政策専門家と行政の人的往来の要
(財)DRC主任研究員
玉 真 哲 雄
はじめに
日本における政策策定過程とその問題点がここ数年にわたって筆者の念頭にあり、毎年刊行のこの“
その後もこの課題を考えさせられる折は多々あった。日本に政策専門家(プロ)は決して少なくないこと、しかしその方々が現実の行政に従事する機会は極めて限られていること、等が意識されてきた。今回は次の順序で、筆者自身の見聞を含むいくつかの事例を挙げて課題を考察してみたい。
・日本に政策専門家は少なくない
・日本では政策専門家と行政の間に人的往来がない
・政策専門家と行政が常に人的往来する米国の事例
・日本での限られた人的往来例とその考察
・政策専門家と行政の人的往来の要
1.日本に政策専門家は少なくない
日本の安全保障政策専門家として2003年版では岡崎久彦氏、小川和久氏を挙げたが、ほかにも多々居られると感じられる。以下は決して代表例ではなく、筆者の狭い見聞範囲内の事例であることをおことわりして3つを挙げる。
(1)【事例1 書籍「中国の核・ミサイル・宇宙戦力」】
茅原郁生氏編の標記書籍 4) は520頁の大冊で、中国はなぜ核・ミサイル・宇宙戦力の開発強化に熱心なのか、その目的・実体と水準・将来、さらに日本はこの中国とどのように対面するのか等を扱った意欲作である。下記13人の分担執筆に成り、2年間18回の研究会の成果の由で、その意味でも注目される。
茅原郁生 (編、元防研、現拓殖大)、江畑謙介(軍事研究家)、大西康雄 (アジア経済研究所)、飯塚央子(武蔵野短大)、間山克(防研)、小川伸一(防研)、榊純一 (IHI)、布部剛(IHI)、鈴木祐二(拓殖大)、稗田浩雄(未来工学研)、光森史郎(未来工学研)、新治毅 (元防研)、青木節子(慶応大)。
(2)【事例2 航空宇宙工業会「スペースポリシー委員会」】
航空宇宙工業会が設けた標記の委員会は企業・大学・研究機関等のメンバーから成り、2002年度からスペースポリシーの検討を開始して本2004年度も継続中で、筆者もその一員である。昨2003年度の報告書 5) では、政策形成・ビジョン・安保・産業化・アジアアフリカの視野・法制度・シニア人材、の7課題を抽出してそれぞれ現状分析と提言を行った過程の中で、本論文の視野から見て興味深かったのは次の2点であった。
・委員の一人、鈴木一人筑波大学専任講師の貢献で、「国家戦略/宇宙戦略/宇宙政策/宇宙プログラム」の4階層、上階層ほど不在の現状、タテワリ行政・2〜3年で交代する官僚制度の限界等の意識が生まれた。
・全体的提言として、宇宙政策を継続的に検討するフォーラムの設立を提唱した。
・付言すれば、これは筆者が前記の本年報2003年版で 3) 「2〜3年で代わる官僚はプロたりえない」との岡崎氏・小川氏の論議を引用したこと、またシンクタンクにプロを養う必要を主張したことに符合するものとして興味深い。
(3)【事例3 書籍「大量破壊兵器の軍縮論」】
黒澤満氏編の標記書籍 6) はこれも420頁の力作で、日本と核軍縮・米国と不拡散・地域的不拡散・核拡散・生物化学兵器・軍縮個別課題・軍縮促進の7つのサブテーマのもとに下記16人が分担執筆した豊富な内容である。
黒澤満(編、阪大大学院公共政策研究科)、小川伸一(防研)、吉田文彦(朝日新聞)、石川卓(東洋英和大)、戸崎洋史(国際問題研究所)、倉田秀也(杏林大)、秋山信将(国際問題研究所)、菊池昌廣(核物資センター)、宮本直樹(核物質センター)、杉島正秋 (朝日大)、浅田正彦(京都大)、村山裕三(同志社大)、青木節子(慶応大)、星野俊也(阪大)、目加田説子(中央大)、土岐雅子(米モントレー国際大)。
(4)日本に政策専門家は少なくない
筆者見聞範囲の以上の例はいずれも、内容面も濃く執筆者層も厚く、日本に安保政策研究の専門家は決して少なくないことを思わせる(おこがましいながら一言すれば、当ディフェンス リサーチ センターの研究員等諸氏も、その道の専門家たらんとの努力を続けている)。ではこれら専門家の識見が政策に反映され、さらに専門家が現実に行政に関わる機会があるであろうか。
