BMDシステムの整備とその統合運用
―防衛庁・自衛隊の当面の課題―
(財)DRC研究委員
山 田 道 雄
はじめに
防衛白書「日本の防衛」が刊行されてから今年で30回になるが、平15年、16年版の両白書は、初めて基盤的防衛力構想について説明した昭和52年版と共に、極めてユニークなものとなった。即ち、両白書とも「今後の防衛庁・自衛隊のあり方」と題する最終章を設け、防衛力あり方の検討状況とその目玉とも言うべき二大課題、@陸・海・空自衛隊の統合運用、A弾道ミサイル防衛(BMD)について説明をしている。特に、16年版は13年9月から防衛庁で行われている「防衛力のあり方検討」の進捗状況に応じ、15年版の約1.7倍の紙幅(27ページ)を割いて丁寧に説明をしている。
しかしながら、BMDシステムの導入が政治的判断で早々と決定され、その根拠となるべき防衛計画の大綱の改定、新たな中期防衛力整備計画の作成が後手に回り、平成8年の大綱改定の場合に較べて余裕のないスケジュールを強いられたこともあり、一般国民に対し説明不足の幣は免れなかった。このことから、おそらく17年版で説明されると思われる新防衛計画大綱に繋ぐべき白書としてはやや説明不十分の感があり、特にBMDシステムの整備とその統合運用については、いくつかの懸念と疑問を抱かざるを得ない。
善良な一納税者の立場から、これまで公表された防衛白書と「16(17)年度防衛力整備
と予算(概算要求)の概要」を熟読した上これらの懸念や疑問点について整理し、僭越ながら当面実施すべき解決策について提言を試みてみたい。
1.BMDシステムの概要と整備決定に至る経緯
15・16年度防衛白書等によれば、今般わが国が整備することとしたBMDシステムの概要とその決定に至った経緯は次のとおりである。
(1)BMDシステムの概要
現在海上自衛隊が保有しているイージス艦と航空自衛隊の地対空誘導弾ペトリオット・システムの能力を向上させ、両者(イージス艦による上層での迎撃とペトリオット・システムによる下層での迎撃)を統合的に運用する多層防衛システムであり、弾道ミサイルの迎撃を行うウェポン(イージス艦など)、弾道ミサイルの飛翔状況を探知・追尾するセンサー、更にウェポンとセンサーを効果的に連携させて組織的に弾道ミサイルに対処するための指揮統制・通信システムから構成される。この整備に当たってはウェポンとしてのイージス艦と地対空誘導弾ペトリオット・システム、指揮統制システムとしての自動警戒管制組織(BADGEシステム)など、現有装備を最大限に活用して効率的に進めていくことにしている。
このため、防衛庁は16年度予算において、BMD関連経費として@イージス艦の改修とSM-3ミサイルの取得、A地対空誘導弾ペトリオット・システムの改修とPACミサイルの取得、B自動警戒管制組織(BADGEシステム)へのBMD対処機能付加のためのシステム設計などに着手することとし、総額約1,068億円(契約ベースの金額)を計上している。また、17年度予算においては、16年度に引き続きイージス艦やペトリオット・システム等BMDシステムの整備に1,432億円、日米共同技術研究等将来のBMDシステムに関する研究等に10億円をそれぞれ概算要求している。
(2)整備決定に至る経緯
平成12年に閣議決定された「中期防衛力整備計画(平成13年度〜平成17年度)」においては、「弾道ミサイル防衛(BMD)については、海上配備型上層システムを対象とした日米共同技術研究を引き続き推進するとともに、技術的な実現可能性等について検討の上、必要な措置を講ずる。」こととされた。
一方、米国は従来から様々なミサイル防衛システムの研究開発を推進していたが、地上配備型の地対空誘導弾ペトリオット・システム(PAC-3:ペトリオット能力改善3型)は、すでに迎撃試験で多くの成功を収め、また、イージス艦による海上配備型ミッドコース防衛システムについても、良好な結果が得られた。米国は、このような試験結果などを受けて、平成14年12月、16年から17年にかけてBMDシステムの初期配備を行うことを決定した。
わが国政府としては、以上の米国における迎撃試験、各種性能試験などの結果やわが国独自のシミュレーションによって、BMDシステムの技術的実現可能性は高いと判断し、また、BMDが専守防衛を旨とするわが国防衛政策にふさわしいものであることを踏まえ、昨年12月19日安全保障会議と閣議において「弾道ミサイル防衛システム等の整備について」を決定し、同システムを整備することとした。なお、その際、BMDシステムの整備に関する政府の考え方について、官房長官談話が発表された。
