1998年には123億ドル余りで全体の56%強を占めていた。米国は武器輸出を安全保障上の重要な手段として捕らえており、19952月に、ホワイトハウス報道官が発表した、武器輸出について潜在的な敵国や国際社会の秩序を乱す恐れのある国に対しては武器の輸出を行わないが、同盟国や友好国に対しては、積極的に武器を輸出して地域の安全保障を支援するという声明に明示されている。

ところが2000年には米国の輸出額は、前年の半分近くに減少した。これが直接に全世界の武器貿易額の減少をもたらしたのであるが、主として航空機の輸出の減少によるものであった。減少はその後も続き、2001年には1位をロシアに譲り、2002年には更に減少して、かつての半分以下の45億ドル余りで全輸出額の24%弱になった。

しかし、米国の企業は、オーストラリア、チェコ、ハンガリー等との軍用航空機についての契約窓口は閉ざしていないので、今後増大の可能性があるという見方も伝えられている。また、米国はテロとの戦いのために武器輸出についての規制を緩和しており、EU及びNATOの諸国及びその他の同盟国や友好国への武器輸出の手順をより簡略にし、国内の生産者に対しては、過度な規制を取り除く方向で検討していると伝えられているので、今後の動向に注目する必要がある。米国は、輸出先の国の数では依然として最大であり、2002年には53カ国に輸出をしている。

oフランス

フランスは武器輸出に力を入れており、1980年代には3位グループであったが、1990年代前半には半減した。そこでたとえば装備庁(DGA)の海軍部門であるDCNの中にDCNインターナショナルを新編するといったような組織機構の整備を行った結果、1996年以降回復した。フランスの主要な輸出先は、台湾、アラブ首長国連邦、パキスタン、ブラジル、トルコであり、主な品目は航空機や艦艇である。

o中国

中国は、最先端の技術による最新高性能の武器ではない通常の武器を比較的安い価格で発展途上国に輸出してきている。1990年代後期の輸出額は少なかったが、2001年には大幅に増大し、その傾向は2002年にも続いている。これは主としてパキスタンへの戦闘用航空機の輸出によるものであり、その次に額の多い輸出先はミャンマーである。

(3)輸入国

SIPRI年鑑による10年間の各年の武器輸入額の上位3カ国は、表3のとおりである。

表3 武器輸入国についての各年の年間輸入額の上位3カ国

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

1

 

トルコ

トルコ

中国

台湾

台湾

台湾

台湾

中国

中国

中国

2

インド

サウジ

アラビア

韓国

中国

サウジ

アラビア

サウジ

アラビア

中国

英国

英国

インド

3

エジプト

インドネシア

エジプト

韓国

中国

ギリシャ

韓国

シリア

インド

パキスタン

武器の輸入の要因は種々あるが、一つの大きな要因として紛争あるいは緊張の状態にあるということがあげられる。紛争あるいは緊張の状態にある国では、急速な軍事力の増強が求められることから、武器の輸入が増大する場合が多い。1990年代前半では中東諸国の輸入が増大した。1990年代中期以降、中国と台湾の間の緊張が高まり、両国の武器の輸入は、大幅に増大した。インドとパキスタンも緊張状態が続いている。

(4)インドとパキスタン

緊張関係にある諸国の例として、インドとパキスタンを取り上げる。SIPRI年鑑によるインドとパキスタンの武器輸入額の推移は、表4のとおりであり、世界の武器輸入国の中での順位は毎年多い方から15位以内に入っている。両国は、1947年に英国から独立したが、ジャム・カシミールの帰属を巡って紛争を繰り返している。両国とも、1998年には核実験を強行し、2000年には国防費を大幅に増大して、軍拡競争を展開した。

表4 インドとパキスタンの各年の年間輸入額(M$)

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

インド

2,146

779

770

1,317

1,085

466

566

429

1,064

1,668

パキスタン

491

819

391

644

572

525

869

206

754

1,278

19972001年の間におけるインドの輸入の80%はロシアからであるが、フランス、ドイツ、及び英国からも輸入し、近年ではイスラエルから主として電子機器を輸入している。200010月にロシア大統領がインドを訪問して、印・露戦略的パートナーシップ宣言を行い、両国の軍事技術協力委員会の設置に署名し、合わせてロシアの空母(アドミラル・ゴルシコフ)等の供与契約に合意した。インドのシン外相は、200146日に訪米し、印・米軍事協力に基本的に合意し、64日にはロシアを訪問して、印露軍事技術協力(開発・製造)に合意した。612日には印露共同開発の超音速ミサイル(射程280km)の発射実験に成功した。

パキスタンの国防費は不足しており、しかもインドが圧力をかけるので、武器を購入できる国は限られ、主として中国、フランス、及び米国から輸入している。2001511日に中国首相がパキスタンを訪問し、パキスタンは中国との経済協力協定に調印し、軍事面でも協力の強化に合意した。

主要な輸出国はいずれも緊張関係にある地域や戦争中あるいは国際的に明示されている国に対する武器の輸出は行わないという方針を採っているが、多くの国はインドとパキスタンの間の緊張を、輸出を取りやめなければならないものとは認識していない。例外は米国であり、1992年にパキスタンが核兵器プログラムの中止を拒否したときに、パキスタンに対して国家としての輸出禁止を行い、1998年にインドが核実験を行った時には、インドに対して制裁を行った。米国以外の諸国は、輸出の規制について核兵器の開発と生産に直接繋がる装置に限っていたので、パキスタンに対する輸出禁止を支持する国は無かったが、インドに対する制裁はEU諸国によって支持された。

 

3.わが国の状況

(1)武器輸出三原則等

わが国は、195198日の対日講和条約の調印に続いて日米安全保障条約に署名して西側の一員となることを選択した。そして19529月にはココムに加入した。その後1967421日の衆議院決算委員会において、佐藤内閣総理大臣が、外国為替及び外国貿易管理法と輸出管理令についての政府の運用方針として、@共産圏向けの場合、A国連決議により武器の輸出を禁止されている国向けの場合、B国際紛争の当事国又はその恐れのある国向けの場合は、武器輸出は認められないこととされている旨を明らかにした。これが「武器輸出三原則」であり、ココム及び国連の方針に従ったものであり、世界の常識に従った妥当なものであった。

その後、1976227日の衆議院予算委員会において、三木内閣総理大臣は、政府の方針として、@三原則対象地域については、「武器」の輸出を認めない、A三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする、B武器製造関連設(輸出貿易管理令別表第一の第109項など)の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする、という「武器輸出に関する政府統一見解」を表明した。

更に、1981320日の衆議院本会議及び1981330日の参議院本会議において、要旨「政府は、武器輸出につていて、厳正かつ慎重な態度をもって対処するとともに、制度上の改善を含め実行ある措置を構ずるべきである」との「武器輸出問題等に関する決議」をおこなった。

これらの「武器輸出三原則」、「武器輸出に関する政府統一見解」、及び「武器輸出問題等に関する決議」を総称して、武器輸出三原則等と呼んでいる。この政府統一見解及び決議によって、わが国は武器の輸出について世界の常識から外れた異常な国になった。

(2)武器輸入

SIPRI年鑑によるわが国の年間武器輸入額の経緯は、表5のとおりである。わが国は、前述のとおり武器輸出を禁じているが、一方で大量に武器を輸入している。2000年以降の輸入は激減しているが、それまでは10億ドルを超える年もあり、1993年と1998年は世界第6位で、先進工業国の中では1位であった。