英国の安全保障への取り組み
(本論文は、編集の都合により一部割愛してあります。)
(財)DRC研究参事
中 村 暁
はじめに
来年は国連創設60周年を迎えることになり、国連安保理改革の機運が高まっている。これを機にわが国は常任理事国入りの意欲を積極的に表明している。国連の舞台裏は各国のエゴが絡んで複雑であり、フォーラム以上には抜け出せないと言われてきたが、わが国は米国に次いで多額の国連予算を分担しており、国連における発言権、影響力を増大して、安保理が有効に機能して国際平和に寄与していくよう努力することは重要である。
しかしながら、自らの安全保障や防衛の態勢を主要国並みに国際標準にしないで、特殊な基準で常任理事国としての地位役割が果たせるだけの力を持っていると言えるのであろうか。国内では防衛大綱の見直しに着手されているが、わが国の安全保障や防衛について考察する際、西欧の主要国の中でも、特に島国で貿易立国であり、米国の同盟国でもある英国の安全保障に対する姿勢や国防に対する考え方は、わが国のあり方に多くの示唆を投げかけている。
1.安全保障環境の変化に応じた継続的な政策見直し
1997年に現在のブレア政権が発足して、国防の戦略的な見直しに取り組み、新たな政策を国防白書「国防の戦略的再考(Strategic Defence Review(SDR))」で公表した。
(1)安全保障の枠組み
@ヨーロッパの安全及び安定並びに大西洋を越えた米国との同盟が英国の安全保障及び防衛の基礎であることを明確にしている。
A英国は、国連安保理の常任理事国であり、国連やNATO等に対して先導的に軍事貢献をすることを国家の姿勢として表明している。
B英国は、貿易、海外及び外国からの投資、天然資源の正常な流通に基づく経済に、福祉を含む幅広いグローバルな国益を有していることをよく認識している。
C英国は海外領域に対する防衛責任を有している。
D英国の安全と繁栄は、世界の安定及び自由と経済の発展並びに英国が国際社会の中で公正な力として活動することに懸かっていると考えている。EU及びNATO同盟と共に平和を支援し、調停作戦においては効果的な軍隊の派遣能力が英国の安全保障政策の重要な要素であると考えている。
(2)国防政策の主要事項
@国防は軍事作戦及び防衛外交によって、政府の幅広い外交及び安全保障政策を達成するための重要な分野であると明確に位置づけている。
A通常は同盟の一部として行動し、海外遠征作戦においては、良好に装備され、迅速で継続的に展開ができる近代化された軍隊が必要である。
BNATOに対する戦略的脅威が出現した場合に大規模な戦力を再建できる基盤を保持する必要性は認めているが、わが国の戦略環境と異なり、予見される最大の作戦は地域紛争であると割り切った見積をしている。
C軍事力の必要性、有用性からその機能を幅広く捉え、戦争を戦うことから平和支援作戦まであらゆる範囲の作戦が遂行できるように整備する必要があると考えている。
D軍隊の効用は、軍種間の統合を強化することによって高められることを強調している。
E支援基盤及び各軍種は近代化し、作戦を効果的に支援するために合理化が必要である。
F予備役部隊の役割は冷戦後の軍隊のニーズにより適応しなければならない。
G軍事力を強化し、新たな脅威に対抗するために新技術の導入促進を強調している。
1998年以来現政府は、このSDRで考察した防衛政策の枠組みを維持し、作戦等を通じて同盟国やパートナーと共に行動し、その政策の継続性を示してきた。
9.11のテロ攻撃により、国防省は国際テロリズムによってもたらされた重大な挑戦に対応する能力を見直した。2002年の国防白書「SDRの新しい一章」で、海外遠征部隊の強化は新しい国際環境において英国が重要な役割を果たすものと結論付け、更に国際テロリズムに対する作戦には精密で迅速な軍事力の効果的な投射、特にNEC(Network Enabled Capability)によることの必要性を認識した。英国で攻撃を待ち受けるより、海外においてテロリズムに立ち向かう必要性を強調している。SDRに新たに加えた主要事項は次の通りである
@国際テロリズムを予防し、抑止し、強制し、崩壊させ、又は国際テロリストやこれを支援する政府を撲滅し、化学、生物、放射、核兵器の入手を企むテロリストに対抗できる力を整備する必要性を強調した。
A紛争、テロリズムの原因及び兆候に対する安定化作戦及び防衛外交の役割を認識した。
BSDRで核心地域としているヨーロッパの外部、中東、地中海に、多くの場合は同盟国、パートナーと協同して軍隊を展開することが多くなることを特に言及した。
しかしながら、世界はそのまま停止することなく変化し続け、世界に拡大する多くの危機はグローバルな安全保障環境が5年前より不安定になっていると認識した。これを受けて2003年の国防白書で「変化する世界における英国の安全保障の達成」を公表した。その主要事項は次のとおりである。