2.日本では政策専門家と行政の間に人的往来がない
(1)専門家の行政参画は「審議会」どまり
上記書籍等に登場する専門家中には官立研究機関の所属者も居られるが、行政官の一時的出向を除き、研究官と行政官とは別ルートなのではなかろうか。まして大学、民間研究機関等の専門家が官庁に在籍して行政に直接従事する機会は日本では甚だ限られている(後出の4. で、その稀な事例を考察する)。専門家が多少とも行政に参画する機会は、いわゆる「審議会」類を通してしか存在しないであろう。
(2)「審議会行政」の実態
筆者はDRC年報2001年版で、審議会行政につきいくつかの仮説を述べた。一部の要点をここに反復する。
【事例4 日本の政策思考は「審議会」頼りで専門家がいない】 1)
「官僚が最大のシンクタンクだ」との言が聞かれる日本での政策策定にあたっては、(おそらく官僚のお膳立ての上に)何々「審議会」、「“私的な”諮問機関」等の名で学識経験者の名を連ねたものが屡々登場する。喧伝された「IT戦略会議」の例では、ソニー(株)会長の出井伸之氏を議長とする20人から成り、内訳は企業トップ12、大学教授5、研究機関トップ2、自治体の長1である。いずれも著名な「学識経験者」であるが、「会長」「社長」「CEO」「最高顧問」「理事長」「名誉教授」等の名が並ぶメンバーが、果たしてどれだけの時間と精力と専門性を提供できるであろうか。その後の報道によると、議長を務めたソニーの出井伸之会長は企業経営者を前に講演し、「IT基本戦略」をまとめた苦労を振り返った。IT基本戦略では通信料の高さやNTTのあり方をめぐる問題など具体的な競争政策まで踏み込めなかった。「政官界だけでなく民間も多くの業界から参加者があり、既得権のしがみつきに熱心な『背後霊』に囲まれて一枚岩になれなかった」とその背景を説明した。また別の報道によると、「一国の進路を決める」ある別の審議会の手当は一人ひと月7万円、これでも破格に高いと伝えられた。
(3)政策専門家と行政の間に人的往来がない
以上から感得されるように、政策専門家が行政に参画できるのは審議会どまり(それも行政側の人選とお膳立てによって)であり、官庁に在籍して行政に直接従事する機会は例外的にしか存在しないであろう。他方、行政官は引退するまで行政官、かつ先に触れられたように「タテワリ行政・2〜3年で交代する官僚制度の限界」内にあり、その間に人的往来がないのが実態と思われる。
米国におけるこの種の人的往来の豊富な事例を、次に考察したい。
3.政策専門家と行政が常に人的往来する米国の事例
ひるがえって米国を見ると、大学・研究機関・シンクタンク等の政策専門家と行政の間に頻繁な人的往来があるのは日常茶飯事、しかも双方向的かつ反復的である。前者で養った識見を後者で実践に移し、また前者へもどって更に研鑽を積むというパターンが明白であり、国際的に著名な高位者から筆者知己の中堅・若手まで、その範囲は広い。
(1)人的往来の国際的著名事例
ア.【事例5 ウィリアム・ペリー博士】 7)
William Perry 博士はスタンフォード大学、ペンシルヴァニア州立大学で数学の学位を受け、戦争直後には陸軍工兵隊に所属して日本占領にも参加した。産業界・学界での経験ののち研究・技術担当国防次官補('77〜'81年)、国防副長官('93〜'94年)を勤め、'94年2月〜'97年1月の間には第19代国防長官として国防政策を指導した。これら勤務の中間にはスタンフォード大学に在籍し、現在も同大学教授として研究と後進の指導に当たっている。
イ.【事例6 ジョゼフ・ナイ博士】 8)