一方、防衛庁は平成14年12月に「統合運用に関する検討」成果報告書を取りまとめ、細部にわたる具体的な検討を行っていたが、その後統合運用を前提とせざるを得ないBMDシステムの導入が具体化し、前述の閣議決定「弾道ミサイル防衛システムの整備等について」における「わが国の防衛力の見直し」の項において、「現在の組織等を見直して、統合運用を基本とした自衛隊の運用に必要な防衛庁長官の補佐機構等を設ける。」こととされた。
このようにBMDシステムの導入を奇貨として、統合運用体制の整備が政府の方針に盛り込まれ、その結果、BMDシステムの運用が統合運用の試金石として実効性の真価を問われることになった。
2.BMDシステム整備・運用上の疑問点
本来ならば、「安全保障と防衛力に関する懇談会」の答申―防衛計画の大綱―中期計画―BMDシステム整備のアプローチとなるべきであるが、今回はこれが逆の手順になったことから、一般国民には分かり難いものとなっている。
例えば、16白書においてBMD整備の経緯を、前述のように現中期計画の日米共同技術研究から説明し、技術的可能性が高くなったことから整備を決定したことを強調しているが、官房長官談話(15.12.19)に述べられているとおり、防衛政策としての必要性から説明した方が国民には分かり易いと思われる。また、政治的決断で早々と導入・整備を決定し予算を付けたものの、運用概念等各種の検討期間に余裕がないことから、システム構築段階で齟齬や非効率が生じるのではないかと懸念される所がある。以下、若干それらについて述べてみたい。
(1)統合運用・日米共同の観点から運用構想が十分詰められているか
システム構築上不可欠な作業が運用構想・運用概念の検討であるが、BMDシステムのように広大な戦闘空間において超高速の目標を対象とし、海・空自の異種システム/プラットフォームで構成される統合運用・日米共同作戦が不可欠なシステムについては、特に綿密な検討が必要である。
一方、16・17年度予算ではBMD関連経費としてそれぞれ1,000億円以上が計上・概算要求されているにもかかわらず、防衛庁は、「BMDシステムの具体的運用構想などについては、新たな防衛計画の大綱における位置付けを踏まえ具体化することとしている。」と説明している。(16白書344ページ)
もちろん、現時点では開示できない閣議決定の根拠になった運用構想はあるものと信じるが、一般国民はこのような悠長な姿勢で果して効率的な予算の執行ができるのか不安に思うに相違ない。
基本的な運用構想・概念として、@インテリジェンスを含む米国との情報共有と我が国の主体的な意思決定による対処A対処時間を最小化するための統合運用の指揮系統B前項を達成するための指揮統制・通信システムとネットワークC全体システムの効率的運用を実現し得るドクトリン体系(統合ドクトリン、交戦規定)D日米共同・統合作戦の中核となる運用者の練度向上のためのシステム組み込み型の訓練機能について、検討が必要と思われる。
(2)構築される指揮統制・通信システムは有効に機能するか
BMDシステムの構築において最も重要かつ技術的にも難しいのが、指揮統制・通信システム(C2BMC:Command, Control, Battle Management and Communications)である。16白書によれば、航空総隊司令官をBMD任務部隊指揮官とし、C2BMCは既存のバッジシステムの改修で対応しようとしているが、その様なレベルで有効に機能しうるのか疑問を抱かざるを得ない。
米軍の現状では、C2BMCは大別して@GCCS(Global
Command and Control System)を中心とする指揮統制系と、A戦術データリンクを中心とする戦闘管理 / センサー系の二つのネットワークから構成されている。そして今後の趨勢として、この二つのネットワークが連接され、統合レベルで情報の共有を図りつつある。
以上のような米国のC2BMCの動向を踏まえながら、基本的には我が国としての運用概念をまず確立した後に、次のような方向で検討すべきと考える。
ア. システムの構築、通信情報ネットワークの確保に当たってはBMD情報の日米共有は必須であるという前提に立ち、十分日米間で調整し、相互運用性の確保に努める。
イ. バッジシステムの改修にあたってはその連接部分のみならず、BMDシステム全体で広く情報の共有を実現しセンサー、武器の最大活用を図るという観点で、C2BMCネットワークの構築を目指す。
ウ. BMD任務部隊指揮所について、現在航空総隊司令部のみが考えられているが、運用の柔軟性及びネットワークの抗堪性確保の観点から洋上BMD指揮所(例:新型DDHに設置)についても検討する。