@国際テロリズムの脅威に対処するためには本国及び海外における対応が必要性である。
ANATOの拡大及びその大規模戦力から、NATO区域以遠で作戦を遂行できるより小規模対処部隊へ変換する必要があると考えた。
B緊急事態におけるヨーロッパの安全保障及び防衛には備える。
Cロシアとの戦略的パートナーの関係に入っている。
DWMD及びその関連技術がより広範に拡散している。
ENEC(Network Enabled Capability)を含む新しい構想と技術開発が必要である。
(3)国連への対応
英国の国連に対して次のような認識と考え方で対応している。
「英国の安全保障及び経済的な国益は、国際社会の他のメンバーと密接に働くことによって最良に防護される。一方イラクでは危機の対応に関して安全保障理事会、NATO及びEUの間で異なった見解を露呈した。そのことは国連組織を発展させようとする継続した義務や努力を妨げるものではない。しかし、必要な時には、英国は重要な問題に対処する意思のある国家間で連合を形成する柔軟さを持つ必要があると考えている。
2.将来の軍隊の必要性及び任務
(1)将来の軍隊の必要性
安全保障環境の変化に合わせて、2003年の国防白書において軍隊の任務を見直し、行政的な観点を含めて整理した。現在英国及びNATOに対する従来の主要な軍事脅威は消滅していると見積もっている。しかしながら脅威が拡散し、国際テロリズムが現に生起している。
@英国はヨーロッパの内部及び周辺、近東、北アフリカ、湾岸の不安定に対して積極的に関わり続ける。更にSDRが予見した以上により遠く離れて戦力を投射する能力を強化しなければならない。特にサハラ砂漠以南のアフリカ及び南アジアにわたる潜在的な不安定及び危機の生起、及び国際テロリズムの広範な脅威は、英国に対して紛争防止のために先を見越して関わることと、迅速に平和支援及びテロ反撃作戦に貢献する態勢が求められている。
A英国は、あらゆる国際危機に対する軍事的貢献に対応することはできない。英国が関わっている所では、通常は他の国と協同して対応することになるものと予期している。
B軍隊は、本国において市民を守り、世界的な国際テロリズムに反撃するために「SDR
新しい一章」で明確にされた要求を満たすように装備し、編成しなければならない。
C国家及び非国家主体の非対称攻撃に対してより準備していなければならない。
英国を防衛し、海外の国益を防護し、WMDの拡散に対処し、国際テロリズムの脅威に取り組むためには、戦力投射を明確な焦点とし、より遠離れてこれまでのケース以上により迅速であることが求められている。更に軍隊に対する拡大された任務及びより広大な地理的展開範囲によって戦闘力及び支援体制の柔軟性、適応性が求められている。多くの小規模から中規模作戦への対応が最も重要な要因になるものと考えている。
(2)軍隊の任務
軍隊の任務は、国防省に対して、その規模、形態、能力について詳細な防衛計画の基礎となる枠組を与えるものである。各任務は、英国が関わりそうな幅広い任務の形態及び作戦を反映し、軍事力構築の要求を展開するための焦点となる枠組みを与えるものである。SDRは1つの主となる防衛の使命、次位の8つの使命、28の軍隊の任務について述べたが、その構成が非常に扱い難くて繰り返しがあることが経験から明らかにされた。英国は防衛力整備を計画するうえでの有用性を改善するためにその構成を見直して整理した。軍事任務を@戦略的な任務、A本国における任務、B海外における責任、C海外での不測の作戦の4つの表題に分類している。それぞれの軍事任務は次のとおりである。
ア.戦略的任務
このグループの任務は国防政策の戦略的な要素をカバーし、核抑止及び戦略情報の収集が含まれる。軍隊の効用として重要な特別に請け負った奉仕の提供も含まれている。
@戦略情報の収集、分析、提供、A核抑止、B水界地理、地理及び気象に関する奉仕
イ.本国における任務
これらの任務には、英国の主権の防護が明確にされており、政府の他省庁のもとで本国の安全保障、軍隊の公共活動の維持が含まれている。
@民政当局に対する軍事援助
民政府、政府他省庁、大規模な地域社会に対する軍事援助の提供。
これは、めったに起こらないこと又は不測事態の基盤、例えば、法及び秩序の回復を助けること、化学、生物、放射又は核事件もしくは災害対処、対麻薬作戦の支援、自然災害対処、又は規定による責任としての爆発物の処理、漁業の保護、英国内における捜索、救難活動がある。危機や紛争における政府の維持を支援することも含まれる。
A北アイルランド自治政府の支援
B英国水域の保全
