自衛官定年退職者の処遇と生き方
(財)DRC専務理事
上 田 愛 彦
はじめに
自衛官は特別職の国家公務員であり、その職務の性質から比較的若くして、54〜60才の間に定年を迎え第2の人生を歩むことになる。その数は毎年、陸海空を合せ概ね6,000名の多数にのぼる。片や日本人の平均寿命は今日、男78才余、女85才余で世界のトップクラスにあり、その間10〜20勤務そして退職者自身のため、どこの国でも防衛の基本となる重要問題となっている。加えて技術文明が花盛りの折、実は人間1人ひとりの価値が一層重要となりつつあり、定年というものの考え方、国家の対応と並んで退職者本人の考え方、自覚、定年後のさらなる研鑽と積極姿勢が大きな課題として転換期に入りつつあると考えられる。
本稿ではまず全般的諸問題と対応課題を考えるとともに、定年退職者をひとまず階級で分け、将官、1佐(3クラス)、2〜3佐、1尉〜1曹、その他とし、まずは在任間そして退職後も先導的立場に立つ上級クラスを例にとって考えてみることとする。
1.問題は何か
まず全体を通して、日本では安全保障、防衛の問題が戦後タブー視され続け、国家の体制が未熟であるところから論議を起さなければならないという日本特有の問題がある。こうした問題を国際的視点から比較して論議する必要があると考え、未だ不十分ではあるが海外へ過去10年余の間に5人チームで計85回(各9日間)行き、討議を通じて分ってきたことは、通常の先進国では国家の軍備を法制面、実体面とも合理的な軌道にのせ、国際情勢の変化、財政負担の増大等を考慮して各種施策が実務的に推し進められている現状である。第2次大戦終了後、日本と同じ命運をたどった独国は既に国家基本法(憲法)を40回以上修正して合理化を進め、31万の現役勢力を維持するため、9ヶ月の徴兵制により新たな脅威への対応を合理的に進めるとともに多くの国民に実体験を通して国防を考える機会を設けている。
一方、わが国においては、戦後の変則的縛りを国家として一度原点に戻して、日本の新しい国防を本質的に論議しないまま、なし崩し的に法制上軍隊ではない自衛隊を必要な時だけ軍隊と同じように考え、法制上は苦しい言い逃れを続けているところに問題があり、世界中に軍隊削減の風が吹き始めると、予算面だけ切って、その先は考えないということをくり返してきている。たまたま不審船の侵入、テポドンミサイルの頭上発射、拉致問題等すべて外部からの脅かしにより小手先の対応に終始しているのが現状である。今後、憲法改正を含む本質的論議を行い、国防のあり方を合理的に打ち出すために、政府としてどのような関連研究が必要なのか、まだまだ時間のかかる話ではあるが、この場合にも若くして職を離れる自衛官の取り扱いは重要な課題として残ることになる。
こうしたわが国安全保障、防衛の最も基本的重要課題ともいうべき人の問題を古い時代の発想と大きな制約条件の中だけで考えることには限界があることは既に多くの方々の承知しているところであるが、これを是正するため具体的、実務的にどのように考えることが適正、妥当なことであるのか、問題の区分を行い、まずはその考え方のポイントを列挙すると以下のようになる。
@ 国防の意義、自衛官の位置付を一般的な公務員制度とは別の枠組みで考えてみる必要がある。今後増えるであろう国際貢献、海外勤務における危険を背負った業務、それを乗り越えるべく死生観を確立した人間に対する国民の信頼と処遇はどのように考えるべきか。ポイントの1つは国際的に他の国ではどうなっているのかという観点から論じることが可能であるが、問題はこれらを調査し、研究する者が、知識、経験に乏しく、ひたすら法制面の文言をいじくっている限りは本質的には手が届かないことが認識されなければならない等の基本問題がある。
A 定年退職者に対し国家として何をすべきか、他の公務員、企業等の定年退職者と比べてどのようなバランスが最適かを見出すこと。また退職者自身の努力との兼ね合いで、国家はどのような支援策を打ち出すことができるか等、国側からみた諸問題。当然のことながら甘えの構造、日本の官特有の役得主義は国防の任に当る者としては厳に戒められなければならない。
B 退職者本人はどのように努力すべきか。前項で述べた国家の支援策が何がしかあったにせよ、実際にやる人は本人であり、本人の考え方、自覚の程度により結果はまちまちであることは当然であり、さらに退職後何もしない、悠々自適の生き方を追求しても一向差支えないが、ここでは何かやりたいと考える退職者に対し、在職間を含めこのように考えるのがよいとする参考指針を明確に打ち出すことが1つの問題である。