Joseph S. Nye, Jr. 博士はプリンストン大学・オックスフォード大学・ハーヴァード大学で政治学の学位を受け、'64年以来ハーヴァード大学の教壇に立つが、この間安全保障・科学技術担当国務次官補代理('77〜'79年)、国家情報会議議長('93〜'94年)を勤め、'94〜'95年には国際安全保障担当国防次官としていわゆる「ナイ・ドクトリン」の確立に貢献した。現在も同大学ケネディ政治大学院にあり、'95年から本'04年6月まで同院長の職にあった。
ウ.【事例7 その他著名人の人的往来】
米国政策に対するシンクタンクの大きな影響力を、人的往来の面から捉えた雑誌記事を要訳引用する 9) 。
「シンクタンク影響力の一要素は人である。ドナルド・ラムズフェルド(国防長官)とコンドレッサ・ライス(安保担当大統領補佐官)はともにフーヴァー研究所経験者、ディック・チェイニー(副大統領)と同夫人はアメリカ・エンタプライズ研究所(AEI)との関係が長い。エレイン・チャオ(労働長官)はヘリテイジ財団出身である。国防政策審議会会長リチャード・パールはAEI出身の超タカ派、メンバーの四分の一はフーヴァーから出ている。『政策とは人である』とすれば、シンクタンクこそはアメリカの蔭の政府となりつつある。」
(2)人的往来の中堅・若手事例
高位者に限らぬ人的往来の事例を、筆者知己の中堅・若手の中から挙げる。
ア.【事例8 スコット・ペイス博士】 10)
GPSの権威としてその道の人には知られた Scott Pace 博士は、MITで航空宇宙工学修士号、RAND研究所内大学院で政策分析の博士号を'89年に得たのち、商務省商用宇宙室長代理('90〜'93年)を経て'01年までRAND科学技術政策研究所に在籍し、この間にGPS政策の基本的文献である The Global Positioning System: Assessing National Policies を編著作した。'00〜'01年にはブッシュ政権移行チームに政策調整官として参加したのち、'02年NASAへ移り長官補佐官代理を経て現在は宇宙通信技師長の地位にある。
イ.【事例9 デイヴ・ターナー氏】 11)
3回にわたる国際宇宙協力ワークショップ('98、'99、'01年)で筆者が知己を得たDave A. Turner 氏は当時エアロスペイス・コーポレイションに在籍し、作業部会書記として協議に貢献した。夫人と幼い女児を伴った30台の若者であるが、その後GPSの運用主体である省庁間GPS行政協議会(Interagency GPS Executive Board、IGEB)へ移り、その事務局長の職にある。
(3)専門家と行政の人的往来が米国の常態
このように、大学・研究機関・シンクタンク、さらに産業界を含む専門家と行政の間で、地位の高低を問わず頻繁に人的往来があるのが米国ではむしろ常態であり、行政はもっぱら行政官の職務とする日本のあり方とはまったく異なっているようである。
4.日本での限られた人的往来例とその考察
例外的ながら日本でもこの種の人的往来は見られる。いわゆる「行政改革の目玉」として最近大きな注目を集めている2つの顕著な事例を考察しよう。
(1)【事例10 竹中平蔵経済財政・金融担当大臣】
小泉内閣の注目人事の一つとして慶応大学教授から入閣した竹中氏は、学界から政治・行政の世界に直接従事することとなった顕著な事例である。7月11日(日)の参議院議員選挙で最高位当選したことも記憶に新しい。選挙後、「これで、どうせすぐいなくなると官僚に思われることもなくなる」と語られた旨が報道された。
逆に言えば、稀に人的往来があって専門家が行政に従事しても、行政側の受け取りかたはその程度であることが察しられる。また国会議員に当選してようやく地位が固まるのであれば、人的往来の道は一回起的・非可逆的な例外事象であって、米国のように双方向的かつ反復的な往来で研鑽と経験を積み重ねるような事例は一層困難と考えられる。
(2)【事例11 村瀬清司社会保険庁長官】