英国の水域で主権を示威すること、英国領海の保全を保証すること、必要であれば周辺水域で英国の権限と国益を防護すること、港及び水路調査、反逆者の輸送、海上におけるテロ反撃が含まれる。
C英国空域の保全
英国の空域を保全するために次のことに対処する必要がある。
・空域全体の継続した識別 ・航空統制能力の保持 ・悪漢、敵対国の航空機の阻止及び撃破能力の備え
D公共任務及び要人輸送
国防省は軍事能力を国家的行事等に提供する。
・国家の行事 ・手続きに従った公共任務 ・一般大衆の注目の下での軍隊の広報
・王室及び政府高官の安全な空輸
ウ.海外における責任
長期に継続する任務は次のとおりである。海外領域における義務、海外における英国の国益防護、影響力促進及び支援の手段としての同盟国及びパートナーに対する公約を果たすことが明確にされている。
@海外領域の防衛及び安全保障
国防省は英国の海外領域に対する外部からの防衛及び安全保障の責任がある。必要であれば民政府の支援及び援助を提供する。
Aキプロスの主権の基盤区域の防衛と安全保障
戦略通信施設の提供、東部地中海及び以遠における共同基地の提供が含まれる。
B防衛外交、同盟、広範な英国益の支援、支援するための防衛力の提供
・重要な同盟とパートナーシップ、・軍備管理、手を差し伸ばすこと、その他の信頼及び安全保障構築する手段、・海外における英国益及び影響力の促進、例えば英軍事顧問及び訓練チーム、外務省の海外公館の活動支援、・武器輸出、・対麻薬作戦
エ.海外での不測の作戦
次の7つの任務は、英国軍隊の貢献が求められるかも知れない不測事態に関与する範囲を定めている。英国は、任務の範囲を、平和支援による人道支援及び避難作戦から最も必要な軍事作戦、意図的な調停作戦まで含めなければならないと考えている。
@人道援助及び災害救援
人道的な非常事態が生起するか、それを更に悪化させるかもしれない自然災害は、もし初期の段階で迅速かつ効果的に対処しなければ地域的な不安定に繋がっていく。妥当で、当局から国際的な展開の要請があれば、軍隊は、国家独自の基盤上で、または国際社会の努力の一部として、人道及び災害救援作戦に貢献する。
A英国海外市民の救援
現地民政府の緊急事態対処計画が不十分な場合には、他の目的のために保有している防衛力を、英国市民の生命に危険が及んでいる国から彼らを救出するために使用することができる。
B平和維持、紛争の予防・抑止・封じ込め・安定化
国際的な安全を維持するために重要な要素である。それ故に国際的な平和維持作戦に対して他の国と協調して適切な貢献をすることを望んでいる。
C平和強制
英国は、国際的な平和強制作戦に対して他国と協調して適切な貢献をする。強圧的な特性があり、その様な作戦はある範囲の軍事作戦が含まれる。
D戦闘力の投射
直接的な調停作戦に直ちに応じるよりはむしろ、英国は同盟国と協調して、抑止又は強制のための重要な力として遠隔攻撃型の軍事力を展開することを望んでいる。
E焦点の合った介入
WMDの拡散、非対称脅威に対処するためには、生起した地域に入って迅速に特定場所に集中して脅威を破壊、撃破する力が必要である。
F意図的な調停
英国は、紛争又は危機に対して、同盟国やパートナーを支援し、国益を護り、国際間の安全保障及び安定を維持し、又は国際法を支持するために、敵対者を打ち負かし破壊するに必要で十分な戦闘力をもって直接介入することによって、他国と協力して対応することを望んでいる。
(3)冷戦終結以降の国防の役割・使命
英国が冷戦終結以降、当時の政府が、安全保障環境の変化に応じて脅威を継続的に見積もり、これを反映した国防の役割・使命とその優先順位は次のとおりである。
ア.1992年国防見積(国防白書に相当)
@英国及び属領の防衛及び安全を確実にすること。
(外部からの大きな脅威がなくても。) A英国及び同盟国に対する外部からの重大な脅威に対抗することを保証すること。 B国際社会の平和と安全を維持することによって、英国の広範な安全保障上の国益の促進に貢献すること。
イ.1995年国防見積
@アイルランド自治政府の支援。(軍事援助を含む。)A本国及び海外領域の安全。
BNATO及びWEUに対する貢献。C他の援助及び限定した作戦によって、国際秩序を維持すると共に国益を防護すること。DNATO及び加盟国に対する重大な紛争に対処すること。もし見逃せばヨーロッパの安全及び英国益又は国際社会の安全に影響を及ぼすものを含む。E限定された地域紛争に対処すること。NATO同盟国からの支援要請による。F通常戦争、NATOに対する大規模攻撃に対処すること。
ウ.1998年国防白書
@ 平和時の安全 A海外領域の安全 B防衛外交 C広範な英国益の支援 D平和支援及び人道作戦 ENATO区域外の地域紛争 FNATO区域内の地域紛争 GNATOに対する戦略攻撃