C こうした問題を退職者または退職予定者が個人で考えるのには荷が重く、その実現性も困難である。国家、個人を含め、少し組織的な調査研究を複数年に亘り実施し、国際比較から得られる外国の例等を拠り所として日本のあるべき現実的な姿を描いてみることが重要である。
この場合、諸外国とも十分論議し、調整して実務的な研究調査を専門的に担当する人を十分吟味して選ぶことが重要である。すなわち、実際面からみて自衛隊で勤務し、定年退職した後、数年以上何等かの仕事についた経験を持つOBの中から選んで専門的に従事するチームを編成し実行することが最も理にかなっていると考えられる。当然のことながら専従するためには今までの仕事を辞め、それなりの処遇をしなければ正しい結論を導くことはできない。そしてこうした研究調査の成果の中から政策として実施するものを選び実行するのは現役の仕事である。
2.個人により異なる生き方
上級クラスの定年退職者の平均的定年年令を仮に56才と考え、以後の生き方についてどのようなケースがあるか、良いとか悪いとかきめつけるべきことではないが、一応区分し今から何を追究するのか論点を確定してみることにする。
@ これまで人知れず苦労を重ねてきたのでこれからは郷里へ帰り、全く自由気ままな生活で余生を送りたい。問題があるとすれば、あと少しの期間、妻子の養育と年金問題。
A 何か仕事につき、ボケ防止を兼ね経済的にも一助としたい。勿論、年金問題等がからむ話であり、定年退職者の大部分がこの区分に入るが、今これらをさらに細分してみると
Aなるべく楽な仕事で体をこわさない程度のものから
B一応元自衛官の誇りを堅持しつつまあほどほどの仕事でよいとし、自ら積極的に仕
事を拡大することは考えない。
B 人生56才はまだ若僧。鍛錬した身体をもとに満身の力をふりしぼって新しい仕事に積極的に挑戦。仕事の内容から区分するなら
A今までの自衛官生活とは全く関係ない仕事に新たに挑戦。しかしこの場合にも体力、統率力、時間管理など間接的に支えとなっていることが多い。
B防衛に関連した分野で、これまでの知識、経験を生かし、既に確立された仕事ではあるが積極的に従事、場合によりさらに拡大。
C防衛に関連した分野で新しい仕事を創造的に作り出し経済的にも自立。年金を特に問題とする必要がないくらいの仕事をこなしてゆく。
大まかな区分は上記のようになるが、問題は仕事をする期間であり、56才で退職し、Aの区分の上級クラスで通常60〜65才が再び定年であり、4〜9年の勤めとなる。しかし一般社会の常識からすれば、これらは仕事があるだけまだ良い方で60才定年さえ難しくなりつつあり、それ以前に放り出される例もある。
一方区分Bではすべて自らのリスクで真剣勝負に臨むわけであり、努力とその方向がまずければ成り立たなくなるのは当然である。逆に社会が必要とする方向を確実に見出し、やる気をもって努力すれば、体力の続く限りいつまでも仕事を続けることができることになる。
個人の生き方を総括するなら、まず生きる本人の自由裁量に任される部分があり、誰もこれを強制することはできない。しかし何か有意義な仕事をする場合、国家としては自衛官勤務の特殊性、若年定年、年金支給年令等を十分考慮して、それなりの支援策は当然必要なことである。さらに積極的に定年後も仕事をしようとする者には新たな視点からの支援策があってもよいと考えられる。また何よりも重要なことは定年後のことを直前になって考えても手遅れであり、在職間に所要の方向付けをしてゆく必要があり、これと定年前迄の仕事とを効果的に組み合せて考える必要がある。従って国家としては自衛官としての勤務そのものから出てくる知識、経験を生かす定年後の仕事についてまず最大の援護をすべきであり、今まで考えていなかった分野にも、安全保障環境の変化から新しいものが出てきている現在、大いに研究し開拓する価値があると考えられる。
3.国家の支援策は何か
いずれの国においても安全保障、防衛は国家の最大事業の一つであり、わが国も逐次、世界の平均並みの方向へと向きつつあるが、まだ低い位置付にあるので、標準国並みの考え方を育成する責務は国家に帰する部分が大きい。また自衛官をいつまでも特別職国家公務員の身分にとどめ、不具合なことは現場での小手先修正にまかせておくだけでよいのか根本的に考え直してみる必要がある。いずれの国においても軍人は軍人職であり、厳正な縛りと特別な恩典が与えられているのが通常の国の姿である。ジェンキンス問題もこうした日米の格差が表面に出て不信感につながり易い問題であるので世界の標準から考えるべきことである。