エ. 約8分程度の極めて短い対処時間を強いられる我が国のBMDオペレーションにおいて、現在考えられている指揮通信要領やコンピューターシステム共通運用基盤(COE)の適用で時間的に対処可能なのか十分検証する。
(3)全体システムのインテグレーション等技術的リスクへの対応は十分か
BMDシステムは、防衛装備品では過去に類を見ない広大な戦闘空間を対象とし、かつスピードと精度が要求される「System-of-Systems」の考え方と「ネットワーク中心の戦闘」の概念が適用されるべきシステムである。このような全体システムのインテグレーションについて、国内メーカーは経験がなくその技術的リスクは大きい。
また、イージス艦及びペトリオット・システムについて注意すべき点は基本的に二年間ベースのスパイラル開発毎にシステム性能の向上が図られていることであり、システム導入に当たっては対象とする脅威の定義を明確にし、導入時点におけるシステムの性能限界を確実に把握する必要がある。ただし、これらのシステムについてはBMDにおける性能分析・評価は十分実施されており、日本側から対象脅威を示せばその情報は容易に入手可能であろう。
懸念されるのは、連接される国産レーダー等がBMDにおいてどういう性能が期待できるかであり、そのデータなしには当該国産システムを全体システムの中でどの様な位置付けでどうインテグレートするか等、運用概念の確立さえ困難である。
以上の技術的リスクを軽減するため、運用概念の検討の早い段階から,米国の軍事革命(RMA)及びBMDシステムの開発成果を効率的に取り入れられるような、官民協同の日米間の緊密なシステム開発体制を確立することが喫緊の課題である。
(4)実効性ある統合運用態勢が構築できるか
本来防衛力の整備と運用は不離一体のものであり、よく言われる「防衛力は整備の段階から運用の段階に入った」という表現は論理的でない。しかしながら、今回防衛庁・自衛隊にとって最大の不幸は、まだ統合運用態勢が整わないうちにそれを前提とする巨大システムを予算要求せざるを得なかったことである。
このため前述したとおり、統合運用という観点からの運用概念や指揮統制・通信システムの詰めの甘さが散見され、 17年度概算要求を見る限り、従来どおり各幕の要求を束ねてホッチキスでとめただけという感が強い。
「統合運用に関する検討」成果報告書によると、防衛力整備は各自衛隊が行うこととされ、統合幕僚長(仮称)は統合運用の観点から防衛の態勢や各自衛隊の体制及び防衛力整備の重点等に関して具体的に関与出来るとされているが、その権限の表現が曖昧であり、整備・運用一体という観点から今後の更なる検討が必要である。
また、同報告書は、新たな統合運用の態勢の実効性を確保するためには、統合運用の基盤となる人事・管理、教育、情報、訓練、後方補給、防衛・研究及び通信電子の各種機能を充実させるとともに、中央組織及び各自衛隊の主要部隊を焦点に、統合運用能力の向上を図るための各種施策を講ずる必要があるとしている。これら整備すべき基盤は広範で施策は膨大なものになるが、今回のBMDシステムをモデルケースとして当面必要不可欠な事業から着実に構築して行くことが肝要である。
3. 当面実施すべき解決策(提言)
前項の懸念・疑問点は筆者の杞憂に過ぎず、殆どのものについてすでに相応の処置が取られているものと思うが、当面実施すべき解決の方策について敢えて提言を試みる。
(1)全庁・全自衛隊的なBMDプロジェクト体制の構築
先ず、早急に防衛庁・自衛隊に一元的なBMDシステムの整備及び運用のための検討・実施を主任務とするプロジェクトを設置することが不可欠である。このプロジェクトは長官指示により設置し、統幕主導(リーダーは事務局長が適当)となるよう然るべき権限と責任を付与し、検討・実施内容に応じ、運用構想、指揮通信ネットワーク(C4ISR)、研究開発、人事・管理、情報、教育訓練、後方、広報等の分野により適宜分科会を設置するのが適当である。分野によっては、各自衛隊の主要な部隊レベルまでメンバーに入れる必要があろう。
このうち、要となる運用構想検討グループは最も速やかに設置されるべきで、内局(審議官レベル)、統幕、陸・海・空各幕、情報本部、技術研究本部から委員の派出を得て米軍の運用、技術両サイドとも協議しつつ統幕が全般とりまとめを行う。特に、BMDシステムの運用概念(CONOPS:Concept of Operations)については、この種分野で研究が先行している米側と十分な詰めを行い、わが国防衛に効率的なシステムの構築に努めなければならない。