批判の多かった社会保険庁に、損保ジャパン社副社長であった村瀬清司氏が民間出身長官として7月23日(金)就任し、注目を集めた。報道と論評の例を紹介する 12) 。
「『非常に風通しが悪い。よどんで水がうまく流れない』。村瀬氏は同庁の第一印象をこう表現し、国民サービスの向上など五つの改革の柱を挙げる。だが、厚労省幹部はこんな難しさを指摘する。『役所は、すべて予算と法律と規則でぎちぎち。事務方から説明を受け、新長官が腕組みする姿が浮かぶ』。『社会保険一家』と呼ばれる組織に風穴を開け、サービス意識を育てられるかは未知数だ。」
(3)日本での人的往来はまだ夜明け前
このように日本での人的往来はまだ夜明け前の状態、先駆的事例がようやく注目を集め始めた段階のように見える。
5.政策専門家と行政の人的往来の要
(1)日米事例の比較とまとめ
以上の事例をまとめると、大学・研究機関・シンクタンク等の政策研究専門家と実際の行政との間の人的往来につき、日米間に顕著な対照が見られる。
・米国では専門家と行政との間に、双方向的かつ反復的に頻繁な人的往来があり、高位者から中堅・若手までその範囲は広い。
・日本にも政策専門家は決して少なくないが、片や専門家が行政に参画できるのは「審議会」どまり(それも行政側の人選とお膳立てで)のことが多く、片や行政官は引退するまで行政官であって、その間に人的往来がないのが実態と思われる。
・近年、日本でも例外的な人的往来の顕著な事例が注目されるが、全体としては「夜明け前」の状態と見られる。
(2)人的往来は望ましいか
人的往来が果たして望ましいか、それはなぜかを論証することは本論文の主旨ではなく、また筆者はすべて米国が優れているからこれに倣えと主張するものでもない。しかし下記の事情から、少なくともこの面では米国に学ぶべき点が多いと考える。
・日本の行政に関してタテワリ性・2〜3年で交代する官僚制度の限界等の指摘がある。
・行政改革が叫ばれて久しいが、具体的成果と見えるものは少ない。
・前記の例外的な顕著な事例が「行政改革の目玉」として注目されること自体が、人的往来の必要性を指し示していると見られる。
(3)専門家と行政との人的往来確立の手だてを
先駆的・例外的事例となった当事者方の苦労と努力に待つだけでなく、またこれを無としないためにも、専門家と行政との人的往来の道を確立する組織的かつ総合的な手だてが望まれる。実はそれが、真の「行政改革」の策なのではなかろうか。「戦略がない」「専門家がいない」「アマチュア国家」等、本年報で筆者が述べてきた大それた仮説も、つきつめて行くとこの点に帰するのではないかと考えられる。
引用文献
1) 玉真哲雄:日本における長期的・戦略的政策思考の不在、
2) 玉真哲雄:日本の宇宙政策見直しと安全保障の今後、
3) 玉真哲雄:日本、この一大アマチュア国家、
4) 中国の核・ミサイル宇宙戦力、(株)蒼蒼社、2002-8-30第2刷、ISBN 4-88360-032-7 C3330
5) 2003年度 日本の宇宙政策課題解決のための調査検討(スペースポリシー委員会)、2004年3月、社団法人 日本航空宇宙工業会
6) 大量破壊兵器の軍縮論、2004-7-23第1版第1刷、信山社(株)、ISBN 4-7972-3334-6 C3332
7) www-hoover.stanford.edu/bios/perry.html(スタンフォード大学ホウムペイジ)
8) ksgfaculty.harvard.edu/faculty/index.html(ハーヴァード大学ホウムペイジ)
9) The Charge of the Think Tanks, Economist, 15 Feb 2003, p.37
10) スコット・ペイス博士本人提供の経歴書から
11) デイヴ・ターナー氏本人提供の経歴書から
12) 社保庁改革船頭多し、村瀬新長官が就任、朝日新聞、2004-7-24(土)、2面