次に、より直接的な支援策として重要なことは定年後の再就職につき担当者による涙ぐましい努力が続けられている中で、上級管理者自らもこれらがいかに自衛隊の戦力向上のため重要かつ本質的な問題となりつつあるかを深く認識し、安全保障環境が大きく変りつつある時、仕事の領域拡大、国民との密着した橋渡しを自衛隊あげて考えるべきである。また同時に自衛隊内にあっては、できるだけ早い時期から定年後の仕事について必要な教育を施してゆくことが結局は全体の戦力向上に良い結果を生むことになるという認識が重要である。ただしそうした教育の真髄は日々の自衛官職務の中に求められるべきであり、例えば規律を守ることであるとか、時間管理や統率、全般態勢を掌握し速やかに判断する能力等すべて現在の職務を十二分にこなした上で社会との結びつきを具体的に例示することが重要である。このため定年退職し立派に仕事をこなしている人々の意見またはこうした人々による現役教育は極めて重要である。
防衛の任に当る人を育て、効果的な防衛力を実現してゆくことは第一義的に重要なことであるが、一方で人間は生身であり将来のことも考え、日々努力し精進を重ね自分自身を少しでも向上させようとするものである。その方向は人により千差万別ではあるが、現在の仕事を通じ防衛の任を果しつつ、定年後もそれらが部分的に役に立つことができれば最も幸運である。しかしそうした望みが全くない場合には自分で他の能力を磨き後日に備えようとするか、あるいは全く定年後のことなど考えずにひたすら現在の仕事に没頭し、時がくればどうにかなると考えがちである。
そこで国家として防衛の任を最も効果的に果しつつ、本人の将来を支援する方策として人事管理を合理的に行い、本人の希望をできるだけ取り入れることを実行しているわけであるが、中でも重要なことは本人の努力の足跡を明確に記録として残してやることである。すなわち、国家の要請により補職された職務の経歴とその評価、さらに本人の努力により得られた国家資格やその他多くの挑戦事項等を正確に記録として残し、後日、定年時にその一部を本人に参考事項として示してやることが必要である。これにより本人は自信を深め、雇用主はその長所を熟知して適職に配置することを考えることになる。こうした経歴の管理手法はコンピュータを駆使して、今日では極めて合理的に行うことが可能であり、作為的、形式的なものとは異なる実質面を重視することが重要である。
また昇任制度についても、より実質的側面を考慮する必要があり、一定の資格を備えた者については、通常40才台前半に2佐までは確実に昇任させるものとし、ここで自衛隊に残ってさらに上級へ進むことを希望する者と、2佐までで一応、防衛の任を果したものとして適切な処遇を得て除隊となる制度を新たに導入することも一案である。
これにより、まだ余力のあるうちに次の職場へ全力投球で臨むことができ、結果として防衛を支える力が部外に大きく根を張ることが期待され、一方残った上級指向組も真剣に努力せざるを得ない環境に立たされることになる。結果として新たな活力を生むことが期待される。
4.自衛官の知識、経験を生かす努力
自衛官は国家存亡の事態に際しては、身の危険をも顧みず命ぜられた防衛任務を忠実に遂行しようとする集団であり、日常の諸業務についても、それぞれの隊員はこうした事態に準じて努力を重ね、効果的、合理的に実務をこなしてゆく努力を惜しまないものである。すなわち若い時には、与えられた条件の下で最大限効率的かつ迅速に物事を処理し、実行してゆこうとする極めて重要な素質を身につけ、率先して部下隊員の模範となることに精励するのが通例である。
しかし定年退職を迎える頃には個人によりその生き方は大きく変ることになる。その一は部下隊員がいろいろ苦労してやってくれるので自分は余り出過ぎることなく彼等がやり易いようにすることが重要であるとして、自らは若い時のように進んで自分の頭で考え、実行する機会を失い、楽な姿勢で定年を迎え、年金も少しはあるのでそこそこの仕事を得て人に迷惑をかけないで生きる方法。その二は定年を迎える迄の中間点を過ぎた頃から、与えられた仕事をよく分析し、小さくとも今までとは異なるやり方に挑戦しつつ、時に周囲に出過ぎた迷惑を及ぼすことがあっても結果は良い方向への変革であり、定年退職後も部外にあってそこの仕事と本質的に向き合うことを生き甲斐とする方法。実際にはこの両者の間に多くの定年退職者が実在し、その選び方は当然のことながら個人にまかされているわけである。