BMD全体システムのインテグレーション、特にC2BMCシステムの構築に当たっては、この分野における後発の利点を十分に生かしうるよう日米の共同連携が不可欠であり、日米ともに官民一体のナショナルチームを編成して、CONOPSの検討段階から何らかの形で参画することが肝要である。
更に、プロジェクト態勢に英知を結集するため、米国側と自衛隊OBを含む防衛庁側の実力本位のメンバー(米国数名、3自衛隊及び情報本部各1名程度)で構成される評価チームを設置し、開発過程を監視・評価できる態勢とする必要がある。
統幕の委員は、各幕の協力を得て17年度統幕の増員分を先行配員して充当するのが適当であり、特に、これらの委員を中核にBMDシステムをモデルケースとして実効的に統合運用の基盤を構築していくことに重点を置くべきである。
いずれにせよ、このプロジェクトの成否は統幕の強力なリーダーシップ如何に掛かっており、各幕はこれまでの幕益優先の旧弊を廃し、有能な人材を統幕に送り込むことに意識改革をする必要がある。
このプロジェクト作業と並行して、組織改編の法令化作業が進められると思うが、後発の利点を生かして米国のゴールドウォーター・ニコルス法制定の教訓を学び、特に将来にわたる統幕勤務者の人材確保については十分留意する必要がある。
(2)C2BMCに関する日米共同研究体制の確立
17年度概算要求にBMD関連の日米共同技術研究候補として、艦載型レーダー及び戦闘指揮システムの能力向上に係る技術研究が新規に計上されている。
これまでの研究対象の海上配備型ミッドコース防衛システムの要撃ミサイル(ウェポン)に加えて艦載のセンサー、指揮管制システムの分野が加えられたが、何故か技術的に最も困難で日米の連携が不可欠な、BMDシステム全体のC2BMCの分野が抜け落ちている。この分野は技術の進歩は日進月歩であることかつ日米のインターオペラビリティの確保を考慮し、可及的速やかに日米共同研究の体制を確立する必要がある。
この際、特にこの分野はシステムの運用概念と不離密接であることから、運用者側(統幕)の要求が十分に反映される体制とする必要があり、従来技術研究本部主導で進められてきたBMD関連の日米技術研究も一括してこの体制に取り込む必要がある。
(3)防衛庁IT要綱の見直し
防衛庁は、平成12年12月、情報通信技術革命といわれる近年の情報通信技術の発展と普及に対応し、取り組むべき施策の全体像と方向性を示し、各種の施策を一体的、体系的に推進するため、「防衛庁・自衛隊における情報通信技術革命への対応に係る総合的施策の推進要綱(IT要綱)」を発表した。
しかし、その内容は当時の政府の方針に従い、急遽各省庁横並びで作成した感を免
れず、防衛行政とか調達とかいった通常業務については適当であれ、軍事作戦という
観点からはそのVisionが見えず極めて物足りない内容である。特に、総論に謳われて
いる統合運用及び日米のインターオペラビリティの確保について、防衛庁施策の防衛情報通信基盤(DDI)・コンピューターシステム共通運用基盤(COE)の整備や各自衛隊の行う情報・指揮通信システムの整備に十分反映されているとは言い難い。
防衛庁は、平成12年9月、防衛政策課研究室の研究成果を「情報RMAについて」
という小冊子に発表しているが、この考え方を取り入れ、新たな防衛計画の大綱を受けた形でBMDシステムの整備や新たな統合運用態勢に対応できるよう、IT要綱を見直す必要がある。
おわりに
石破防衛庁長官は、自らの言葉で防衛に関する見識と信念を平成15,16年版白書の序文に述べている。そのうち15白書の序文においては、2001年から2003年にかけての3年間は、後世において「あのときを境に世界は変わった」といわれる歴史の転換点として記録されるに相違ない、と述べている。また、中谷前長官は統合運用態勢について、「新たな時代に対応する自衛隊の構造改革だ」と強調している。
防衛庁は今年創設50周年を迎えたが、BMDシステムと新たな統合運用態勢の整備を決めたこの3年間は、防衛庁にとって文字どおり歴史的転換点になるに違いない。これまで縷々述べてきたが、この2つの事業の成否は、結局防衛庁・自衛隊がどこまで徹底して構造改革が出来るかにかかっている。
そのためには、あらゆる改革についてもそうであるがまず関係者の意識改革、次いで改革を断行する強烈なリーダーシップが必要であり、詰まるところ「人」の問題に帰する。
特に、統幕の中に、BMDシステムの導入を試金石として統合運用態勢を強化するというこの事業を強力に推進する将官が出てくることを期待したい。
(米国の軍事改革推進の原動力となった二人の提督、System-of-SystemsのOwens大将とNetwork Centric WarfareのCebrowski中将は、いずれも論文発表当時統合参謀本部勤務の将官であった。)