エ.2003年国防白書
@戦略的な任務 A本国における任務 B海外における責任 C海外での不測の作戦
3.行動のための態勢
(1)将来の行動のための前提
軍隊が、任務に基づき編成を見直し行動していくために将来計画の基になる前提事項を、2003年の国防白書「変化する世界における安全保障の達成」において次のように示した。
@1998年の国防白書(SDR)で説明されたヨーロッパ、中近東、北アフリカ、湾岸の重要地域を越えてアフリカのサハラ砂漠、南アジア地域より以遠での作戦の要求を反映し、グローバルな基盤で活動する国際テロリズムのより幅広い脅威に適合するために地域的焦点を拡大したこと。
A8つの戦略的効果(予防、安定化、封じ込め、抑止、強制、崩壊、打破、撲滅)の要求に適合させるために海外遠征作戦に対する適切な能力のバランスが必要であること。
B同時に発生する3つの小規模及び中規模作戦(SDRでは2つ)を、米国が参加しない同盟作戦の場合には先導又は基幹国家として行動できるように軍隊の編成を最適化する必要があること。
D速度、精密さ、機敏さ、展開性、延伸範囲、持続性の特性に集中した軍隊の変換を継続することが重要であること。この決め手になるのは、NEC(Network Enabled capability)、精密誘導兵器並びに効果に基づく計画及び作戦の開発という利点を活用する能力であること。
E重要な軍事効果を達成するためには、迅速に戦力を結集し、作戦上の要求を他の作戦能力をもって迅速に適応させる能力が重要である。
(2)軍隊編成の変換構想
軍隊の編成を安全保障環境に適応させるために変換構想を次のように考察した。
@最も生起しそうな多様で、同時に生起し、或いは継続する小規模及び中規模作戦に対するニーズに適合させるため、編成の再均衡をとり最適化することが必要である。このことは、展開可能な司令部、C4ISR及び兵站を含めた能力の強化が必要である。
A米国が参加しないヨーロッパによる作戦に対しては、先導或いは基幹国家としての能力を高めることが必要である。そのためには中規模作戦において所望の結果を達成するために全ての範囲にわたる軍事能力を保持していなければならない。
B10年の経験を基にして、継続する作戦において一度統合部隊が展開して安定が確立されたら、より低レベルの軍隊及び軽量部隊が必要になる。このことは継続する防衛基盤として求められる海軍の制海能力、航空及びより重量級の陸上攻撃部隊の質量が問われる重要な意味を有する。
C最も複雑で大規模な作戦は、米国主導の同盟作戦の部分として実施することになるであろう。主たる目標は、広範な安全保障に対する英国の政治目標達成を支持するために、作戦の計画、実行、管理及び直後の時期の全てのレベルで影響力を最大にすることである。最も重要な能力は次のことに貢献する力である。
・最初の戦役参加及び作戦の形成 ・情報、監視、偵察 ・戦略目標の精密攻撃
・統合した陸上及び航空攻撃作戦 ・紛争後の安定化
D大規模作戦における目的は、それ故に貢献することにある。
・特殊任務部隊 ・自らのネットワークを構成し、米国のネットワークに統合されるある範囲のC4ISR ・水陸両用作戦及び攻撃空母任務部隊 ・長距離攻撃及び陸上作戦を支援する航空遠征任務部隊 ・攻撃作戦を遂行できる地上機動師団
(3)編成の質的変換の焦点
軍隊の編成を変換していく上で、中心になるのはNEC(Network enabled Capability)であると考えている。英国のNECは、センサー、意思決定者及び兵器システムと支援機能を一体化して首尾一貫した統合をすることにある。このことは、決定的な軍事効果を達成するために意思決定能力を改善し、適切な時期に適当な軍事力の行使を可能にする、より良い状況認識を導くことにある。より迅速により精密に対応する能力は戦力倍増器として作用し、より少数でより能力の高いリンクされた装備によって軍隊が所望の成果を達成できる。
まとめ
英国は、わが国とは置かれた環境は異なるが、安全保障及び防衛の枠組みを国益に基づき明確に分析し、軍隊の使命・役割及び任務を時代の変化に応じて適時に見直している。
わが国の安全保障環境はより複雑であり、脅威について幅広い慎重な議論とコンセンサスが必要である。わが国に今最も望まれるのは、憲法や集団的安全保障の枠組みを見直して防衛の基本を明確にすることである。防衛計画の大綱が7年ぶりに見直されているが、今こそ議論されてきた防衛の枠組みを改めることを政治的に決断すべきである。英国はその焦点としてNEC(Network Enabled
Capability)を達成しようとしているが、自衛隊が向かうべき方向としても統合を踏まえてネットワーク中心のシステム構築を最重点施策にすることを明示する必要がある。