問題は平均寿命が延びた今日、定年を迎える直前ではなく、少なくとも5年位前から、国家の支援策とは別に個人においても防衛の仕事を通じて自らの知識、経験を深めることにより、退職後の仕事に生かす機会が多くなりつつあることから、後者の生き方が主流を占めるとすれば、そこにどのような努力の指向があり得るのか、現職の時に考えてみることが極めて重要と思われる。もっとも、現在の仕事も十分できないまま退職後の仕事ばかりを利己的に考えるということは本末転倒であると同時に、そうした考え方で退職後の仕事が本質的にうまくゆくとは思われない。周囲とのバランス、人間関係、何よりも自分自身の精神構造に汚点を残すことにもなるからである。
これまで述べてきたように自衛隊における防衛任務に対する取り組み姿勢というものが、退職後の仕事に対して少なからぬプラスの効果を生むことは事実であるが、一方それだけですべてを律するわけにはいかないのも世の常である。そこに生じ易いマイナスの側面も十分承知した上で、知識、経験を生かすことが必要である。
その第1は定年退職後、世の中の仕事についた時、これまで上からの命令に従って任務を果してきたことが裏目に出て、いわれたことは実に立派に遂行するが、少し工夫をして新しい局面に立ち向う能力が今一つ足りないということは多くの事業主から聞く評価である。場合によるとそうしたことはやってはいけないというブレーキがかかっているケースもあるが、多くの場合、創造的仕事に不慣れなことは否めない。新しい部外の仕事に対する知識不足の問題もあるが、さらに拍車をかけているのは元自衛官としての
気位が過度に高すぎると、失敗は恥であるとか、大体そのような下々の仕事に熱を入れ過ぎるのは品位が下がるといった思いが大きく作用しているケースが少なくないように思われる。防衛がそうであるように、どんな小さなことでも一つのことを成し遂げようとするならば命をかけて全力集中してもできるかできないかである。世の中は決して甘くはないのである。
自衛官として30年以上勤務してきた間にそれぞれの職務に関連して得られる各種の運用、技術、行政等の専門知識のほか、全般を通して経験的に身につく能力を考察してみると、国家観、死生観、正義感、同期生をはじめとする仲間意識、人間関係の重視といった目に見えにくい内在的なものが先ず存在している。次に目に付く大切なものとして、順法精神、時間観念、計数能力、体力、気力、姿勢、発声、応答といった自身の基本能力がある。自衛官は毎日の業務、演習などの間にこれらを自然と身につけている場合が多い。これらは定年退職後ほどほどの仕事をするためにも大事な能力である。
これに加えて、積極的に新しい分野に挑戦してゆくためには、その分野における知識は当然必要であり、そのほか時間的に先見洞察し手を打ってゆく能力が必要不可欠である。先を見る時間は1年先のこともあれば10年位先の傾向を推定する必要もあるであろう。次に毎日の時間設計能力、時間管理能力は年間を通じて大きな差異を生むことになる。また何事によらず経済観念、金銭感覚は自衛官にとって苦手な部門であるが、一通りの素地を持たなければ世の中では通用しない。さらに重要なことは、日々必要な情報を集め、これらを精選し、判断し、速やかに決心、実行する能力を高めてゆくことが極めて重要である。理論だけではなく、行動し成果を生み出すことは本来、自衛官にとってお家芸であるべきことであり、実力発揮の正念場なのである。
おわりに
防衛問題論議の高まりとともに、これまで低調とみられてきた防衛関連の幅広い仕事が増え、定年退職後の仕事も多方面にわたり本質的に考え直し、積極的に挑戦してみる価値が大きくなりつつある。定年退職前5〜10年位の時から、既に退職して実務についている先人の話を聞いたり、現場を観察したりして定年退職後10〜15年以上にわたる再就職の機会を真剣に考えるべきである。このことは現在の仕事がおろそかになるとか、早く辞めるのではないかといったマイナス面が拡大される懸念を伴うものであるが、実は現役中の仕事が十分できないようでは外へ出て十分な成果を上げることは到底不可能であるとの幾多の実例がある。現役の時代はすべてが学校のつもりで毎日本質的に業務を考え、実行することにより、定年退職後には現役当時の2〜3倍の所得を得ることはそれ程難しいことではない。ただし、定年の日まで謙虚に、しかし常に本質にせまる考え方で業務を進め、仮に出来ないことがあっても何か一歩前進する筋道を考え着手するといった生き方を堅持し続け、自らの意識改革に挑むことこそ基本的に重要なことであることを結論と致したい。現役時代の延長で、元の地位、階級だけで勝負しようとする考え方は、やがて退職後1年を経て底をつくことが予見されていなければならない。このことはそもそも働く期間が大幅に拡大された今、定年退職という概念を完全に改め、自衛隊で培った自分の実力を発揮する場が平行移動したと考えなければならないことを意味している。